189話─死者たちの襲撃
アンネローゼが倒れてから、三日が経過した。フィルの見立て通り、目を覚ましたアンネローゼ。だが、まだ全快とはほど通り状態だ。
フィルやつよいこころ軍団の看病を受けながら、ゆっくり療養することに。本人としては申し訳なさでいっぱいだが、少年は気にしていない。
「ごめんね、フィルくん。私まだ動けそうにない……」
「いいんです、気にしないでください。しばらくは僕とオボロたちでやりくりしますから、ゆっくり休んでくださいね」
「ありがとう、ごめんね。じゃあ、少し寝るから……」
意識は戻ったものの、アンネローゼはいまだに続く頭痛と全身の倦怠感に苦しめられていた。メディカルマシンの治療により、多少はマシになったが。
まだまだ、活動するのは無理な状態だ。弱々しく微笑んだ後、アンネローゼはまぶたを閉じて寝息をたてはじめる。
「ふぅ、ひとまず意識は戻って一安心ですね。でも、完治まではもう少しかかりそうですね……これは」
「ちゃお~、アンネちんのよーすはどう~?」
「あ、レジェさん。ちょうど今眠ったところです。起こすのも可哀想ですから、静かにお願いしますね」
「あ~い。アンネちん、早くよくなるといいな~」
メディカルルームにやって来たレジェは、マシンに格納されすやすや眠るアンネローゼを見つめる。この数日は、フィルとレジェが交代で看病をしていた。
排泄の処理や着替え等の同性でないと問題のある看護はレジェが担当し、治療環境の整備などはフィルが行っていたのだ。
「そうですね。目は覚めたわけですし案外すぐに元気になる……と断言出来ればどれだけいいか」
「あー、フィルちんでも断言出来ないんだ?」
「まだ同調不全が収まってませんからね。恐らく、運命変異体が遠くにいるせいで同期の進みが遅くなってるのが原因だと思います」
マシンに接続されたパネルを見ながら、フィルはそう答えため息をつく。同調不全を早く治すには、オリジナルと運命変異体が近くにいる必要がある。
だが、現在カルゥ=オルセナにいるアンネローゼの運命変異体はソサエティの刺客である可能性が非常に高い。それがフィルにはもどかしく感じられた。
「アンネ様の快癒のためには、運命変異体に近付いてもらわないといけない……でも、相手が敵なら戦いになる……」
「そしたらアンネちんを巻き込んじゃうかもしれないってわけぇ? やーね、ジレンマってやつぅ?」
「ええ、来てほしい気持ちと来てほしくない気持ちがせめぎ合って──!」
二人が話をしていると、基地内に警報が鳴り響く。侵入者の接近を知り、フィルたちは急ぎメインルームへと向かう。
「博士、オボロ! 敵が来たようですね、現在位置は?」
「うむ、この基地の北十三キロの地点に反応が現れおった。反応総数は二十二、そのうち強大な反応が二つあるわい」
「恐らく、ソサエティの刺客が部下を放ったのだろうと思われる。今回の敵は……スケルトンのようだ」
メインルームには、すでにギアーズとオボロが待機していた。モニターを確認しながら、フィルたちは現状確認を行う。
現場にテレポートさせたつよいこころ二号の目を通して、敵の様子が映し出される。スケルトンたちは灰色の剣や槍、斧に弓と様々な武器を持っている。
そして、その先頭には二人の人物がいた。片方は赤色、もう片方は緑色のフード付きマントで頭からつま先まで覆っており、正体はようとして知れない。
「このタイミングでの襲撃……恐らく、運命変異体はアンネ様の不調を本能で感じ取っているのでしょう。復活を阻止するために部下だけ寄越してきたようです」
「フィル殿、ここはそれがしとレジェ殿に任せてもらいたい。レーダーを掻い潜った伏兵が、基地に近付いてこないとも限らん。アンネローゼ殿を守ってあげてほしい」
「うちからもおねぴっぴ! フィルちんが側にいた方が、アンネちんも安心して寝てられると思うから」
「……分かりました。基地の守りは任せてください。敵の殲滅は頼みましたよ、二人とも」
「うむ、武運を祈るぞ!」
別働隊による奇襲の可能性を考慮し、オボロとレジェが迎撃に向かい、フィルとギアーズが基地に残ることに決まった。
二人が出撃したのを見送り、フィルはギアーズに声をかける。
「僕はメインルームに残って、敵の動向に目を光らせておきます。その間、博士はつよいこころたちと一緒にメディカルルーム付近の守りを固めてください」
「分かった、わしらに任せておけ。最悪の事態になった場合は、セキュリティプログラムを起動させる。隔壁が降りたら、ウォーカーの力で移動してくれ」
「はい、そうします。では、お願いしますね」
アンネローゼをギアーズに任せ、フィルはいつ敵が現れてもいいようメインルームにて待機する。一方、オボロたちはというと……。
「見えたぞ、レジェ殿。あれが今回の敵だ」
「こりゃ乱戦になるかもー。ひょー、マジテンアゲマックスだわー」
「まさか、数で不利過ぎる。スケルトンたちと敵将二人を分断する、まずはあの骨たちから仕留めねば」
「あーい。でも、どーやって分断するわけー?」
「シンプルなやり方で行く。それがしが敵将二人の注意を引きおびき寄せる。その間に、レジェ殿がスケルトンを殲滅してくれ」
木の上に隠れながら手早く作戦会議を済ませ、オボロは数メートル離れた場所を進軍している敵の元へと向かう。
「待たれい、ここから先へは進ませぬぞ!」
「お、敵が来たー。ボロム、どーするっすー?」
「一人で迎撃に来ることはまず無い。恐らく、どこかに仲間を待機させているはず。そいつを見つけ出し、人質にしてやろう」
オボロが飛び出してきたのを見て、緑色のマントを身に着けた人物がスケルトンたちの行軍を止める。そんな相手を見て、オボロは強い胸騒ぎと焦燥感を覚えた。
(なんだ? この嫌な感じは。あの緑色のマントで正体を隠した者……何故かは分からぬが、強い嫌悪感を感じる)
「そっかー、ボロムは頭いいっすねー。そいじゃー、そいつの捜索はスケルトンたちにやらせるっすー?」
「ああ、そうしよう。本物の我がどんな作戦を立てたかは知らぬが、粉砕してやろうではないか」
「本物の……? まさか、貴様は!?」
「ほう、今のやり取りだけで気付いたのか? 本物かつ生者なだけあって、察しがいいな」
何かに気付いたオボロに向かってそう声をかけた後、マントを脱ぎ捨てるネクロボロム。自身と全く同じ顔を持つ男が現れ、オボロは動揺を隠せない。
「な、何者だ貴様は。何故それがしと同じ姿をしている!?」
「知りたいか? ならば我らを倒して聞き出せ。もっとも、お前一人で我々を倒せるのならばの話だが」
「そーそー。あたいたちのコンビにはだーれも勝てないってわけっすよ! ひゃっはー!」
ネクロボロムの言葉に頷いた後、もう一人の仲間がオボロめがけて走り出す。魔法で呼び出した、身の丈ほどもある大刀を横薙ぎに振るう。
「そーりゃあ!」
「ふっ、この程度防ぐのは訳ないことだ!」
「お、防がれちゃったー」
「次はこちらの番だ! 九頭流剣技、参ノ型! 地ずり昇竜斬!」
「おひゃっ!?」
妖刀『九頭龍』を呼び出し、相手の攻撃を鞘で受け止めたオボロ。腕に力を込めて相手を押し返し、体勢を崩したところへ反撃を放つ。
だが、直撃寸前で身体を反らされ、フードを剥がしただけで終わってしまう。そうして露出した、相手の顔を見てオボロは目を見開く。
「バカな……それがしの次は、イレーナ殿の顔をした敵だと?」
「あー、見られちゃったっすね。まーいーや、どーせここで殺すもんねこいつ」
「驚いてくれたようで何より。我らはネクロヒューマン。死の種より生まれた、お前たちのまがい物だ」
自分たちを模した姿をした敵に、オボロは驚きを隠せない。そんな中、ネクロボロムが指を鳴らす。すると、スケルトンたちが動き出した。
「行け、もう一人の仲間を見つけ出し捕らえよ!」
「そうはさせん! 九頭流……ぐっ!?」
「おっと、邪魔はさせん。そうそう、我をお前と同じ侍だと思うのは間違いだと言っておこう。我は……大筒の使い手だ」
スケルトンたちの進軍を阻止しようとするオボロだったが、そこに砲弾が放たれる。身をひねって攻撃を避け、弾が飛んできた方を見る。
そこには、斜めにクロスしたしめ縄が巻かれた大砲を担いだネクロボロムが立っていた。
「なるほど、何から何まで全て同じというわけではないようだな」
「その通り。お前であってお前ではない、まがい物の力……しかとその目に焼き付けておくがいい」
小さな声での呟きを聞き逃さず、ネクロボロムはニヤリと笑いながら答えた。




