180話─激動の後の余韻
「はあ~、なんとか手が元通りになったわね。よかったね、フィルくん」
「ええ、一時はどうなることかと思いましたよ。いやまあ、まさかノータイムで首を落とされることになるとは思いませんでしたけど」
テルフェと戦った次の日の昼。基地があるテーブルマウンテンの頂上にて、フィルとアンネローゼが景色を眺めていた。
魔女との戦いで失われたフィルの左手は、元通りになっていた。基地に帰還した後、コリンに連絡を取りそこからリオに……という流れでコンタクトを取ったのだ。
が、事情を聞いてすっ飛んできたリオにフィルはあることを告げられた。
「もう魔神の血を飲んでるから、次に飲んだら濃度に関わらず眷属化する……そう言われた時は焦りましたよ、流石に」
「だからアゼルくんに来てもらった……のはいいけど、話聞いた直後にいきなりぶった切ってきたのはビックリよ。思わず叫びそうになったわよ、私」
いくらなんでも、魔神の眷属になるのは嫌だったフィルは他に方法はないかとリオに訪ねた。結果、一旦死んでアゼルに蘇生してもらえばいいという話になったのだ。
すぐにアゼルが呼ばれ、子細を聞いた直後フィルの首を叩き斬った。蘇生する際に左手を再生してもらったことで、やっと五体満足に戻れたのである。
「……考えてみたら、みんな滅茶苦茶ですよね。殺しても死ななかったり、死んでも生き返るとか……」
「やめましょ、考えるだけ虚無るわよ。それより! あのクソガキ倒した記念に、久しぶりにどこか出かけない? もう随分やれてないじゃない? デート」
「そうですね……テルフェを倒して脅威を退けられましたし、たまには骨休めも必要ですよね」
テルフェは死に、少なくともフィルたちが知覚出来る範囲では魔女の脅威は去った。次にソサエティが動くまで、休んでもバチは当たるまい。
そう考えて、久々にデートをしようかと話し合う二人。そこに、基地への出入り口からローグがやって来た。
「おう、ここにいやがったか。イゼルヴィアの連中と情報交換してきたぜ。あっちも、七栄冠を一人倒したってよ」
「そうですか……よかった、ジェディンたちも活躍してるみたいですね」
「まあ、犠牲者ゼロってわけにゃいかなかったみてぇだがな。十五人いた実働部隊の内、十人が戦死したとよ。やるせねぇもんだよなぁ」
ギアーズに仮称Xのことを伝えた後、ローグはまたイゼルヴィアに戻りレジスタンスたちの活動内容を聞いてきた。
その後またオルセナに戻り、こうしてフィルたちに双子大地の情報をもたらしたのだ。
「……そうですね。一度、イゼルヴィアに弔問に行くべきだと思います。名前も顔も知らない相手とはいえ、対ソサエティの志を同じくする仲間ですから」
「そうねぇ。考えてみたら、私たちレジスタンスのリーダーと顔合わせしてないわけだし。いい機会かも、弔問に行ってから……イゼルヴィアでデートしてみない?」
ペルローナとの戦いで殉職した魔女たちの魂を弔うため、イゼルヴィアへの再訪を決意する。そんな彼に同意しつつ、アンネローゼはそう口にした。
「まあ、いいんじゃねえの? メルナリッソスはイゼルヴィアのほぼ全域を支配するクソ広い街だからな。七栄冠の直轄領を避ければ、そうそう見つかることもないだろうし」
アンネローゼの提案を聞いていたローグは、原っぱに寝転がりながらそう答える。曰くメルナリッソスは四十八の地区に別れており、その全てがソサエティの管理下にあるわけではない。
レジスタンスの本部がある北東の果てのジャイドラン地区をはじめとして、ソサエティの管理が行き届かず自治を許されている地区がいくつかあるのだと、怪盗は語った。
「なるほど、そういう地区でなら僕たちも出歩ける……ってことですね?」
「ああ。だが、ジャイドラン地区以外はオススメしねぇぜ。直轄じゃないってだけでソサエティの魔女はいるし、手配所が出回ってるだろうからな」
「ふぅん。そのジャイドラン地区ってとこなら安全なわけ?」
「まあな。レジスタンスのお膝元なわけだし、ソサエティの魔女は一人もいねぇよ。アジト周辺は山ばっかりだが、普通に栄えてる繁華街もあるぜ?」
ローグのアドバイスも考慮し、フィルとアンネローゼはジャイドラン地区でデートをすることにした。下手なことをすれば、今度こそオルセナに戻れないかもしれない。
レジスタンスのアジトに弔問に行き、帰りにデートをしてからオルセナに戻る。二人で話し合った結果、フィルたちはそう決めた。
「じゃあ、明日になったらイゼルヴィアに行きましょ。イレーナたち、元気にしてるといいわね」
「そうですね。レジスタンスのリーダー……どんな人なんでしょう?」
広大なジャングルを見下ろしながら、二人は語り合う。一方、ルナ・ソサエティではベルティレムを除く四人の月輪七栄冠が集まり、緊急会議を行っていた。
「全員、忙しいところよく集まってくれました。早速本題に入りましょう。昨日、同志であるペルローナがレジスタンスに討たれたと報告がありました」
「知ってるよ、マーヤ。オルセナに行ったテルフェも、生命反応が消えたんだろ? チッ、少し双子大地の奴らを甘く見てたみてえだな……」
七栄冠の長、マーヤの言葉を受けてマルカが悔しそうに呟く。彼女の左隣に座っている、水色の髪をショートボブにした女性が相槌を打った。
「そうね。やはり、オルセナに偵察に出ているベルティレムを呼び戻すべきなのでは?」
「無理だろ、ヘカテー。あいつ、こっちの呼びかけに全然応えやがらねぇもん。しばらく戻るつもりはないってこったろうよ」
本来、ベルティレムがオルセナに向かったのはフィルたちの捜索のため。だが、彼女はソサエティを発つ前に七栄冠全員の記憶を塗り替えた。
結果、記憶が改変されて来訪者ことフィルたちの捜索と抹殺を依頼されたのはテルフェだったということになり、ベルティレムはただの偵察係ということになったのだ。
その目的は一つ、過激派の筆頭格であるテルフェをソサエティの目の届かないところで始末するためだ。
「なら、わたしが出向きましょうか? 来訪者とレジスタンス、どちらを相手にするにしても……」
「いや、ここはアタシに任せてもらえないかしら。ヘカテー、あなたはソサエティの切り札。それを易々と敵に見せるわけにはいかない」
ヘカテーと呼ばれた女性が敵対者の討伐に名乗りをあげようとした、その時。両隣を空席に挟まれた、鉄仮面を身に着けた人物がそう口にした。
「レジスタンスには、新たに開発した魔導騎装兵の軍団を差し向ければいい。そうでしょ、マーヤ」
「……確かに。かの軍団が実戦で使えるものなのか、そろそろ測るべきではあります」
「まあ、アタシとしちゃ別に問題はねぇよ。で? そうなると来訪者の方はあんたが相手することになるぜ? 『屍纏』の魔女アンブロシアさんよ」
アンブロシアと呼ばれた鉄仮面の人物は、マルカの言葉に頷く。問題はない、確実に敵を殺す。冷徹な意思を込めた目をしていた。
「わたしは異存なしよ。マルカは?」
「アタシも特に異論はねぇよ。本人がやれるってんなら任せるだけだ」
「気を付けなさい、アンブロシア。敵はテルフェを討ち取るほどの手練れ。そう簡単に勝てる相手ではありません……くれぐれも、油断はしないよう」
マーヤが締めくくり、七栄冠の会議は終わった。その後、アンブロシアは自身の部屋に戻る。洗面所に向かい、鏡の前に立つ。
後頭部に手を回し、仮面をとめているベルトを緩めて素顔をあらわにする。鏡を見つめるその顔は──アンネローゼと全く同じだった。
「……テルフェ、ペルローナ。あんたたちの仇は、アタシが討ってあげる。ついでに、アタシのオリジナルからオトコを奪ってやるわ。ふふ、うふふふふふ」
三つ編みにしている長い金色の髪を撫でながら、アンブロシアは不気味な笑い声を漏らす。カルゥ=オルセナとイゼルヴィア。
双子大地の命運を賭けた戦いは、次なるステージに突入しようとしていた。




