172話─施設への襲撃
「そりゃっ、そりゃっ! もー、トロッコが揺れるせいで狙いにくいっす!」
「キシャアアアアア!!」
地下トンネルにて、イレーナは追跡してくる大蛇に弾丸を浴びせていた。が、トロッコがガタガタ揺れるのと、大蛇の機敏さで弾が当たらない。
前方からはコウモリの大群が飛んできており、シゼルが対処に当たっている。とてもではないが、イレーナの援護をする余裕はないだろう。
「マジックアロー!」
「キュイイイ!」
「ふぅ、まさかこんなにモンスターが巣食ってるなんて……面倒ね、本当にもう!」
ソサエティの魔女への対策を優先するあまり、野生のモンスターを近付かせないようにすることを忘れていたようだ。
後で工作班を叱ろう……とシゼルが内心思う中、イレーナが大蛇を仕留めようとしていた。
「もーあったまきたっす! こーなりゃこいつで仕留めてやるっすよ! 心眼一閃撃ち!」
「ピギャシャアアァァ!!?!?」
イレーナは息を整え、目を閉じる。一瞬間を置いてから、目を見開き一発の弾丸を放つ。弾は真っ直ぐ突き進み、大蛇の額を貫いた。
決して外すことのない、必中の魔弾。末期の叫びをあげ、大蛇の身体が崩れ落ち動かなくなる。ようやく、追跡者を仕留められた。
「ふいー、やっとくたばりやがったっす。カンパニーのエージェントと違って、一発ブチ込めば素直に死んでくれるのがありがたいっすね!」
「……凄いわね、あの大蛇を一撃で仕留めるなんて。私たちなら、魔法の矢を数十発は撃ち込まないと殺せないと思うわ」
時を同じくして、シゼルの方もコウモリの群れを殲滅し終えていた。しかも、死体を踏んでトロッコが脱線しないよう、丁寧に脇へコウモリたちを落としていた。
「にへへ、それほどでもー」
「……そろそろ、奴隷養成施設に着くわ。このままトロッコごと飛び出して、一気に突っ込むわよ! イレーナ、掴まってて!」
「はいっさー!」
前方が開け、光が差し込んでくる。シゼルたちはトロッコのフチを掴み、魔法で足を吸着させて衝撃に備える。
その十数秒後、ジャンプ台のように斜め前に向いたレールからトロッコが飛び出す。広い地下空洞の中央にそびえる、奴隷養成施設に向けて。
「飛べええええええ!!」
「うっひゃー、まるで姐御が話してくれた『ジェットコースター』みたいっすぅぅぅぅ!!」
地下空洞の壁にある穴から、シゼルたちを乗せたトロッコが飛び出す。よく見ると、あちこちの壁から同じようにトロッコが飛び出してきている。
ジェディンたちを含めた全てのチームが、無事に施設まで到達出来たようだ。レジスタンスの奇襲に、見回りをしていた警備兵たちは大慌てだ。
「な、なんだこいつらは!? まさか、レジスタンスがぶべぇ!」
「いぇーい! みんな轢き殺しちゃえー!」
「……楽しそうだな、ジュディは。サラ、二人纏めて抱え上げる。トロッコを捨てて乗り込むぞ、準備はいいな?」
「はい! ジェディン『様』のお言葉に従います!」
真っ先に警備兵たちを襲ったのは、ジェディンたちが乗るトロッコだ。警備兵がトロッコの直撃でひき肉にされる中、三人は地に降りる。
道中、彼らもモンスターに襲われたようで、すでにジェディンはクリムゾン・アベンジャースーツを身に着けている。そんな彼を、サラが頬を赤くして見ていた。
「……あら? サラったら……ふふ、これは面白いことになりそうね」
「あ、アタイも同じこと思ったっす。……こっちって、重婚とか出来るんすか?」
「出来るわよ、上流階級ならね。まあ、彼がどんな道を選ぶかは置いといて。私たちも乗り込むわよ!」
「ガッテン!」
距離があったため、やり取りまでは聞こえなかったが……直属の部下だけあって、サラの変化をシゼルは敏感に察知していた。
イレーナと共にニヤニヤしつつ、彼女たちもトロッコと共に着陸する。同時に、けたたましい警報が鳴り響き警備兵たちが大挙して押し寄せる。
「施設を守れ! 一人も侵入させるな、もしテルフェ様に知られたら俺たちが殺され……ふべっ!」
「いや、その心配はない。テルフェではなく、俺たちに殺されるからだ! バスタードチェーン!」
警棒型の杖を振りかざし、襲ってくる警備兵。しかし、カンパニーや魔神一族との死闘を潜り抜けてきたジェディンには勝てない。
二十人近く現れた増援たちは、為す術なくジェディンの操る鎖によって葬られていく。その様子を、サラはぽーっと見つめていた。
「ああ……ジェディン様、すてき……」
「おーい、サラー? あ、ダメだこりゃ。完全に見惚れちゃってる。後で他の連中にも教えて、からかってやろーっと。うっしっしっ!」
頬を赤くして突っ立っている相棒を見て、ジュディはニヤニヤ笑う。実際、ジェディンが無双しているためそれくらいしかやることがないのだ。
せいぜい、時折自分たちの方に飛んでくる肉片やら血飛沫やらを魔法で弾くだけ。警備隊が全滅した頃、シゼルとイレーナがやって来た。
「みんな、怪我はない? ……って、聞くまでもないか」
「ハッ! あ、隊長! 聞いてくださいよ、ジェディン様ってもの凄く強いんですよ! ここに来るまでも、でっかい蛇を」
「え? ちょっと待って、そっちも……こんな大蛇に襲われたの?」
シゼルが現れたのに気付き、我に返るサラ。ジェディンの活躍を、まるで我が事のように自慢しまくろうとして止められる。
サラの言葉にどこか違和感を覚えたシゼルは、先ほどイレーナが仕留めた大蛇の映像を空中に映し出す。
「あ、そうです! こいつですよ、後ろからわたしたちを襲ってきたのは!」
「その口ぶり……そちらも襲われたのか?」
「ええ、どうやら……全く同じ見た目をした大蛇に襲われたようね。……なんだか嫌な予感がするわ」
ジュディたちの証言に、シゼルは額にシワを寄せ呟く。ただの偶然……で片付けるには、あまりにも出来すぎた話である。
こうなると、本当にあのモンスターたちは野生の存在だったのかと疑問が残る。しかし、今はそれを確かめている時間はない。
「行きましょう、今更気にしたって無意味。それより、さっさと制圧して奴隷たちを解放するわよ!」
「はい! ほら、さっさと行くわよジュディ! 私たちも、ジェディン様にいいとこ見せなきゃ!」
「ちょ、ちょっと! 引っ張らないでってば! 転ぶ、転ぶから~!」
手早く任務を完了させなければ、ソサエティからの援軍が現れかねない。それこそ、七栄冠を筆頭とする上級魔女が参戦すれば手に負えないことになる。
シゼルの言葉に頷き、サラは相棒の腕を掴んで意気揚々と歩き出す。そんな彼女らを見て、ジェディンは首を傾げていた。
「やけにやる気満々だな。空回りしなければよいのだが……って、何をニヤニヤしているんだ? イレーナ」
「べっつにー? ジェディン、意外とこういうのには鈍感なんだなーって思っただけっすよ」
「……?????」
そんなジェディンの隣に立ち、ニシシと笑いながら脇を小突くイレーナ。そんな彼女の言葉の意味と、ついでにサラからの好意に気付いていないジェディンはさらに首を傾げる。
「……これは大変そうね、あの娘も。総裁が恋のライバルになりそうだけど……勝てるかしらね?」
誰にも聞こえないよう小声でそう呟いた後、シゼルは部下を追って施設に突入していくのだった。
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「キー! キキーッ! キャーキャッキャッ!」
「……そう。レジスタンスが来たの。まあ、いずれ来るだろうと思ってた。テルフェの代わりに、留守番しといて良かったわね」
同時刻、奴隷養成施設の奥にある所長の部屋に一人の魔女がいた。腰ミノとビキニタイプのブラ一丁という、野生児のような格好をして椅子に座っている。
そんな彼女に、一匹のサルがウキャウキャ鳴きながら報告を行う。シゼルたちレジスタンスが、施設に襲撃を仕掛けてきたことを。
「キャキャ、キキィ?」
「……大丈夫よ、あなたたちはトドメを刺すだけだいいから。警備隊が敵を弱らせたところを、サクッと殺せばいいの。簡単でしょ?」
「キキーッキー!」
「……いいこね。ふふふ、目に浮かぶわぁ。まさか、月輪七栄冠の一人……『獣奏』の魔女ペルローナが待ち構えてるなんて、夢にも思わないでしょうね」
魔女……ペルローナはそう呟きながら、短く刈り揃えた緑色の髪をポリポリと掻く。すると、彼女の眷属たる大量のハエが落ちてきた。
「……さ、行ってきて。そして、逐一報告してちょうだい。敵がどこにいて、どの道を進んで……どれだけ消耗しているのかを、ね」
「……! ……!」
ペルローナの言葉に従い、ハエたちは分散して排気口の中に潜り込んでいく。魔女の脅威が、イレーナたちに牙を剥こうとしていた。




