186話─ある魔女のお節介
チョコレートパフェを食べ終えた後、徹底的にメンタルを破壊されたジュディはイレーナに引きずられ退場していった。
二人を見ていた従業員や他の客は、可哀想なものを見るような目でイレーナとジュディを見送る。一方、フィルたちは談笑していた。
「はー、美味しかった! うん、満腹満腹」
「そうですね、とても美味しかったです。じゃあ、そろそろ行きましょうか」
「そうね、腹ごなしに散歩でもしましょ」
会計を済ませ、二人はレストランを後にする。道なりに沿って進み、レストラン街を出た後は気の向くままにぶらぶら歩く。
「あ、すいませーん。ここ今工事中でして、通れないんですよー。右に迂回してもらえれば、この先に行けますよ」
「そうなんですか? 分かりました、ではこっちに行きますね」
景色を眺めながら歩いていると、いつの間にか人通りの少ないエリアに入り込んでいた。気にせず進んでいると、前方で道路の工事が行われている。
女性の作業員にそう言われ、大人しく迂回するフィルたち。ガイドマップを確認し、問題がないかチェックするフィルだが……。
「あれ? そういえば、今の人……どこかで見たような気がします」
「またまたー、フィルくんったら。私たちこっちに戻ってきたばかりよ? 知り合いなんていないでしょうよ」
「そうですよね……他人のそら似、ってやつですかね。でも、うーん……」
先ほど説明してくれた作業員をどこかで見たように感じたフィルは、首を傾げる。が、アンネローゼの言葉を受けてすぐに忘れることにした。
言われた通りに道を迂回し、先へ進む二人。が、何故か行く先々で道路工事が行われている。
「すいませんね、ここ通れないんですよ」
「こちらは現在通行止めでーす。あちらへお進みくださーい」
「ごめんねー、ここ今通れないの。だから、こっちへ行ってねー」
そんなこんなで、二人はあちこちたらい回しにされてしまった。あまりにも鬱陶しいため、アンネローゼはプンプン怒っている。
「もー、なんであちこち工事してるわけ!? おかげで今どこにいるか分かんないじゃない!」
「まあまあ、落ち着いてください。ほら、もうすぐ大通りに出られますから。そしたら、もう一度ガイドマップを確認しましょう?」
アンネローゼを宥めながら、フィルは左右を高い建物に挟まれた細い道を歩いていく。が、この直後彼は後悔することになる。
この段階でガイドマップを確認し、早急に引き返すべきだったと。何故なら……彼らが出てしまったのは、ラブホテルが並ぶ通りだったからだ。
「え!? ちょ、何この通り……」
「宿……にしては、何だか妖しい気配がプンプンしてますよこれ」
右を見ても左を見ても、地平線の果てまでホテルが建ち並んでいる。妖しげなネオンサインが輝く看板が掲げられ、カップルらしき人たちが往来を行く。
たまに女性が一人、露出の多い格好をして立っている。アンネローゼは何かを感じ取り、そうした女性たちからフィルが見えにくいよう立ちはだかる。
「と、とりあえず引き返しましょう。ここはなんだか危険……あれっ!?」
「ウソ、道がない!? 何がどうなってるの!?」
フィルの勘が告げていた。ここにいるのはよくないと。それに従い、来た道を戻ろうとするが……なんと道があった場所が壁で塞がっていた。
「あ、そうだ! だったら、変身してアジトに戻れば」
「だ、ダメですよ! ここがレジスタンスのお膝元だからといって油断は出来ません! ソサエティの監視があるかもしれないんですよ!?」
これでは、左右どちらかの道を通らなければここを脱出出来ない。変身して空から逃げてもよかったが、ヒーローとして目立つことは避けねばならず断念した。
迂闊にシュヴァルカイザーやホロウバルキリーに変身すれば、目撃者を通じてその情報はイゼルヴィア全域へ瞬く間に拡散する。
そうなれば、ルナ・ソサエティに存在を把握され面倒な事態に発展することは確実。何が何でも回避しなければならない。
「仕方ないわね、ならこの通りを一気に突っ切って」
「もし、そこのお二人……もし良ければ、当ホテルで休んでいきませんか?」
フィルの手を引き、アンネローゼが走り出そうとした瞬間。紫色のフードを目深に被った人物が、二人に声をかけてきた。
「え、ホテル……? ああ、宿のことですか? 結構です、僕たち疲れてないので」
「本当にそうですか? あなたが気付いていないだけで、実は疲れが溜まっているかもしれませんよ?」
「う、そう言われると……なんだか、身体が重いような気が……」
声のトーンから、女と思われるフードの人物はフィルにそう声をかける。最初は断ろうとしたフィルだったが、彼女の話を聞いているうちに身体に違和感を抱く。
「そうでしょうそうでしょう。ですがご安心ください、お連れの方ともども当ホテルにご宿泊いただければ疲れが吹き飛びますよ!」
そう言うと、女は立ち並ぶホテルのうちの一つ……『ホテルラブ・クラフト』と書かれたネオンパネルが掲げられた建物を指差す。
謎の女の提案を受け、フィルが頷きかけたその時。それまで沈黙を保っていたアンネローゼが、いきなり相手のフードをめくった。
「あ、やっぱり。叔母様だったのね、なーんか声が似てるなーと思ってたのよ」
「あらっ!? 嘘、完璧に変装してたのに……バレちゃった☆ てへっ!」
「ええええっ!? シ、シゼルさん!? こんなところで何やってるんですか!?」
あっさりと相手の正体を見破り、アンネローゼはジト目で叔母を睨む。冷や汗を流しつつ、なんとか誤魔化そうとするシゼル。
が、自分の歳を考えていないにゃんにゃんポーズをしてもアンネローゼは騙されない。血縁者だからこそ容赦も躊躇もなく、シゼルを問い質す。
「そ・れ・で! こんな場所で、なんで叔母様が客引きの真似事をなさっているのかしら?」
「あ、あはは。えーと、それはそのー……つまり……」
アンネローゼに詰め寄られたシゼルは、観念して洗いざらい目的を話す。全て、フィルとアンネローゼの仲をより『親密にする』ためなのだという。
ついでに、ここにフィルたちが来る羽目になった道路工事は、全てレジスタンスによる演技だったということも判明した。
「親密? 僕とアンネ様はもう仲良しですよ?」
「そうね、うーん……じゃあアンネローゼには教えてあげる。こっちに来て」
フィルが疑問を呈すると、シゼルは少し考え込む。そして、アンネローゼを手招きして自身の発言の真意と、このホテルの存在意義を教えた。
「な、な、な……なんてことさせようとしてるのよ叔母様! 私はともかく、フィルくんにはその……ま、まだ『そういうこと』は早いわ!」
「あら、ということはアンネローゼの方はもう準備万端ってことかしら?」
「あ、しまっ……! ち、違うの! 今のはそういうことじゃなくてあのそのその……」
「????????」
シゼルから耳打ちされ、アンネローゼは顔を真っ赤にしてしまう。そこに追い打ちをかけられ、完全にパニックになってしまった。
そんなアンネローゼを見て、フィルはしきりに首を傾げる。二人の反応を面白がり、調子に乗ったシゼルはフィルに近付いていく。
「ふふ、フィルくんも知りたい? 私の言ったことの意」
「チェストォォォォォ!!!」
「うぐふっ!」
「わああっ!? シゼルさん、大丈夫ですか!? アンネ様、いくらなんでもボディブローは大人げないですよ」
「はあ、はあ……。いいのよ、これくらいしないとお仕置きにならないから。それに、フィルくんとはもっと……その、ちゃんとしかるべき場所とタイミングでやりたいし……」
崩れ落ちるシゼルを心配しつつ、アンネローゼにそう注意するフィル。一方、フィルを汚されまいと必死だったアンネローゼ。
フィルに己の行動を弁解しつつも、顔を赤くしてしまう。声も少しずつ小さくなり、最後にはごにょごにょ何かを呟いていた。
「とりあえず、シゼルさんをアジトまで運びましょうか。おもいっきりパンチされたから、お腹を痛めてるかも……」
「だ、大丈夫よ……アンネローゼの反応が面白かったから、ちょっと調子に乗っちゃった。ごめんなさいね……うぐっ」
ギリギリで意識を保っていたシゼルは、絞り出すようにそう口にする。可愛い姪のためにとお節介を焼いた結果、自業自得とはいえ腹パンされるとは思っていなかったようだ。
「ごめんなさい叔母様、一応八割くらいには力を抑えたんだけど……」
「そ、それであの威力なの? 私じゃなかったら気絶してるわよこれ……。迷惑かけたお詫びに、街の展望台に転送してあげる。見晴らしがいいのよ、あそこ」
少しずつ痛みが薄れてきたシゼルは、二人を街の東にある展望台へと魔法で送り届ける。フィルたちのデートが終わりを迎えようとする中……。
カルゥ=オルセナでは、アンブロシアが暗躍しようとしていた。




