175話─アンネローゼの魔女退治!
「さっさと出てきなさい腐れ【ピー】魔女! さもないとアンタの作った要塞をぶっ壊すわよ!」
フィルがおっかけ回されていることなどつゆ知らず、アンネローゼは要塞の外観を破壊して回りながら大声で叫ぶ。
最後の『隠し球』の到着までの時間稼ぎを兼ねた行動を繰り返す彼女の前に、テルフェの分身たちがやっと現れた。
「あ、やっと来……って、なんてカッコしてんのよアンタは!?」
「うるさーい! テルフェちゃんの安眠を邪魔するお前が悪いんだ! この妖怪尻叩きババア!」
「ババア!」
「ババアー!」
「クソババアー!」
「ババババーバーバーバーバッババアー!」
本体と同じく、うっすいネグリジェ一枚の姿ですっ飛んできた五体の分身は、歌いながらアンネローゼを包囲する。
勿論、ただ挑発しているわけではない。相手を怒らせて冷静な思考が出来ないようにし、数の暴力でタコ殴りにする算段だった。
(この前はやられたけど、今度は負けないもんね! 五人いれば流石に負け──!?)
その作戦は、相手がアンネローゼでさえなければ抜群の効果を発揮していただろう。だが……今回ばかりは相手が悪すぎた。
「……ふ、ふふふ。ふふふふふふふ。こちとらまだ十七だっつーのに、ババア呼ばわり……ねぇ。──ブチコロがすぞこのクソガキが」
「ひいっ!?」
元から怒り心頭だったのに、そこに油を注げば大炎上するのは当然のこと。あまりにも凄まじい怒りの形相をするアンネローゼの姿は、フィルに見せられない。
魔法の発動体勢に入っていたテルフェの分身たちは、あまりの恐ろしさにフリーズしてしまう。彼女たちを見ながら、アンネローゼは叫ぶ。
「レジェ! もういいわよ、一人だけ残して後は潰しちゃいなさい!」
「あ~い! ラグジュラリエンド・ボム!」
その直後、この場にいるはずのない人物──レジェによる奇襲が行われる。アンネローゼの正面にいる一人を除き、残る四人の頭上にポータルが開く。
そこから、カッティングされたダイヤモンドの形をした爆弾が降ってきた。その大きさ、実にバレーボールより二回りは大きい。
「は? え? ふぎゃ!」
「逃げ……うばっ!」
「ぎゃひぃ!」
「あばっ!」
予想外の攻撃に対応出来ず、分身たちは何の活躍もすることなく爆殺されてしまった。残された一体が唖然としていると、アンネローゼの隣にポータルが開く。
そこから、ラグジュアリ・ミッドナイトアーマーに身を包んだレジェがひょっこり飛び出してきた。
「チャオ~、呼ばれて飛び出てレジェちゃ~ん! みたいな?」
「ありがと、レジェ。カンパニーの敗戦処理終わらせて戻ってきたとこに、すぐ呼んじゃって悪いわね」
「ぜーんぜんへーき! フィルちんの頼みならすぐ来ちゃうよ!」
クルヴァと会った日の翌日から、レジェは暗域に戻っていた。クラヴリンの要請で、敗戦処理の手伝いに行っていたのだ。
フィルが発明品を取りに戻った時、たまたま彼女が戻ってきていた。そこで、一部始終を話し作戦に協力してもらったのである。
「んななな、なにそいつ!? まだ仲間がいるわけ!?」
「わ、なにこいつ~。なんちゅーカッコしてんの、マジでウケる~」
テルフェからすれば、予想外にも程がある出来事の連続でもう頭がついていかない。そんな彼女の格好を見て、レジェはゲラゲラ笑う。
「フィルくんから聞いてるわね? あのクソガキに格の違いを理解らせ」
『あああああアンネ様! た、たす、助けてください!』
二対一によるリンチを始めようとした瞬間、アンネローゼが持っている魔法石にフィルから通信が入る。切羽詰まった声に、アンネローゼは目を見開く。
「レジェ、作戦変更。フィルくんを助けに行ってくる、ここは任せた!」
「あ~い、いったっしゃーい」
「ハッ! ま、待ちなよ! このテルフェちゃんを無視ぶぅ!」
「っさいわね、轢き潰されないだけありがたく思いなさい!」
フィルの危機とあらば、アンネローゼにとって最優先すべきはそちらである。急加速し、テルフェの分身をタックルで吹き飛ばしつつ要塞に突撃した。
壁をブチ抜き、ダイナミックにお邪魔していく。後を追おうとする分身だが、そうはレジェがしない、させない、許さない。
「ま、待て」
「ほい、ラグジュラリアット・ボンバー!」
「は? へぎゃっ!」
アンネローゼを追おうとする相手の背後から、レジェは容赦なく鬼デコ斧ちゃーによる一撃を叩き込む。無慈悲な一撃により、分身は壁のシミになった。
「ふいー、後はこの可愛くない要塞をぶっ壊せばおっけー、みたいな? さー、アンネちんのためにも頑張るぞー」
斧を構え、ブースターを噴かせるレジェ。要塞を完全に破壊すべく、得物を振るう。一方、フィルはというと……。
「はあー、はあー……! まずい、もう逃げ場が……」
「ふっふーん、やっと追い詰め……ってあー!? ど、奴隷たちがいない!」
痴女から逃げ回っていた結果、地下牢に追い込まれてしまっていた。が、ここに来てやっとテルフェは奴隷がいないことに気付く。
「あ、まさか! お前が逃がしたんだな!?」
「ふっ、その通り。あなたが今朝拉致したのは、変身していた僕なんですよ! まんまと敵を自分の要塞に引き入れ」
「うるさい、これでも食らえ! プレッサーウォレイ!」
「っと、危ない!」
ようやくお遊びモードから本気モードになったテルフェは、即座に圧殺魔法を放つ。狭い牢屋の中ではかわせない……。
と思われたが、フィルはウォーカーの力を使って門を作り出し、その中に逃れる。そして、また牢屋の中に現れては攻撃を避け……を繰り返す。
「ぜえっ、ぜえっ……。その力、あんたウォーカーの一族……? そっか、オルセナは根絶されてないのか」
「されましたよ、今のところ僕が旧一族最後の……『まともな』生き残りです」
「ふーん、まあいいや。今度こそぶっころお゛っ゛!?」
フィルの正体に気付き、早急に消さねばと身構えるテルフェ。が、その刹那。潰されたカエルのような声を漏らし、白目を剥いてしまう。
よく見ると、剥き出しの股間に蹴りが叩き込まれていた。勿論、情け容赦のない攻撃を加えたのは……助けに来たアンネローゼだった。
「ず、随分エグい攻撃しますね……アンネ様……」
「当然でしょ? 私のフィルくんに手ぇ出そうとしたクソ【掲載禁止ワード】はこの世に生まれたことを心の底から後悔させなきゃ。ね?」
「あ、はい……ソウデスネ」
悪鬼羅刹も裸足で逃げ出すようなおぞましい笑みを浮かべ、アンネローゼは倒れたテルフェを睨む。そんな彼女を見て、フィルは無意識に内股になり、手で己の股間を守っていた。
思わず漏らしそうになるも、フィルは精神力で耐えた。全身冷や汗ダラダラだったが、すぐに正気に戻る。テルフェが目を覚ましたからだ。
「ぐうう、もう許さない! こうなったら、二人纏めてぶっ殺してやる! ウィッチクラフト……インビジブル・ティアーズ!」
「来る! アンネ様、こっちに!」
「ええ! てやっ!」
相手の攻撃が来る。絶対に当たってはならないと本能で察知したフィルは、自身の背後に門を作り出す。アンネローゼを呼び、共に中に飛び込んで要塞の外に脱出する。
「ピピピピ! 異常反応ヲ検知! 魔力が膨レ上ガッテイマス!」
「! 敵の攻撃か……それにこの門……十九号、撤退するぞ!」
「カシコマリ!」
地下に潜り、罠の制御装置を破壊していたオボロとつよいこころ十九号の元にも門が現れる。異変を察知し、一人と一機も外に逃げた。
「あわわ……な、なにこれ!? よーさいが勝手に崩れていくんですケド!?」
外にいたレジェは、慌てて離脱したため要塞の崩壊に巻き込まれずに済んだ。フィルたちがやって来た直後、レンガ造りの要塞はぺしゃんこになってしまった。
「あ、危なかったわね……あとちょっと逃げるのが遅れたら、みんな潰され」
「まだ終わってねー! 全員ここで殺す! テルフェちゃんに二度も屈辱を味わわせやがって! 絶対に許さなーい!」
無事逃げられたことを安堵するアンネローゼだが、まだ戦いは終わっていない。今度はキッチリドレスを身に着けたテルフェが、瓦礫の中から飛び出してきたのだ。
「もう怒った……全部滅茶苦茶にしてやる! 行け、魔魂転写体! この一帯を全部潰しちゃえ!」
「! まずい、分身たちが町の方に! フィル殿、それがしたちは分身を止めに行く!」
「分かりました、ここは僕とアンネ様に任せてください! オボロとレジェは分身たちの相手をお願いします!」
「おっけー、任せて!」
この世の全てに八つ当たりせんと、テルフェは分身をニフェの町に差し向ける。それを止めるべく、オボロとレジェは離脱した。
「さて、クソガキ退治のクライマックスよ。三度目の屈辱は死よ、覚悟しなさい!」
「これ以上の横暴はもう許しません! ここで倒します!」
テルフェを討ち滅ぼすべく、フィルたちは相手に突撃していった。




