181話─再び並行世界へ
三日後、フィルとアンネローゼはローグと共にカルゥ=イゼルヴィアへ向かった。ペルローナとの戦いで命を落とした魔女たちの、弔いをするためだ。
ウォーカーの力を使い、ローグに教えてもらった座標に向けて門を開く。すでにローグが話をつけているようで、アジトに直接顔を出せるとのことだった。
「ほい、とうちゃーくっと。ここがレジスタンスのアジト……の屋上にあるエアカーゴの発着場だ」
「わあ……凄いですね、ここから山々が見えますよ」
「私たちの基地があるジャングルと違って、こっちは空気がひんやりしてるわね。うん、いいところじゃない」
アジトの屋上から見える山嶺を見ながら、フィルたちは感嘆の声をあげる。街で暮らすより、自然に囲まれている方が好きな二人は嬉しそうだ。
「いつまでもそこにいるとカに刺されるぞ。ほれ、着いてこい。言っとくが、ここで俺の正体を明かすなよ? もしやったら冗談抜きで殺すからな」
「分かってるって。さ、行くわよフィルくん」
「はい!」
今回もまた、ローグは仕事で使う仮面を身に着けている。フィルたちに念を押した後、魔法を使い二人の服を変えていく。
いつものルームウェアから、弔問に相応しい喪服姿になったフィルとアンネローゼ。ローグに案内され、二人はエレベーターに乗り込みアジトの中に入る。
アジトの十七階にある大ホールが、命を落とした魔女たちの葬式を行う会場になっているのだとローグはフィルたちに説明を行う。
「……ってわけで、俺たちはそのホールに向かう。もうすぐ着くから準備しとけ」
「あの、僕たち香典を持参していないんですが……大丈夫でしょうか?」
「問題ねえよ、オルセナとイゼルヴィアじゃ使われてる通貨が違うんだ。総裁だってそれは把握してる、気にするこたぁねえよ」
エレベーターの中で、フィルは心配そうな顔をしながらローグに尋ねる。弔問に来たのだから、香典を用意しなければならない……のだが。
ローグも言った通り、双子大地それぞれで使われている通貨はまるで異なっている。オルセナの金貨を持ってきても、イゼルヴィアでは使えない。
故に、フィルたちは手ぶらで訪れざるを得ないことになってしまった。それを申し訳なく思っているフィルに、ローグがそうフォローする。
「そうですか……でも、何だか申し訳ないですね」
「なら、全力でレジスタンスに協力するこった。自分の納得出来る方法で、香典の代わりを見つけな」
「そうね、私も……あ、着いたみたい。降りましょ、二人とも」
話をしている間に、エレベーターが目的の階に到着した。チン、という小気味いい音を鳴らしつつ扉が開いていく。
エレベーターの乗り口から廊下を挟んだ反対側に、ホールの入り口があった。入り口の側には、不審者が潜り込まないかチェックするための魔女が二人立っている。
「ローグ殿、来ていただけたのですか」
「ああ、俺もそこまで薄情じゃあないんでね。今日はお悔やみを言いに来たわけさ」
「ありがとうございます、犠牲になった者たちも浮かばれ……おや、後ろにいるのは……」
「総裁から聞いてるだろ? こっちに来てるヒーローたちのリーダーとその仲間だ。弔問に来たんだ、丁寧に迎えろよ?」
ローグの説明を受け、二人の魔女はフィルとアンネローゼに頭を下げる。世界を超え、弔問に来てくれたことに感謝の意を示す。
「そうでしたか、はるばるイゼルヴィアに足を運んでいただきありがとうございます」
「フィル様とアンネローゼ様ですよね? 総裁やジェディンさんからお二人のことは伺っています。どうぞ、お入りください!」
「ありがとうございます、では失礼します」
魔女二人とやり取りをした後、フィルたちは葬儀会場に入る。すでに百人近い魔女たちが集まっており、席に座って静かにしていた。
ホールの奥には、十の棺が並べられ……その上に、魔女たちの遺影が立体映像となって浮かんでいる。ジャイナやオリビアたち、奴隷養成施設制圧作戦で命を落とした者たちの。
「彼女たちが……犠牲になってしまったんですね」
「私と同じ年頃に見える娘の遺影もあるわ……。やるせないわね、戦いに犠牲は付き物といえ……」
「あ、シショーに姐御! こっちに来てたんすか!」
悲しそうにうつむく二人の元に、イレーナの声が届く。声のした方を見ると、喪服を着たイレーナとジェディンが歩いてくるのが見えた。
「イレーナ! ジェディン! 久しぶりですね、怪我はしてませんか?」
「俺たちは大丈夫だ。だが……敵に一杯食わされてしまってな。いらぬ犠牲を出してしまった」
「二人が悪いわけじゃないわ、そんな気を落とさないで。ね、葬儀が始まるまでに聞かせてくれる? 二人がどんな戦いをしたのか」
気分が落ち込んでいるジェディンに、アンネローゼはそう声をかける。ジェディンは頷き、自分たちが座っていた席にフィルたちを連れて行く。
ちょうど三つ分空席が隣にあったため、そこに腰を下ろすフィルたち。メイナードがあらかじめ用意していたのだと、イレーナが言う。
「わざわざ席を確保してもらっちゃって悪いわね。こっちのことも話すから、そっちの話も聞かせてくれる?」
「いいっすよ、アタイたちがこっちに来てから……」
葬儀が始まるまでの間、フィルたちはそれぞれの大地で起きた出来事について教え合う。テルフェとの戦い、イゼルヴィアの現状や制圧作戦での出来事……。
お互いに情報を交換し終えた頃、喪服を着たシゼルがフィルたちの元にやって来た。会釈をし、葬儀に来てくれたことに感謝の言葉を述べる。
「叔母様! 久しぶりね!」
「来てくれたのね、アンネローゼにフィルくん。ありがとう、みんなも浮かばれるわ」
「おい、俺は無視か……っと、そろそろ始まるな」
自分だけ声をかけられなかったローグが拗ねる中、総裁であるメイナードが会場に現れる。その瞬間、全員が起立し敬礼をする。
「みな、今日は集まってくれてありがとう。聞いているだろうが、先日の奴隷養成施設制圧作戦にて……悲しいことに、殉職者が十人出てしまった」
メイナードの言葉を、集まった魔女たちは静かに聞いていた。しかし、仲間の死を前に悲しみを堪えきれず、すすり泣く声が響く。
「共に祈ろう、彼女たちの魂が安らかに眠れるように。そして、今ここで誓おう。彼女たちの分まで、生き残った我々が戦い続けると!」
「オオオオオ!!!」
総裁の宣言に、魔女たちは拳を天に突き出す。仲間の死を乗り越え、ルナ・ソサエティを打倒するため……気持ちを新たにする。
その後、全員で黙祷を捧げ、一人ずつ前に出て死者が眠る棺桶に歩いて行く。専門のスタッフが用意した花を受け取り、冥福を祈りながら棺桶の上に置いた。
「これが魔女たちの葬儀なのか……俺の知るやり方とかなり違うな」
「かなり古い葬儀の方法なのよ、これ。今じゃ、このやり方で葬儀をしてるのはレジスタンスくらいなの」
「ほう……む、俺の番が来たか。行ってくる」
参列者たちが入れ替わり立ち替わり花を供えていく中、ジェディンの番が来た。席を離れ、花を受け取り棺の元へと向かう。
「……安らかに眠れ。もし生まれ変われるとしたら、次は戦いとは無縁な幸福な人生を送ってほしい」
そう口にし、ジェディンは花を供え黙祷する。続いて、イレーナとアンネローゼ、ローグも花を棺桶に置き祈りを捧げた。
「僕の番ですね。では、行ってきます」
「ええ、いってらっしゃい」
フィルの番になり、棺桶へと歩いて行く。花を備えた後、フィルはジッと遺影を見つめる。
(出来るなら、生きているあなたたちと会ってみたかった。一緒に話して、戦って、笑い合って……。もう叶わないなら、せめて……みんなが安らかに眠れることを願います)
心の中でそう呟き、フィルは手を合わせる。祈りを終え、ふとジャイナの遺影を見ると……心なしか、微笑んでいるように見えた。
こうして、厳かな雰囲気の中葬儀は続く。その一方で……ルナ・ソサエティは新たな動きを見せようとしていた。




