173話─仮称Xの暗躍
当初の予定通り、三つの部隊はそれぞれのルートから奴隷養成施設に突入する。案の定、施設内にも警備隊はいた。
それ自体は想定の範囲内だが、シゼルたちは別のことに驚いていた。施設の中は……広大なジャングルになっていたのだ。
「な、なんすかこれ!? なんでこんな森が……」
「テルフェが事前に仕掛けた罠……? いえ、そんなのはありえない。工作班からの報告では、こんなジャングルなんてなかったとあるわ」
イレーナとシゼルは、雄大な大自然を前に動揺を隠せない。サラとジュディも唖然としている中、ただ一人ジェディンだけが冷静だった。
(……このジャングル、魔法によって作り出されたものだな。メイに見せてもらった資料から推測するに……この規模の魔法を使えるのは、七栄冠以外にはあり得ないな)
そう思案しながら、ジェディンは近くにある木へと歩いていく。枝や葉に触れた後、ちぎり折って観察を行う。
本物そっくりに作られてはいるが、僅かに漂う魔力からジャングルが偽物であることを看破するジェディン。
「シゼル、嫌な予感がする。固まって行動しよう、ここは危険す」
『た、隊長! 大変です、緊急事態です!』
ジェディンが声をかけた直後、シゼルが持つ通信用の魔法石に別の部隊から連絡が入る。連絡してきたのは、南のルートから侵入した部隊のリーダーだ。
「ジャイナ、どうしたの? 一体何があったの!?」
『動物です、大型の肉食獣の群れが! 警備隊もろとも私たちを攻撃してきて、みんな散り散りに──う、うわああああ!?』
『ゴルルァァァァ!!!』
切迫した声で報告が行われた直後、獣の雄叫びが響く。ジャイナの悲鳴がこだまするも、すぐにそれは途絶えた。
獣に襲われ、命を落とした。直接見ずとも、全員がそれを悟っていた。シゼルたちは、同志の死を悼み黙祷を捧げる。
「……やられたわ。こっちの情報伝達を上回る速度で、敵が動いていたのよ」
「ど、どういうことっすか……?」
「このジャングルを作り出し、獣を使役している相手に心当たりがある。月輪七栄冠の一角、『獣奏』の魔女ペルローナよ」
「! ま、まさか! かの魔女は、現在別の大地に親善大使として出向しているはずでは!?」
シゼルの言葉に、サラが驚き反論する。彼女の言葉に、シゼルは頷くが……彼女自身、何故ペルローナがこの施設にいるのか理解出来ていない。
「ええ、それはソサエティの公式発表と工作班からの報告で確認済み。ペルローナは現七栄冠の中で、唯一魔魂転写の魔法が使えない……だから、ここにいるのはおかしいのよ」
「……ということは、だ。以前聞いた『仮称X』が暗躍しているとみて間違いない。恐らく、そいつがペルローナとやらの分身を作り、親善大使として送り出し……」
「すっかり油断しているところに、本物が変装なりなんなりしてこの施設に入り込み、罠を張ったと。……レジスタンスを返り討ちにするために」
ジェディンは推測だが、と前置きした上で自身の考えを話す。以前メイナードから聞かされた、ソサエティ内部で暗躍する謎の存在。
仮称Xが関わっているならば、説明は出来る。シゼルは頷き、仲間たちに指示を出す。
「この謎に関しては、一旦棚上げするわ。当初の目的を少し変更する。奴隷たちを解放し、施設の制圧のため……そして、仲間の仇を討つために。ペルローナを倒すわよ!」
「はい!」
「やってやりましょ、隊長! ジャイナの……いや、もう他にも出てるだろう犠牲者たちの仇を取ってやりましょ!」
「うっし、アタイも頑張るっすよ!」
仲間の仇討ちに燃える一行。そんな彼らを、ペルローナの眷属たる数匹のハエが監視していた。ハエの目を通して、全て筒抜けなのだ。
「……ふふ。全部バレてるとも知らずに。ロッキー、他の子たちに伝達よ」
「ウキャ?」
「あの部隊だけはここに通してあげなさい。その代わり、部屋に入った瞬間殲滅出来るよう迎え撃つ準備をするわ」
「キャーッキャッ! キーキー?」
「……あの男を始末しなくていいのかって? いいわ、私が『激情の君』と組んでることを看破されたところで問題ないもの。死人に口無し、って言うしね」
「キィ? キーキキキ!」
ペット兼参謀のサル、ロッキーに指示を下すペルローナ。ジェディンの推測通り、彼女は仮称X……ベルティレムの魔魂転写体の一人と手を組んでいた。
彼女の協力によって作り出した分身を親善大使として送り出し、自身はあらかじめ配下のハエがもたらした情報の通り奴隷養成施設に潜り込んだ。
カルゥ=オルセナに渡ったテルフェの名代として、施設警備の指揮を執るという名目の元に。その情報を工作班は掴んでいたものの、激情の君による記憶操作で忘れさせられてしまったのだ。
「……楽しみね。意気揚々と乗り込んできたレジスタンスたちが、どんな顔をするか今から楽しみ。私自らの手で、はらわたを引きずり出してやる。ソサエティに逆らうのがどれだけ愚かなことか、死をもって分からせてあげるわ」
サディスティックな笑みを浮かべながら、ペルローナは肩に飛び乗ってきたロッキーの頭を撫でる。しかし、彼女はまだ知らなかった。
自身もまた、激情の君……ベルティレムの手のひらの上で踊らされていることを。テルフェの次に消すターゲットとして、すでに命が風前の灯火にあることを。
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「起きろ、起きるのだ本体よ。いつまで寝ている、さっさと起きないか!」
「ん……おや、もう来ていたのかい激情の君。その様子だと、計画は順調そうだね」
その頃、かつてアルバラーズ家の里があった場所でベルティレムが昼寝をしていた。地面に直に寝っ転がり、グースカしていると怒鳴り声が響く。
以前フィルたちの前に現れた、憂いの君と同じ格好をした人物が姿を見せたのだ。同じ格好とは言っても、仮面の色が青から赤に変わっているが。
「ああ、無事例の施設にペルローナが居座るように仕向けた。時限式の魔法を奴の脳に仕掛けてあるから、レジスタンスどもが討ち漏らすこともない」
「流石は我が分身。憂いともども、よく仕事をしてくれる」
「褒めるな、気色悪い。……まあいい、こんなところで何をしているんだお前は」
「なぁに、オリジナルの一族がどういう生活をしていたのか、ちょっと気になってね。見に来てみたんだけど……まあ、ものの見事に何も残ってなかったよ」
かつてアルバラーズ家が暮らしていた里は、リオたちの手によって完全に破壊され更地になっている。あと数年もすれば立派な森になり、かつて里があったことすら忘れ去られるだろう。
「……たまに思うんだよ。私たちが基底時間軸世界に生を受けていれば、ミシェルは……幸せに生きられたんじゃないかとね」
「ハッ、今更そんなこと言っても無意味だって分かってるだろ? 過去には戻れないんだ、私たちは前に進まなきゃいけない……そうだろ?」
「それはそうだけど……いや、やめよう。自分同士で慰め合うのは最高にダサい」
「それも今更言うんじゃねー! こっちの存在意義全ひて……あっコラ、いきなり吸収するなー!」
文句を口にする激情の君を、ベルティレムは無理矢理吸収して黙らせる。大きくあくびをした後、また目を閉じて眠りに着く。
せめて夢の中だけでも、ミシェルに会うために。千年前、ルナ・ソサエティに殺された弟への愛を呟きながら、彼女は寝息を立てる。
「……ミシェル。ごめんよ……お姉ちゃんが、しっかりしていれば……」
寝言を漏らす彼女の目尻から、一筋の涙が落ちていった。




