185話─楽しい楽しいランチの時間
ゲームセンターを後にしたフィルたちは、当初の予定通り商店街に向かう。服やアクセサリー、お菓子などの嗜好品を見て回る。
二時間ほどウィンドショッピングを楽しみ、いろいろと買い込んだ二人。どんなに買っても、魔法のカバンのおかげで荷物がかさばらない。
「もうそろそろお昼ね。たくさん歩いてお腹が空いてきたし、ご飯にする?」
「そうですね、どこか目についたところに入りましょうか」
時間は、正午の少し前。道行く人々が、空腹を満たすため思い思いに食事処に向かっている。フィルとアンネローゼのお腹も、ぐうぐう鳴っていた。
ゲームセンターで遊び回り、商店街を練り歩き……空腹になるのは当然のことだ。ガイドマップを確認しながら、レストランの並ぶ通りへと向かう。
「いろいろ店があるわね、こんなに種類が多いと選ぶのも一苦労ねぇ」
「そうですね、どのお店にしましょうか? どれを選んでも、僕たちからしたら大当たりでしょうし」
イゼルヴィアの文明は、オルセナより遙かに進んでいる。それは、食文化も同じだ。フィルたちからすれば、どんな料理も未知のご馳走なのである。
あまり店選びに時間をかけると、ピークタイムに突入し混雑してしまう。そうなる前に、二人はとりあえず目に付いたレストランに入った。
「いやっしゃいませ! 二名様でしょうか?」
「あ、はい。僕とアンネ様の二人です」
「かしこまりました! おたばこはお吸いになられますか? もしお吸いになられるなら、喫煙席にご案内しますが」
「私未成年よ? たばこなんて吸わないわ。普通の席に案内してちょうだい」
「はい、かしこまりました! それでは、二名様ご案内しまーす!」
レストラン『ペルキュリア』に入ると、すぐに女店員がやって来る。人数と喫煙するかを聞かれた後、窓際にある一番奥の席へ案内された。
「こちら、ランチメニューになります。今日は紅玉曜日ですので、日替わりランチはこちらのデミグラスソースのハンバーグとハーフチキングリルのセットになります」
「わあ、美味しそうですね……あれ? こっちにも二枚メニュー表がありますよ」
「こちらはグランドメニューで、テーブルに置いてあるのが期間限定メニューになります。お決まりになりましたら、こちらのボタンを押してください。なお、お冷やはセルフサービスになっております。では、ごゆっくり!」
早口にそう言うと、店員は足早に去って行った。他にも客がいるため、そちらの対応もせねばならないのだろう。
テーブルを挟んで向かい合い、フィルとアンネローゼはランチメニューを眺める。肉料理から魚料理、さらにはピザや麺類……いろんな料理がリーズナブルな価格で提供されている。
「うーん、悩むわね。何にしようかしら」
「グランドメニューの方は……わ、高い! このリブロースステーキ、銀貨十二枚もしますよ!」
メニューをとっかえひっかえしながら、二人は何を食べるか吟味する。そうしているうちに、店内がどんどん混んできた。
店の入り口にある待ち合いスペースにはたくさんの人が並び、順番待ちの用紙に名前を書いている。そんな彼らを遠目に見つつ、二人は食べるものを決めた。
「決めた! じゃ、私はこの日替わりランチにするわ」
「じゃあ、僕はこの鮭の塩焼きランチにします。えっと、注文は……これを押せばいいんですよね?」
いつものクセで店員を呼ぼうとしてしまったフィルだが、寸前で思い留まる。店員に言われたことを思い出し、テーブルの隅に置かれているボタンを見る。
ドーム状になった装置のてっぺんに、白くて丸いボタンがついている。それを押すと、ピンポーンという軽快な音が鳴り響いた。
「お待たせいたしました。ご注文をお伺いします」
「えっと、この日替わりランチと鮭の塩焼き定食を一つずつお願いします」
「かしこまりました。よろしければ、こちらのドリンクバーなどはいかがでしょうか? 今なら、日替わりランチを頼まれた方限定でチョコレートパフェをお安く提供していますよ」
「パフェ! いいわ、それちょうだい! いくらになるの?」
「はい、銀貨一枚のところを銅貨二十枚でご提供しています」
店員に乗せられ、アンネローゼは追加でデザートの注文を行う。実は、レストランに入る前彼女はパフェを食べたがっていた。
たまたま商店街にあったカフェのメニューを見て、パフェを食べたいとフィルにアピールしまくっていたのである。
その時は、今デザートを食べるとお昼ご飯が入らなくなるから、とやんわり諫められてしまい渋々断念したのだが……こうなると、もう躊躇はしない。
「ね、ね、二人ではんぶんこしましょ? フィルくんだって食べ盛りなんだし、それにちょっと早いおやつだと思えば……ね? ね! ね!?」
「あはは、いいですよ。せっかくのデートなんですし、今日くらいは好きなものをなんでも奢りますよ」
「やったー! フィルくん大好きー!」
目の前でイチャイチャラブラブされ、女店員は胃潰瘍と過敏性腸症候群が同時発症した時のような渋い顔をする。
二人に聞こえないよう、極小さな声で『リア充爆発しろやクソが……』とついうっかり呟いてしまったが、咎めるのは酷というものだろう。
「かしこまりました、それではご注文のほう繰り返させて」
「もー、フィルくんったらホントに優しいんだから。じゃあ、今度は私がお礼しなきゃね?」
「あの、ご注文のほうを……」
「わわっ! そ、そんなにほっぺを揉まないでください!」
「チクショォォォォォォ!!!!」
二人のイチャラブ空間に当てられ、深刻なメンタルダメージを食らった店員は叫びながら厨房の方へ逃げ去っていく。
しっかりメニューをメモしている辺りは、プロとしての矜持を見せ付けていた。濃厚甘々な雰囲気を醸し出す二人は、まるで気付いていない。
周囲にいた客たちは、厨房に走って行った店員を気の毒そうな目で見送っていた……。
「ふー、美味しかったわね。満足、まんぞく」
「ごちそうさまでした。後は、パフェが来るのを待つだけですね」
それから十数分後、二人は運ばれてきたランチを堪能していた。メインディッシュを食べ終え、後はデザートを待つのみ。
そんな二人の元に、先ほどとは別の男の店員が大きなパフェを運んできた。バニラアイスにチョコアイス、コーンフレークにチョコブラウニー。
これでもかと言わんばかりに、甘味が搭載されたパフェにアンネローゼは目を輝かせる。そんな彼女を、フィルは微笑ましそうに眺めていた。
「お待たせいたしました。ご注文の品はお揃いでしょうか?」
「はい、これで全部です。ありがとうございます」
「では、こちらに伝票を置いておきます。ごゆっくりおくつろぎください」
必要以上に長居すれば、先ほどの店員の二の舞になる。それを理解している男店員は、手短にやり取りを済ませ去って行った。
「はー、美味しそー! 早速食べましょ、フィルくん!」
「そうですね、それにしてもこれは……一人だと食べきれないくらい多いですね」
「あれー!? シショーに姐御、ここでご飯食べてたんすか!?」
「あ、イレーナにジュディちゃん! 奇遇ね、二人もこのレストランに来たんだ」
食器入れからスプーンを二人分取り出し、いざ食さんとしたその時。偶然同じレストランに来たイレーナとジュディが、二人を見つけた。
店員に断りを入れてフィルたちの席にやって来た二人は、テーブルに鎮座するパフェを見つめる。
「二人もここでランチを?」
「ううん、わたしたちは別のとこで食べてきたの。ただ、物足りなくてデザートが食べたいなーって話してて……」
「で、たまたま目に付いたこのレストランに来たんすよ。いやー、偶然って怖いっすね!」
「ホントホント。あ、そうだ。なら二人も一緒にこのパフェ食べる? 二人だけだと食べ切れなさそうだから」
これまでの経緯を聞き、アンネローゼはイレーナたちにそう提案する。思っていたよりもパフェが大きく、ランチを食べたばかりの二人には荷が重いのだ。
「えっ、いいんすか! ラッキー、デザート代が浮いたっすよ!」
「僕の奢りですから、遠慮せず食べてください」
「いいの!? わーい、ならゴチになるわ!」
二人の厚意に、イレーナたちは喜んで飛び付く。だが、彼女たちはすぐにその選択を後悔することになる。何故なら……。
「はいフィルくん、あーん」
「あーん。もぐもぐ……冷たくて美味しいですね、このパフェ」
「でしょでしょ!? さ、次はフィルくんが私に食べさせて? ほらほら」
「わ、分かりました。では失礼して……あ、あーん」
「ん、美味しい! あ、フィルくんほっぺにアイス付いてるわよ? 取ったげるね」
フィルとアンネローゼのいちゃラブの波動を、ゼロ距離で浴びることになるのだ。ある程度耐性のあるイレーナはともかく、ジュディには致命傷だ。
「ごふっ! あぶっ! かはっ! お、おかしいな……口から砂糖が……血が……げぶぅっ!」
「ジュ、ジュディイイイィィ!! しっかり、しっかりするっすぅぅぅぅぅ!!」
ジュディが轟沈する中、フィルたちはパフェを食べ終えるまでイチャイチャしていた。




