169話─フィルの作戦
それからしばらく、フィルはつよいこころ十九号を用いて要塞の内外を調べて回る。その結果、いくつかのことが分かった。
まず、要塞には出入り口が存在していなかった。テルフェ自身は魔法で出入り出来ること、連れ去られた人たちの逃亡の阻止が目的だろうとフィルは考察する。
「うーん、侵入と撤退にはウォーカーの力を使えばいいとして……周到に用意されてる数々の罠が厄介ですね」
「そうだな、迂闊に入り込めばすぐに居場所を暴かれる。これは中々に骨が折れるぞ」
次に、要塞の内部に仕掛けられた罠が問題だった。オルセナではまず見られない、高度な魔法を用いたセンサーや、動きを止める地雷型の罠。
侵入者を徹底的にあぶり出し、即座に殺しに行けるようにするための罠が床や壁、天井にこれでもかと仕込まれているのだ。
「どうにかして罠を停止させないと、要塞に入った瞬間にアウトってわけね。どうする? いっそ、要塞を攻撃して相手を誘い出してみる?」
「いや、やめた方がいい。相手が単独ならともかく、二桁近い分身を動員しているからな。数の暴力で潰されるのが関の山だろう」
「それに、向こうには人質がいますからね。テルフェって魔女の性格を考えると、彼らを解放せずに交戦したらまず人質は助かりませんよ」
いっそ真正面から襲撃してみてはどうか、と提案するアンネローゼ。が、オボロとフィルは即座にその案を却下する。
彼らにとって最優先すべきは、強制労働させられている人たちの迅速な救助だ。しかし、それを分かっているかのように、テルフェは対策を打ち出している。
「ローグも言っていましたが……やはり、敵組織のトップの一角なだけはありますね。一度してやられたら、次からはきっちりと対策をしてくる……」
「チッ、やっぱりあの時仕込め損なったのが裏目に出ちゃったわね。もうお仕置きとかヌルいこと言ってないで、即殺しないとヤバいわアイツ」
調子に乗っている悪童とはいえ、腐ってもテルフェはルナ・ソサエティ最高幹部。一度痛い目に合えば、二度繰り返すまいと対策をするのは当然。
しばらく考え込んだ末に、フィルは一つの作戦を思い付く。
「あ、いいことを思い付きました! 二人とも、こっちに……」
「なになに? どんなアイデアを閃いたわけ?」
「それはですね、かくかくしかじか……」
「……ふむ、なるほど。時間はかかるが、それなら人質たちの救出をスムーズに進められそうだ」
「確かにね。じゃ、早速取りかかりましょ!」
フィルから具体的な作戦を耳打ちされ、オボロは頷く。アンネローゼの方も、特に異論はないようだ。三人は早速、行動に移る。
まず、フィルが一旦基地にあるものを取りに戻る。その間、アンネローゼたちは引き続き偵察を行う。
『あー、おっそすぎてイライラすんだけど。また最寄りの町に行って誰か攫ってくるかなー』
『んじゃ、明日テルフェちゃん八号が行ってくる。また頭のわるそーなのを騙して連れてくるわー』
「……ふむ、やはり新しく拉致するつもりだな。フィル殿が戻り次第、それがしたちも動かねば」
「そうね、オボロ。つよいこころ十九号、ソイツらの監視はもういいわ。次は、罠のオンオフを管理してる装置がないか調べて」
『カシコマリ……』
次に、テルフェたちのこれから起こすだろう行動をチェックし、先回りして『仕込み』を行えるよう情報を集める。
十九号に見られているとも知らず、重要な情報をペラペラ話すテルフェの魔魂転写体たち。フィルが一番欲していた情報を得られたため、作戦を進めた。
『要塞ノ地下ニ強力ナ魔力反応アリ! 恐ラク、ココガ中枢部ノ模様』
「地下、か。ふむ……これは少し面倒だな」
「大丈夫よ、場所さえ分かればこっちのもんだから。こっちには博士の発明品がごまんとあるのよ、すぐカタが着くわ」
フィルの考案した人質救出作戦、フェーズ三。要塞に仕掛けられている罠を管理する装置の場所を割り出し、頭に叩き込む二人。
そこに、目的のブツをギアーズから貰ってきたフィルが帰ってきた。大きな風呂敷包みを地面に置き、二人に声をかける。
「ただいま、二人とも。そちらの作業は順調ですか?」
「ええ、バッチリよ。今ちょうど、罠の管理をする装置の場所を見つけたところよ。ほら、ここ」
「なるほど、要塞の地下……山の中に埋めてあるんですね。ふふ、その可能性を考慮して『コレ』を持ってきた甲斐がありましたよ」
アンネローゼに映像を見せてもらいつつ、フィルは風呂敷包みを解く。その中から、円筒形になったマラカスのようなものを取り出す。
「なにそれ? 変な形してるわね」
「これは、博士がカンパニーとの戦いに備えて開発した武器……メルトスマッシャーです。この棒の部分を地面に刺して起動すると、事前に入力した範囲の地面を液状化させちゃうんです」
「ほう、それは凄い。つくづく、以前の戦いで出番がなかったのが惜しまれるな」
「ええ、だからこそ今回活躍してもらおうと思いまして。他にもいろいろ持ってきましたから、この際全部使っちゃいましょう!」
敵が鉄壁の守りを敷いているなら、それを打ち崩してしまえばいい。そのために必要なものを、フィルは集めてきたのだ。
「あ、そうそう。アイツら、早速明日追加で労働力を確保しに行くみたいよ。ここから最寄りの町にね」
「そうですか……なら、すぐにでもカタを着けられますね。ただ……この作戦、成功させるチャンスは一度きり。失敗すれば、みんな死んでしまいます」
「覚悟の上よ。毎回毎回、窮地を切り抜けてきたわけだし今更でもあるし」
「左様、今更何を恐れようか。我らが力を合わせれば、達成出来ぬ作戦はない。大丈夫だ、必ず上手くいく」
オボロたちの言葉に頷き、フィルは作戦を実行に移すためミーティングをする。それぞれの役割、要塞侵入後の動き……。
それらを入念にチェックした後、フィルたちは野営して一夜を明かす。翌日の早朝、早速三人は行動を開始する。
「じゃ、行ってきますね二人とも。人質を全員救出したら、すぐに合図を送りますから」
「頼んだわよ。こっちもこっちで準備しとくから」
フィルはアンネローゼたちと別れ、テレポートを使い岩山の最寄り町であるニフェに向かう。町に入る直前、木陰に隠れてあるものを取り出す。
それは、かつてアンネローゼが使ったギアーズの発明品……イリュージョンガムだった。周囲に誰もいないことを確認しつつ、フィルはガムを口に放り込む。
「う、不味い! 博士、アンネ様にあれだけ言われたのに味の改善はしなかったんですね……。ま、そこはいいでしょう。早速町に入りましょうか」
ガムの効果で、フィルは筋骨隆々な大男の姿に変身する。いかにも肉体労働が得意でございといった、ガテン系の雰囲気を漂わせていた。
(さて、テルフェを探すとしますか。上手いこと接触して、要塞に連れてってもらえれば作戦の第一段階は完了です)
フィルはあえてテルフェに捕まり、要塞の中に拉致されることで侵入する作戦を立てた。自力での侵入は、どんな方法を使っても感知されてしまう。
ならば、テルフェ自身に連れ込まれてしまえばいいと考えたのだ。そうすれば、罠は作動しない。おまけに、強制労働させられている人たちとの接触も簡単。
どこに閉じ込められていようが、ウォーカーの力を使えばすぐに彼らを安全なところに逃がすことが出来る。
「ねーねー、そこのおにーさん。ちょっとお話いいかなぁ?」
(! 来た、こんな朝から町に来てるとは……いや、活動してる人が少ないからこそ、拉致にはうってつけというわけですね)
あえて人気のない場所をぶらぶらしていると、早速テルフェが接触してきた。よそ者であるテルフェは、可憐な容姿もあってどうしても目立つ。
そこで、表を出歩いている人が少ない早朝や夜を狙って拉致を働いていたのだ。幸先の良さに、フィルは内心ニヤリと笑う。
「なんだい、お嬢ちゃん。こんな朝っぱらからナンパかい?」
「ふふ、違うよ。わたしのお父さんが大工をしてるんだけど……今、人手不足で大変なの。で、仕事を探してそうな人を見つけてスカウトしてきて、って頼まれたのよ」
「ふぅん、なるほど。でも、俺は大工の仕事なんてしたことないぜ? いいのかい、素人なんて役に立たないだろう?」
「大丈夫。簡単な雑用をしてもらうだけだし、見込みがありそうならお父さんが直々に教えるって言ってたから。日給でこれだけ払う予定だけど、今日だけでいいから来てくれない?」
いけしゃあしゃあと嘘をつき、テルフェは日給として金貨二十枚を提示する。何も知らない一般人なら、コロッと騙されてしまうだろう。
(うわぁ、露骨な金額だなぁ。でも、ここで乗らないと作戦が台無しだし……やらないとね)
「そんなにくれるのか! いいぜ、今からでも働きに行くよ」
「ほんと!? よかった、じゃあ着いてきて」
交渉が纏まり、テルフェは巨漢に変身中のフィルを路地裏に連れて行く。表通りから完全に見えなくなったところで、地面に仕掛けられた魔法陣が起動する。
「うおっ!? な、なんだこりゃ!? お嬢ちゃん、こいつは一体なんなんだ!?」
「ふっ、バカな奴。テルフェちゃんの演技にすっかり騙されちゃって。あんたはもう逃げられないよ、死ぬまでキリキリ働け! アッハハハハ!!」
転送用の魔法陣に引っかかったフィルに対し、本性をあらわにして大笑いするテルフェ。だが、彼女は気付かなかった。
本当に騙されているのは、自分の方だということを。




