174話─新たなる『復讐』
「……驚くほど静かだ。我々以外の気配が、全く感じ取れない」
「変ね……もう二時間は進んでるのに。何も現れないどころか、どこにもたどり着けないなんて絶対におかしいわ」
施設に突入してから、二時間が経過した。シゼルたちは未だ、ジャングルをさまよい歩いている。自分たちはどこにも到達出来ないのではないか、という不安が一行を襲う。
「でも、ただ進むだけなのが幸いですね。これが、獣や警備隊と戦いながらでは体力の消耗がバカになりませんよ」
「そうね……! 待って、あそこに倒れてるのは!」
魔法で呼び出したナタを振るい、視界を遮る背の高い草や枝を払いながらそう言うサラ。それに答える中、シゼルはあるものを見つけた。
ジャングルの中に、不自然に開けた広場があった。周囲の木々が倒壊し、獣や警備隊員たちの死体が折り重なるように倒れている。
「どうやら、ここで戦闘があったようだな。……魔女たちの死体もある、ここで全滅したのか」
「そ、そんな……クソッ、こんなのってないだろ……」
「ここで待っていろ、俺が確認してくる。まだ辛うじて生きている者がいるかもしれない、敵味方を問わずに。イレーナ、もしもの時に備えておけ」
「……っす」
仲間たちの死。それを突きつけられ、ジュディの目に涙が浮かぶ。ジャイナの断末魔の叫びが脳裏をよぎり、彼女は嗚咽を漏らす。
そんな彼女をサラに任せ、ジェディンは広場の方に向かう。ある程度まで近付いてからは動きを止め、鎖を使って遺体を調べる。
「獣や警備隊の連中はみんな死んでいるな……。魔女たちの方はどうだ……?」
そう呟きながら、ジェディンは魔女たちの遺体を鎖で運び出す。幸いにも、五人のうち一人は辛うじて息があった。
とはいえ、これまで生きていたことが奇跡と言っていい、本当に虫の息の状態。治療を施しても、意味はないだろう。
「オリビア! 一体何があったの!?」
「たい、ちょう……申し訳、ありません。北東のルートから侵入したはいいものの……警備隊との戦闘中に、肉食獣に襲われ……敵味方双方、蹂躙……う、がふっ!」
シゼルの腕の中で、オリビアと呼ばれた魔女は最後の力を振り絞り報告を行う。震える手を伸ばし、あるものを差し出した。
「これは……ハエの死骸?」
「どう、やら……こいつが、我々の動きを獣たちに伝えているようです……。気を、付けてください……こいつらは、どこにでもいます」
「……ありがとう。あなたが命を懸けて伝えてくれた情報……ムダにはしない」
「よか、た……さいごに、おやくに……たて、て……」
シゼルに情報をもたらすことが出来たことを喜びながら、オリビアは息絶えた。心からの、安堵の笑みを浮かべながら。
彼女の顔に、シゼルのこぼした涙が落ちる。サラもジュディも、イレーナも。彼女の死を悼み、黙祷を捧げている。
「ペルローナ……許さない! よくも私の仲間を!」
「グスッ、そうですよ隊長! ジャイナやオリビアたちの仇、絶対に討ってやりましょう!」
仲間の遺体を抱え、シゼルは叫ぶ。涙を拭ったジュディの言葉に、全員が頷く。とはいえ、今の彼らに出来ることは少ない。
監視用のハエがどこから自分たちを見ているか分からない以上、どんな作戦をたてても全て筒抜けになってしまうのだから。
「一つ考えがある。ここは俺に任せてくれないか? 復讐者の名を冠する者として、何もしないわけにはいかん」
「考え……とは?」
「口では言えん、ハエどもに察知されるからな。だから、口頭ではなく念話で伝える」
敵の傍受を防ぐため、念話を使い作戦を伝えるジェディン。内容を把握した四人は、ニヤリと笑う。
(なるほど、それなら確実にペルローナを仕留められるっすね)
(頼みます、ジェディン様。みんなの仇を、どうか!)
(あたしたちも全力でフォローする! みんなで勝つんだ、絶対に!)
(ええ、弔いのためにも私たちは負けられないわ。まずは夜を待ってから……作戦を決行するわよ! みんな!)
ジャングルのどこかに囚われている奴隷たちを救うため、そして……命を落とした仲間たちの無念を晴らすために。
シゼルたちによる、復讐が始まる。
◇─────────────────────◇
時は進み、夜──カルゥ=オルセナ。フィルが人質たちの救助を終えた直後、テルフェへの逆襲が一斉に始まった。
『ピピピピピ、罠ノ制御装置発見! コレヨリメルトスマッシャーヲ起動サセマス!』
「ええ、やっちゃってください十九号! すぐにオボロが装置を破壊しに行きます、それまで機能を弱めてください!」
『カシコマリー!』
まず、つよいこころ十九号がフィルより託されたメルトスマッシャーを罠の制御装置に取り付ける。一旦要塞から出て再侵入する必要があったが、ここは問題なくクリアした。
「メルトスマッシャー、スイッチオン!」
『やりましたね、これで装置が溶けて効果時間中は機能停止します。アンネ様、今です!』
『はいはーい、待ちくたびれたわよ! さ、あのクソガキを抹殺してやるわ!』
装置に取り付けられたメルトスマッシャーが起動して、ドロドロに溶かしてしまう。効果時間はさほど長くはなく、時間切れになれば装置は復活してしまう。
そのため、フィルはオボロを送り込んで装置を破壊してもらう。その間に自分とアンネローゼが要塞の内外で暴れ、テルフェの気を引く。
何重にも張りめぐらされたテルフェ撃滅作戦が、ついに完全に始動した。フィルとオボロが動く中、連絡を受けたアンネローゼも仕事を始める。
「オラオラオラオラオラオラァ!! こんなレンガの要塞なんて、私の攻撃でぶっ壊してやるわ!」
これまでの鬱憤を晴らさんと、アンネローゼは容赦なく要塞の外壁に攻撃を叩き込む。槍に抉られ、穿たれ、貫かれ……。
テルフェの魔法によって築かれた要塞が、瞬く間に壊れていく。当然、その動きを察知したテルフェだが……彼女は寝起きだった。
「ふごっ!? 何事、何事!? テルフェちゃんのマイスイートハウスを襲うなんて……あの妖怪尻叩きババアか!」
要塞の最上階にある、ファンシーな家具や小物で彩られた自室で寝ていたテルフェは飛び起きる。常に分身を出していると魔力の消耗がバカにならないため、今は本体だけだ。
「あんのやろー、今度はミンチにしてやるー! 出でよ、魔魂転写体! あの妖怪をぶっ殺せー!」
魔力の波長から、襲撃者の正体を看破するテルフェ。スケスケのネグリジェから着替える間も惜しいと、分身を五体呼び出して差し向ける。
その一方で、要塞の内部に現れたもう一つの気配にも気付く。わざと気配を丸出しにしているとも知らずに、フィルの元に向かうテルフェ。
「むっ、もう一人いる! あの妖怪ババアの仲間か、テルフェちゃんに夜這いしようなんて百年早いっての!」
そう叫びつつ、ふわりと宙に浮き上がり部屋を出るテルフェ。いざとなれば、人質を盾にすれば勝てるだろう……そう考え、邪悪な笑みを浮かべる。
が、彼女はまだ知らない。人質たちは、とっくのとうにフィルが助け出していたことを。気配をたどり、テルフェは一階にある中央ホールに向かう。
「む、来ますね……気配は一つ、分身か本体か……。どちらにせよ、迎え撃つのみ!」
シュヴァルカイザースーツに身を包んだフィルは、近付いてくる敵を不動の姿勢で待つ。やがて、大扉をブチ開けてテルフェが現れるが……。
「!!?!!??!?!! な、ななななな、なんて格好してるんですかあなた! 非常識です、ハレンチ過ぎですよ!」
「あれ? なんだ、ただのガキじゃん。あ、顔赤くしてる。ふふーん、テルフェちゃんのないすばでーに魅了されちゃったー? ほーれほーれ」
敵の姿を見た瞬間、フィルは顔を真っ赤にして飛び退る。なにしろ、相手はネグリジェ一枚だけ……パンツすら穿いてないのだ。
どうやら、アンネローゼのお仕置きで完全にソッチ方向に目覚めてしまったらしい。テルフェは恥ずかしがるどころか、敵であることを忘れフィルをからかう始末。
「ほれほれ、どうしたー? テルフェちゃんと戦うんじゃないのー? なんでこっち見ないのかなー?」
「ふ、服を着てくださーい! そ、そんな格好の相手と戦えるわけないじゃないですかー!」
まさか敵が露出狂だとは思わず、フィルはキャーキャー悲鳴をあげて逃げ回る。そんな彼を、テルフェは楽しげに追い回す。
早くアンネローゼと合流したい……心底そう思いながら、フィルは要塞中逃げ回る羽目になるのだった。




