187話─髑髏より生まれるモノ
「さて、着いたわね。ふーん、どこを見ても森ばっかり。一面のクソ緑ってやつね」
フィルとアンネローゼがデートをしていた頃、アンブロシアはカルゥ=オルセナへ渡っていた。彼女がいるのは、大陸の北にある針葉樹が生い茂る森。
もう数キロ北へ進めば雪原が見える、という場所で彼女が何を始めたのかというと……髑髏の形をした、小さな種を植えていた。
「これくらい寒い方が、よく育つってもんよね。さっさと『ネクロシード』を埋めよっと」
小さな魔力の弾を地面に放ち、穴を開けるアンブロシア。そこに種を落とし、足で適当に土を被せる。その作業を四回ほど繰り返した後、満足そうに息を吐く。
「これでよし。後は芽吹くのを待つだけ……ふふふ、過酷な土地に植えれば、その分強くなるのよね。アタシの兵隊たちは」
近くにあった木を、しゃがんでからの足払いで切り倒すアンブロシア。木の倒れる轟音が響く中、切り株に腰掛け『その時』が来るのを待つ。
「まだかなまだかなー。今回はどんなのが生まれるかしら。アタシのオリジナルをサクッと倒せるくらい強いのが……お!」
そのまま数分が経過し、地面に埋めた種に変化が現れる。種が急速に成長し、髑髏になったのだ。それからさらに数分後。
新芽が芽吹くように、ボコッと地面から髑髏が飛び出した。その下には、骨の上半身が存在している。アンブロシアは、指揮棒を振るように手を動かす。
「いいわねぇ、とってもいいわ。せっかくだから、オリジナルの仲間連中に似せてやりましょうか。こっちの存在がバレるリスクはあるけど……記憶を共有させてもらうわよ」
スケルトンたちの下半身が生成されていく中、アンブロシアはそう呟く。小声で呪文を唱え、オリジナルの存在……アンネローゼの記憶をたぐり寄せる。
「ふぅん……なるほど。そういう連中がいるのね。あ、なら……見た目だけ似せて、能力はまるで違うのにしよっと。その方が意表を突けるし」
フィルとの出会いから今に至るまでの、アンネローゼの記憶を盗み見たアンブロシア。少し考えた後、方針を定める。
そうしている間に、スケルトンが完成し地面から脚を引っこ抜く。集まってきたしもべたちを見ながら、魔女は笑う。
「おいで、お前たち。さ、今から一人ずつ身体と人格を与えるわ。ウィッチクラフト……ネクロクリエイション!」
一番前にいたスケルトンに、アンブロシアは大量の魔力を送り込む。すると、スケルトンのつま先から少しずつ剥き出しの筋肉が付き始める。
そのまま少しずつ上へ上へと筋肉が付いていき、首まで完成する。アンブロシアが腕を振ると、一気に皮膚が筋肉を覆う。
そうして現れたのは、丸みを帯びた少女の裸体。もう一度魔女が腕を振ると、灰色の全身タイツが肢体を包み込んだ。
「よし、後は鎧を着せてから頭を作るだけね。さて、一気に終わらせるわよ」
そう呟いた後、アンブロシアは指を鳴らす。スケルトンの身体を、鮮やかな赤いプレートメイルが覆っていく。
チェストアーマー、腰垂れ、小手、グリーヴ。全身の武装が終わってから、ようやく頭部が生成された。現れたのは……イレーナと同じ顔をした頭だ。
「あーあー、テステス。もう人格を与えてあるから、自分で身体を動かせるはずよね? アタシの指示した通りに身体を動かしなさい」
「……はい、かしこまりましたっす」
イレーナと瓜二つな容姿になったスケルトンは、本物とそっくりな口調で答え頷く。主に言われた通り、軽く身体を動かす。
その間にも人格が発達していっているようで、無表情だった顔にはニヤけた笑みが浮かんでいた。
「うん、運動能力は問題なし。これなら大丈夫そうね、ネクロレーナ」
「あい、完璧のペキペキっすよ。で、あたいは誰をぶっ殺せばいいんで?」
「気が早いわね、まだ動くべき時じゃない。残りの三人が完成するまで、ここで大人しくしてなさい」
「あい!」
イレーナのまがい物、ネクロレーナは早くもやる気を見せていた。だが、今はまだ時期尚早だとアンブロシアに諫められる。
記憶を覗き見た際、まだアンネローゼとフィルがイゼルヴィアにいることを知ったからだ。ターゲットがいないのでは、まるで意味がない。
(チッ、入れ違いになったってわけね。今からイゼルヴィアに戻ったって、また入れ違いになるだけだろうし……仕方ない、ここで待ちましょ)
いつまでもターゲットに出会えない、という状況になればアンブロシアの計画を進められない。気が長い性格ではないが、彼女は待つことにした。
目的は一つ、アンネローゼからフィルを奪うこと。それを果たすためと思えば、さほど気になることでもないと魔女は考える。
「とりあえず、残りの連中をちゃっちゃと作らなきゃね。その後は下っ端スケルトンたちの作成、あとフィルくんとの愛の巣になる家を建てて……やること盛りだくさんね、ふふふふふ」
二枚目のネクロヒューマンの制作に取りかかりながら、アンブロシアはよこしまな妄想を頭の中で繰り広げる。
彼女の中ではすでに、フィルが自分になびくことが決定事項であるようだ。それだけ、自分に女性的な魅力が備わっていると自負しているらしい。
「あんな小娘なんかより、こっちの方がプロポーションは上だし。『アッチ』の知識だって豊富だもの、あのくらいの歳の子ならすぐ籠絡してやれるわ。ふふふふふ」
「ねーあるじー、待つの飽きたっすー。遊んできていーすか?」
「もう、人が楽しく妄想してる時に。仕方ない、この森から出ない範囲でなら暇潰ししてきてもいいわ。ただし、大地の民の気配を感じたらすぐ隠れなさい。今はまだ、存在をおおやけにするわけにはいかないからね」
「あい、分かったっすー。」
本物と比べて、ネクロレーナはかなり子供っぽい性格をしているようだ。ただ待っているのに飽きてしまったようで、ぶーぶー文句を垂れている。
あんまり我慢させてかんしゃくを起こされても面倒だと、アンブロシアは条件付きで遊びに行く許可を出した。
「日が落ちるまでには帰ってきなさい。もし帰ってこなかったら、強制的に召喚してお仕置きするからそのつもりでいなさいよ。いいわね?」
「あ、あい。肝に銘じておくっす!」
アンブロシアに凄まれ、ネクロレーナは身震いする。それがトリガーになったのか、それまでツルッパゲだった頭に茶色の髪が生えてきた。
ビシッと敬礼した後、ネクロレーナはどんどん伸びてくる髪を三つ編みにしながら走って行く。生まれたばかりとは思えない器用な芸当に、主である魔女はニヤリと笑う。
「ふっ、思った通りね。こっちの方がネクロシードの発育がいいわ。これなら、大軍団を組織するのも夢じゃないわね。帝国の樹立も不可能じゃないわ。当然、皇帝はこのアタシ。で、その夫は……ふふふふふ」
テケテケ走り去るネクロレーナを見送りながら、またもや妄想に浸るアンブロシア。現状ではただの捕らぬ狸の皮算用でしかないが、もう叶った気でいるのだから始末に負えない。
「……っと、日が暮れる前に作業を終わらせないと。いつまでもボケーッとしてられないわ」
それから十数分後、ようやく現実に意識が帰還したアンブロシアは二人目のネクロヒューマンを作成していく。
生み出すは、フィルの仲間たちのまがい物。イレーナ、オボロ、ジェディン、レジェ……。彼らの皮を被った怪物が、続々と産声をあげる。
死を司る魔女と、その配下たる黄泉の魔物たち。新たな脅威が、フィルたちの元に現れようとしていた。




