170話─決行の時
思惑通り、要塞内にまんまと潜り込めたフィル。救出実行は夜のため、とりあえずは他の者たちと共に要塞の内部の装飾を行う。
「ほー、あんた中々手際いいじゃん。これはいい感じのを捕まえられたね。ふふん!」
(……だいぶ調子に乗ってますね。敵を招き入れたとも知らずに。……要塞はもうすぐ完成する、といった感じですね。救出が終わったら、拉致されてた人たちに話を聞くとしましょうか)
正体がバレてはまずいため、フィルはテルフェに曖昧な笑みを返しつつ作業を行う。いつから行われているのかは分からないが、内部はほぼ完成しており後は装飾を追加するだけなようだ。
「はあ、はあ……」
「じいさん、大丈夫かい? タイルを敷くのは辛いだろ、俺が代わりにやっとくよ」
「おお、済まんのう……君は新入りか。あいつに……あの魔女に騙されたクチかい?」
「ああ、そうだ。じいさんもなのか?」
「いや、わしを含めた老人や子どもたちは無理矢理連れてこられたんじゃ。わしらを盾にして、他の連中に反乱を起こさせないようにしとるんじゃよ、あのテルフェという魔女は」
床にカラータイルを敷き詰める作業をしていた老人の元に向かい、手伝うフィル。そんな彼に、老人は小声でそう口にした。
彼らはただの作業要員ではなく、反乱を抑止するための人質も兼ねて拉致されたらしい。通路の奥から作業を監視しているテルフェを、フィルは睨む。
(こんなことをして……絶対に許さない! 何人か、疲労で限界を迎えそうな人たちもいますし……ギリギリで救助が間に合った、といったところですかね。危なかった)
元々体力の少ない老人や子どもたちは、テルフェによって課せられた強制労働で倒れる寸前だ。今しがたフィルと会話していた老人も、濃いクマが出来ている。
作業をしながら、老人にさらに話を聞いてみるフィル。幸いにも、まだ死者は出ていないという。ホッと安堵しつつ、作業を進めること約十時間。
「よーし、今日はここまで! 明日もたっぷり働いてよねー、奴隷のみんな。ほら、今日の乾パンだよ。ありがたーく受け取りなよ」
夜遅くまで作業させられ、へとへとになった被害者たち。そんな彼らを地下フロアにある牢屋に閉じ込めたテルフェは、乾パンが入った袋を投げて寄越す。
中に入っている乾パンは、たった十枚。それに対し、牢屋に入れられているのは二十人。どう見ても、枚数が不足している。
だが、フィル以外はみな抗議もせず座り込んでうつむいている。抗議をする元気もないし、そもそも逆らえば恐ろしい目に合うことを分かっているのだ。
「じゃーね、またあしたー」
「うう、くそぅ……いつまでこんな生活してればいいんだ。シュヴァルカイザーが助けに来てくれないかなぁ……」
「うええん……おうちにかえりたいよう……」
子どもや老人たちを餓死させないため、彼らに乾パンが回される。だが、それでもまるで足りない。すすり泣く声が牢屋にこだまする中、ついにフィルが動く。
(つよいこころ十九号の報告から、監視装置の類いがないことは確認済み。テルフェは、拉致された人たちが逃げ出すなんて夢にも思ってない……その油断、ここで後悔させてあげますよ!)
牢屋の周辺には、監視用の魔道具は設置されていない。それどころか、見張りすら置かれていなかった。せいぜい、牢屋の外に誰かが出たらそれを知らせる警報が鳴る罠があるくらい。
「……ぷっ! はあ、不味いガムだった……」
「えっ!? あ、あんたはフィ」
「しー、静かに。大声を出したら、テルフェに気付かれてしまいます。皆さんを助けにきましたよ」
フィルはイリュージョンガムを吐き出し、元の姿に戻る。それを見て、一緒に作業をしていた老人は大声を出しそうになるも、慌てて口をつぐむ。
その他の人々も、ヒーローが現れたことで希望を取り戻していた。中には、涙を流して喜んでいる者たちもいる。
「今から皆さんを、僕の力を使って最寄りの町へ転送します。すでに、町の自警団には僕の仲間が事情を話しています。すぐに保護してもらえますよ」
「おお、ありがとう……ありがとう、これで家族のもとに戻れる……」
「やっぱりシュヴァルカイザーはすごいや! こんなたすけかたしてくれるなんて!」
「みんな、牢屋の中央に集まって。それでは、行きますよ。ウォーカーの門……二重開門!」
鉄格子の側まで下がったフィルは、全員を牢屋の中央に寄らせる。そして、彼らの足下に黄金のゲートを作り出した。
門は適当な並行世界に繋がる一つ目の門のすぐ下に、ニフェの町に繋がる門を置くことでスムーズな救助が可能となる。
「ありがとう、シュヴァルカイザー!」
「この恩は絶対忘れないよ!」
拉致されてきた人々は、お礼を言いながら門の中に落ちていく。門を閉じて消した後、フィルはルームウェアの上に羽織っていた上着の中に入れていた通信用の魔法石を取り出す。
「もしもし、こちらフィル。そちらに無事到着しましたか? オボロ」
『ああ、大丈夫だ。フィル殿が救出した人たちは、全員町に送られた』
「よかった……では、もう遠慮はいりません。この要塞を、ぶっ潰してしまいましょう!」
あらかじめ町で待機していたオボロと確認を済ませたフィルは、魔力を解放しダイナモドライバーを呼び出す。
肝心なところで慢心してしまったがゆえに、テルフェは重い代償を支払うことになる。怒りに燃えるフィルたちによる、総攻撃の始まりだ。
『アンネローゼ殿への通達が完了した。内と外から総攻撃を仕掛けられる、いつでもな』
「ありがとう、オボロ。つよいこころ十九号も、そろそろ仕込みを終える頃ですし……始めましょう、魔女狩りをね! ダイナモドライバー、プットオン! シュヴァルカイザー、オン・エア!」
ダイナモドライバーを起動させ、フィルは漆黒の装甲を纏う。テルフェとの戦いが、始まろうとしていた。
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時はさかのぼる。早朝、カルゥ=イゼルヴィアの方でも動きがあった。レジスタンスの実働部隊が、テルフェの所有する奴隷養成施設の襲撃をするため動き出したのだ。
「イレーナ、ジェディン。今回の作戦に協力してくれてありがとう、総裁に代わって感謝するわ」
「気にすることはない。むしろ、これからは精力的に手を貸すつもりだ。そうだろう、イレーナ」
「もちのろんっす! ソサエティの悪行、全類アタイたちが止めてやるっす! で、武勇伝をシショーと姐御に自慢しまくるっすよ!」
ジェディンとイレーナも、当然作戦に協力し実働部隊に同行している。彼らは現在、ハヤブサの形をしたジェット機、エアカーゴに乗り移動中だ。
目的地は、メルナリッソスの南西にあるテルフェの管理区域。モルロート地区と呼ばれる、歓楽街が広がるエリアだ。
「作戦を確認するわよ、みんな。私たちは五人ずつの三チームに別れて、地下にある施設へ攻撃を仕掛けるわ。すでに、トリン率いる工作チームが潜入してセキュリティを無効化するために動いてる」
エアカーゴの中で、ジェディンらを含めた総勢十五人のメンバーがリーダーであるシゼルから作戦内容を聞かされている。
机の上に置かれた球体から立体映像が空中に映し出され、繁華街とその地下に隠された施設の全貌をあらわにしていた。
「確保した侵入ルートは三つ。北東と西、南に一つずつあるわ。私が率いるAチームは西、Bチームは北東、Cチームは南の侵入口から施設に入って。そのまま警備班を鎮圧しつつ、施設の制圧を目指すわ」
「ハッ、かしこまりました!」
普段のローブと三角帽子から一転、迷彩柄のコンバットスーツを身に纏う魔女たちはキビキビと返事をする。ジェディンたちも、真剣に話に耳を傾ける。
カルゥ=オルセナとイゼルヴィア。二つの大地で、それぞれのミッションが始まった。




