188話─戦乙女の異変
翌日、フィルとアンネローゼはカルゥ=オルセナへと戻っていた。イゼルヴィアのことはイレーナやジェディンに任せ、自分たちはオルセナを守る。
テルフェは打ち倒したが、いつ新たな刺客が送り込まれてくるか分からない。故に、いつまでも遊んでいるわけにはいかないのだ。
もっとも、すでにアンブロシアが暗躍を始めているのだが……フィルたちはまだ、そのことを知らない。
「はー、帰ってきたわねオルセナに。イゼルヴィアも賑やかで楽しかったけど、やっぱりこっちが落ち着くわ」
「そうですね、住み慣れた世界が一番です。さ、少し休憩したら情報収集に行きましょう。オボロたちに任せっきりというわけにはいきませんから」
「そうね、博士にお土産を渡したら私たちも……う、ぐっ!」
何か異変が起こっていないか、早速調査に赴こうとする二人。が、その時。凄まじい頭痛がアンネローゼを襲い、彼女は倒れてしまう。
「アンネ様!? アンネ様、大丈夫ですか!」
「だい、じょうぶ……じゃない、かも。頭が、割れるように痛い……!」
「すぐにメディカルルームに運びますから! つよいこころ軍団、来てください!」
「オ任セヲ!」
倒れてしまったアンネローゼを背負い、フィルはつよいこころ軍団を招集しつつメディカルルームへと急ぎ走る。
つよいこころ軍団に命令し、基地のどこかにいるだろうギアーズやオボロたちに現状を伝えてもらう。そうしている間も、フィルは疾走する。
「もう大丈夫ですからね、今すぐメディカルマシンで検査をしますから!」
「うん、ありがとう……」
激しい頭痛に苛まれ、アンネローゼは弱々しい返事をすることしか出来ない。大きな棺のような装置の中に恋人を寝かせ、フィルは側にあるパネルを操作する。
アンネローゼを襲った頭痛の正体を明らかにするべく、メディカルマシンを起動させて恋人の検査を始めた。
「さて、異変の原因は……うん、脳に異常はなし。良かった、脳の病気じゃな……ん? この魔力反応はもしかして……」
幸い、脳梗塞などの深刻な病ではないことが判明し安堵の息を吐くフィル。では、アンネローゼの頭痛の原因は何か。
それを調べているうちに、フィルは『あること』に気が付いた。ウォーカーの一族にしか分からない、変調を発見したのだ。
「これは……運命変異体との同調不全? まさか、アンネ様の運命変異体が……基底時間軸世界に来てる?」
本来、一つの世界に同一人物が複数存在することはあり得ない。だが、何らかの理由により世界を超えて運命変異体が現れるとある現象が起きる。
オリジナルと運命変異体が同じ世界に現れると、互いに無意識下での魂の同調が引き起こされるのだ。しかし、たまにそれが失敗することがある。
「フィル、戻っておったか! つよいこころ七号から聞いたぞ、アンネローゼの容態はどうじゃ?」
「ええ、幸い重い病気ではありませんでした。ただ……厄介な事態が起きそうでして」
そうして引き起こされるのが、同調不全という現象だ。オリジナルに強い負荷がかかることで、体調不良になってしまう。
深刻な場合、一時的な昏睡状態に陥ってしまうこともある。フィルは駆け付けたギアーズに、そのことを説明した。
「アンネローゼの運命変異体がカルゥ=オルセナに来ている、じゃと?」
「ええ、タイミング的に偶然どこかの並行世界から迷い込んだ、という可能性は低いでしょう。まず間違いなく……ソサエティの刺客が、アンネ様の運命変異体だと見て間違いありません」
「ふむ……となると厄介じゃな。フィル、アンネローゼはどのくらいで快癒する?」
「そうですね、僕の見立てでは三日ほどかかると思います。その間、アンネ様には安静にしてもらって……僕とオボロ、レジェの三人で敵と対峙しなければなりませんね」
しばらくの間、アンネローゼは戦線から離れ療養しなければならない。相手が相手なだけに、フィルたち三人では戦力に不安が残る。
運命変異体がどのような能力を持ち、どんな手を使って攻めてくるか。早急に調査し、対策を打たなければ最悪全滅もあり得る。
「博士、すぐにつよいこころ軍団を大地の全域に送りましょう。ついでに、オボロたちを呼び戻してください。今後について話し合いをしないといけません」
「分かった、二人は今情報収集に出ておる。すぐに呼び戻すから待っておれ」
そう言うと、ギアーズはメディカルルームを後にする。一人残ったフィルは、眠りに着いたアンネローゼの手を握り真剣な表情を浮かべた。
「……大丈夫ですよ。アンネ様は必ず、僕が守りますから。何があっても、絶対に」
同調不全を引き起こす運命変異体は、決まってある特徴を持っている。それは、オリジナルを抹殺して自分が成り代わろうと野心を持っていることだ。
ウォーカーの一族としての本能が、フィルに告げている。今度の敵は、かなり手強い相手だと。手に力を入れ、フィルは恋人を守ると誓う。
だが、彼はまだ知らなかった。アンネローゼの運命変異体、アンブロシアが狙っているのは……オリジナルではなく、フィル自身だということを。
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「ふー、これで愛の巣も完成ね。うんうん、我ながらいい出来具合じゃないの」
その頃、アンブロシアは一人満足そうにしていた。丸一日かけてネクロヒューマン四人と百体近いスケルトンの群れ、そして大きなログハウスを作成していたのだ。
ログハウスの中はトイレと風呂場を除き、まるまる一つの大部屋になっている。家の中には暖炉とテーブル、肘掛け椅子に大きなダブルベッドが置かれていた。
「さて、後はフィルくんを攫ってくるだけ……。オリジナルはアタシとの同調不全で動けないだろうし、今がチャンスよねぇ」
「あい、あたいもそう思うっす!」
「そうね、じゃああんたたちに仕事をあげる。アタシがフィルくんを拉致るまでの間、他のお邪魔虫の相手をしなさい。殺せなくてもいいわ、足止め出来ればそれでいい。分かった?」
「あい!」
ログハウスの前に整列しているスケルトンたちの最前列に、四人のネクロヒューマンがいた。イレーナやオボロたちに似せた、まがい物たち。
彼らをシュヴァルカイザーの基地に差し向け、フィルと仲間たちを分断しようと画策しているのだ。命令を受けたのは二人。
「じゃー、あたいとボロっちでいってきゃーす」
「我らにお任せを。必ずご期待に応えてみせます」
「いいわよ、行ってきなさいネクロレーナ、ネクロボロム! しくじったら種に戻すから、死ぬ気で成功させてきなさい! ま、あんたらは死人みたいなもんだけど」
赤い鎧に身を包んだイレーナを模した少女、ネクロレーナ。そして、緑色の甲冑を身に着けたオボロの偽者、ネクロボロム。
アンブロシアがフィルの拉致を成功させるための捨て駒として、一足先に遙か南へと向かった。残る二人のネクロヒューマンは、ここで待機せよと命令が下る。
「あんたらはここにいなさい、動いちゃダメよ。スケルトンは二十体ほどあいつらに着いてって。残りは同様に待機よ、いいわね!」
「はっ、かしこまりました」
残りの二人は、全身をすっぽり覆うフード付きローブを身に着けているため容姿が分からない。しかし、ロクでもない存在なのだけは確かだ。
「さぁて、華麗な寝盗りショーの始まりよ。アタシがフィルくんを奪ったら、あの女……どんな顔するかしらね? うふふ、あーっはっはっはっ!」
フィルを奪われ、絶望するアンネローゼの姿を想像し高笑いするアンブロシア。邪悪な魔女の毒牙が、フィルを捉えようとしていた。




