18話─地を這うモノを追え!
「侵入者を見つけ出せ! 神聖なるわしらの基地を土足で踏み荒らしたことを後悔させるんじゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「イエスサー!」
「ぎゃー! 虫の大群をこっちに飛ばさないでぇぇぇぇぇ!!!!」
真夜中のシュヴァルカイザー基地。侵入者たる王の目を見つけ出すべく、ボルスとオットーを除く全員で大捜索が行われていた。
虫嫌いなアンネローゼは、ギアーズ率いるつよいこころ軍団と鉢合わせするのを避けるため基地の南エリアへと足を運ぶ。
「はー、はー……! し、死ぬかと思ったわ。キカイとは言っても、やっぱり虫はダメね……ぞわぞわする」
つい先ほど、つよいこころ軍団と出会した時のことを思い出しつつアンネローゼは廊下を進む。すでに基地全体に厳戒態勢が敷かれ、警報が鳴り響いている。
「さーて、どこに逃げたのかしらねー。さっさと見つけ出してひねり潰……むっ、殺気!」
『また会ったな、小娘。物のついでだ、ここで死んでいけ! やれ、キックホッパー!』
『ほいほいほーい。溶解液はっしゃー! ぽちっとなー!』
廊下を走っていたその時、アンネローゼは殺気を捉える。直後、視界の端を『ナニカ』が横断し……同時に、ブレイズソウルとキックホッパーの声が響く。
咄嗟に後ろに飛び退いた直後、アンネローゼが立っていた場所に溶解液が噴射される。ドロドロに床が溶け、穴が広がる中戦乙女は槍を構えた。
「その声……クソッタレの【ピー】野郎、どうやって基地に入ってきやがったの!?」
『うわ、口わっる! ねえテンプテーション、あいつホントにれーじょーなの?』
『そのはずよ。一応、きっと、メイビー』
「失礼ね! 私はどこに出しても恥ずかしくない立派な侯爵令嬢よ!」
どこからともなく聞こえてくるブレイズソウルの声に、アンネローゼは敵意剥き出しで罵声を浴びせる。あまりの口汚さに、キックホッパーとテンプテーションは辟易した。
「どこにいるの? 姿を見せなさい!」
『フン、いいだろう。姿は見せてやる。だが、お前に見えるかな!』
「! はやっ……! なんかちっちゃいのがぶっ飛んでる!?」
アンネローゼが叫ぶと、廊下の端から王の目が飛び出し反対側に走り去る。ついでに溶解液を噴射するも、普通に避けられた。
ゴキブリ並みのスピードで壁を這い登り、今度はアンネローゼの背後に回り込む。今度は、死角から不意打ちをかますつもりなのだ。
『死ねぃ!』
「見切った、そこ!」
『なっ、避けただと!? バカな、完璧に気配を消し去ったはず!』
「甘いわね、こちとらこの数時間地獄の特訓やってんのよ。多少はレベルアップしてるってわけよ、分かった!?」
相手が反応出来ないだろうタイミングを測り、溶解液を放つ。が、またしても紙一重で避けられてしまった。
驚くブレイズソウルに、中指を立てながらアンネローゼが答える。晩ご飯を食べてから夜中の二時になるまで、アンネローゼは特訓をしていた。
フィルに指導され、体力作りのための基礎訓練、武器の扱いを磨くための槍術の稽古。そして、相手の気配を捉えるための感覚強化の修行。
『愚かな。たった数時間で得た付け焼き刃で何が出来る!』
「出来るわ、あんたをブチのめすことがね! 溶解液ばっかり噴射してないで、直接かかってきなさいよウルトラチキンハート野郎がー!」
『ブレイズソウル、乗せられてはダメよ。あんな安易な挑発に』
『はー? 誰がチキンハートだっつーんだよオラー! わっちもう頭きたぞー!』
『アンタが乗せられてどうすんの!』
が、修行をして多少強くなったとはいえそう簡単に勝てるほど世の中甘くはない。どうにかして敵本体を捉えねば、反撃は出来ないのだ。
そこで、アンネローゼは挑発を行う。両手の中指を立て、お嬢様がしちゃいけないタイプのゲス顔をしつつ叫びをあげる。
テンプテーションことメルクレアがブレイズソウルへ挑発に乗るなと釘を刺すも、キックホッパーが代わりに乗ってしまった。
「出てきた……ってぎゃー! キモい目玉が来たぁぁぁぁ!!!!」
『オラオラオラー!! 見たかったんでしょーがよーわっちらの姿をー! 好きなだけ眺めてけこらー!』
「いやぁぁぁぁぁぁ!! カサカサしてるぅぅぅぅぅぅ!! こっち来ないでぇぇぇぇ!!」
そうして姿を見せた王の目。ついに対面を果たしたアンネローゼは、相手のビジュアルにゴキブリの面影を見た。
虫嫌いである彼女にとって、それは実に耐え難い拷問そのものであった。猛烈な勢いで脚をカサカサさせつつ、キックホッパー操る王の目は走る。
『へいへいへいへいへーい! さっきまでの威勢のよさはどこにいったんだろーかにー!? さっさとかかってこいやこのチキンハートォ!』
「来ないでっつってんでしょうが殺すぞこのクソ目玉ゴキブリィィィィィ!!」
『貴様、社長より賜った目をゴキブリ呼ばわりするか! 断じて許さんぞ!』
『……なに、この状況』
先ほどとは一転、今度はアンネローゼが逃げる立場になってしまった。これまたお嬢様がしちゃいけない表情を浮かべ、鼻水を垂らしながら全力疾走する。
王の目をゴキブリ呼ばわりされ、ブレイズソウルもキレる中……ただ一人、テンプテーションだけが冷静さを保っていた。
「こうなったらあのカブトムシでもいいわ、とりあえず誰かとごうりゅ」
『セキュリティレベル上昇。セキュリティシステムレベル2、ラビリンスプログラム発動』
「ノォォォォォ!!! ろ、廊下が塞がれたぁぁぁぁぁぁ!!!」
相手から逃げるため、必死こいて廊下を爆走するアンネローゼ。だが、無慈悲にも基地のセキュリティまでもが彼女に牙を剥く。
一定時間が経過し、セキュリティレベルが引き上げられたのだ。結果、廊下が隔壁で遮断されて行き止まりになってしまう。
『ふっふっふっ、追い詰めたじょー。さあ、今度は直接この脚でズタズタにしてやるー!』
「ふ、ふふ……ふふふ……」
『何がおかしい? 恐怖で気でも狂ったか?』
「もう、いいや……ちょこまかちょこまか動き回るっていうなら……」
『ねぇ、何だか様子がおかしくない? 一旦退いた方が』
「全方位纏めて! 薙ぎ払※□●♤◐※§#!!!」
ストレスが限界突破したアンネローゼは、行き止まりで動きを止めゆらりと振り返る。もはや人の言葉を話すことすら放棄し、ヤバいタイプの笑みを浮かべた。
直後、バルキリースーツの各部が開き、そこから真空の刃が全方位に放たれる。スーツに搭載された武装の一つ、エアーリッパーを使ったのだ。
『ちょ、これヤバくね!? こんな量の攻撃避けきれないって!』
『そんなこと言ってる場合じゃないわ! 早く逃げないと王の目をスクラップにされるわよ!』
「ちにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
凄まじい数の真空の刃を前に、即座に逃げようとする王の目。が、その時。隔壁が降りてきて廊下を塞いでしまう。
これでもう、退路は完全に断たれた。溶解液を噴射して穴を開け、そこから逃げようにも波状攻撃が飛んでくるためまず間に合わない。
『ねぇ、これさ。わっちらもう詰んでね?』
『……そうなるな』
『ああ、王の目喪失なんてとんでもない失態よ……。社長に知られたら首飛ぶわよ、私たちぜんい』
「ぶるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
もうどうやっても助からないことを察し、ブレイズソウルたちは逆に穏やかな心境になった。最後までセリフを言わせてもらうことすら出来ず、風の刃に切り裂かれスクラップにされた。
「こっちから声が……! アンネ様、大丈夫ですか……って、何ですこの大惨事!?」
「フィルく……うあああああフィルくぅぅぅぅうん!!!!」
「ちょ、落ち着いてくださ……ああああ、鼻水! 鼻水がスーツに!」
それから数分後、騒ぎに気付いたフィルが隔壁を解除しつつやって来た。愛しの少年の姿を見て安心したアンネローゼは、彼の胸に飛び込む。
一方のフィルとしては、あちこち裂傷まみれになった床や壁の詳細について聞きたかったがそれどころではない。
涙と鼻水でぐっちゃぐちゃになったアンネローゼをあやしつつ、ギアーズに応援要請を飛ばすことしか出来なかった。
「びぇぇぇぇぇぇぇ!! おっふごぷぇぇぇ!!」
「ああっ、アンネ様しっかり! 一旦落ち着きましょう、鼻をかんで深呼吸しましょうね!」
あまりにも号泣し過ぎて吐きそうになっているアンネローゼを介護するフィル。そんな彼らから少し離れた場所に、かつて王の目だったモノが転がっていた。