166話─潜む不穏
「……なるほど、お話は理解しました。そちら側の封印の御子は、イゼルヴィアをも救うために動いていると……ありがたいことだ」
「我々としても、どちらかの大地を滅ぼす必要があるとは思えない。双方共に存続出来るのならば、それが一番いい結末だと考えている」
トリンの淹れた紅茶を飲みながら、ジェディンはメイナードと情報交換を行う。クルヴァの計画を聞き、総裁は感謝の言葉を口にする。
彼女としても、クルヴァの作戦は同意すべきものだと考えていた。全ての元凶たるミカボシを排除してしまえば、もう双子大地が争う必要はないのだから。
「しかし、ジェディンさん。その作戦には一つ不安材料があるのだが……」
「呼び捨てで構わない。不安材料とは何か、聞かせてもらえないか? メイナードさん」
「ふふ、そんなにかしこまる必要はない。私のことはメイと呼んでくれ。その方が気が休まる」
「!? う、嘘……あの厳格な総裁が、愛称で呼ぶことを許すなんて……!」
メイナードの後ろに控えていたトリンは、ぎょっと驚きメガネがずり落ちる。一方、ジェディンの隣に座っていたイレーナはニヤニヤしていた。
(おっとー、これは面白いことになってきたっすね。ジェディンにも春が来るっすかねー?)
自分にはまだ春が来ていないことを考えないようにしつつ、そんな感想を抱くイレーナ。それを察知したのか、チラッとジェディンが彼女を見る。
が、メイナードの語った不安材料について聞くためにすぐ顔を正面に向けた。そんな彼に、総裁は語り始める。
「これはまだ、レジスタンスの幹部しか知らないことなのだが……現在、ルナ・ソサエティの内部で不可思議な動きが起きている。何者かが暗躍し、独自にこの大地を消し去ろうとしているようなのだ」
「なに? そんな話、初めて聞いたぞ。つーか、そんな奴がいるなら俺が気付くぞ」
「だから不可思議だ、と言ったのだよローグ。その者は君以上に神出鬼没……どころか、正体自体分からないんだ。だが、暗躍した痕跡だけは確実に残していく……実に不気味な存在さ」
メイナードの抱える不安は、ソサエティ内部で暗躍する謎の存在……仮称『X』のことだった。かの者がどんな動きをするか、まるで予想出来ないと口にする。
「Xはいつどこに現れるか分からない。二つの大地を救う計画の存在を知れば、確実に邪魔をしてくるだろう。イゼルヴィアを滅ぼすために」
「まあ、そりゃそうだろうな。意図がどうあれ、イゼルヴィアを滅ぼすつもりならクルヴァの計画を邪魔しに動くだろうよ」
「むむむ、仮称X……一体何者なんすかね?」
レジスタンスの協力を得られれば、すんなり事が進むだろうと考えていたイレーナたち。しかし、現実はそう甘くないようだ。
Xの正体と、何故イゼルヴィアを滅ぼそうとしているのか……その二つを暴き、安全を確保してからでなければ作戦には移れない。
「総裁、お待たせしました。ようやく案件が片付きまして……」
「お、やっと来やがったかシゼル。待ってたぜ、どこ行ってたんだ?」
「あら、ローグ。それにイレーナとジェディンも。どうして三人がここに?」
その時、メイナードに報告をするためシゼルがやって来た。予想外の客がいることに驚いていると、ローグが手短に説明を行う。
「……なるほど。そちら側の御子が、そんな作戦を……」
「総裁から了承は得た。だが、仮称Xなる存在が不安材料なんだとさ」
「ええ、実はちょうどそのXについて調査をしていたのよ。総裁、Xの正体と思わしき魔女たちのリストを纏めてきました。お受け取りください」
「ん、ありがとうシゼル。後ほど目を通しておくよ」
カルゥ=イゼルヴィアに戻った後、シゼルはメイナードの直命を受けXについて調べていた。ある程度調査を終え、報告しに来たのだ。
Xの正体候補となる魔女たちがリストアップされた資料を受け取り、メイナードは労いの言葉をかける。入れ替わるように、トリンが退出しようとする。
「では、私はこれで。まだ仕事がたくさんありますから」
「ありがとう、トリン。……そろそろ、襲撃を仕掛ける予定だ。実働部隊に告知しておいてくれ」
「! かしこまりました、ただちに……」
メイナードとそんなやり取りをしてから、トリンは部屋を出た。彼女がいなくなった後、イレーナが質問をする。
「襲撃って……いよいよドンパチするんすか!?」
「いや、全面戦争はまだだ。流石にこちらの戦力が足りない。今回は、月輪七栄冠の一人……『圧滅』の魔女テルフェが所有している施設を襲撃する」
「ああ、あいつ今イゼルヴィアにいないからな。襲うには抜群のタイミングだぜ」
「ええ、私も驚いたわ。ソサエティに潜入して調査してたら、いつの間にかいなくなってるんですもの」
「なに? 待て、どういうことだ? 少し前にスパイが寄越した情報では、オルセナに向かったのは七栄冠のベルティレムだったはずだが?」
ローグやシゼルの言葉に、メイナードは驚く。テルフェが所有する『奴隷養成施設』を制圧し、囚われている民を救出しつつ魔女を討伐するつもりでいたのだ。
「あいつは今、オルセナにいるぜ。しかもよぉ、こいつがケッサクなんだ。あいつ、アンネローゼに尻ひっ叩かれて悶絶してたんだぜ! ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ!」
「ええ……アンネローゼ、何をやっているの……」
「こんなこともあろうかと録画してあるんだ。見るか? あいつが無様晒してるとこ」
「今はいい。……これはチャンスだ、シゼル。テルフェがいない今なら、容易に奴隷たちを救い出せる」
ベルティレムがテルフェを誘い、オルセナに連れ出したのだが……そんなことは、メイナードたちは知らないしどうでもいいことだ。
今大切なのは、施設の主たるテルフェがいないということ。強大な魔女が留守にしている今こそ、奴隷解放の絶好のチャンスなのである。
「なら、アタイたちもお手伝いするっす! ね、ジェディン!」
「ああ。……いい機会だ、レジスタンスにインフィニティ・マキーナの力を見せてやるとしよう。俺たちも戦力になると示せば、より強い信頼を得られる」
「俺は一旦オルセナに戻るぜ。情報交換はこまめにやっとく必要があるからな。あっちでも何か起きてる可能性があるしな」
レジスタンスの作戦に、イレーナとジェディンは協力することを決めた。一方のローグは、今回の話し合いで得たXの情報を持ち帰ることにしたようだ。
「済まない、助太刀に感謝する。シゼル、至急トリンの元に向かってくれ。予定より作戦開始を早めると伝えてくれないか」
「分かりました。いつでも出立出来るようにと伝えておきますね」
「頼むぞ。助け出した奴隷たちの証言があれば、ソサエティの暗部をマスコミにリーク出来る。そうすれば、悲劇を味わう者が減るだろう」
「へっ、俺の代わりに吠え面かかせてやってくれよ。じゃ、俺はこの辺で失礼するぜ」
ローグはソファから立ち上がり、部屋を去る。イレーナとジェディンは、シゼルにくっついて行こうとするが……。
「ああ……ジェディン。その、少し待ってもらえないか。あなたとは……もう少し、話をしていたいんだ」
「!? あ、ああ。それは構わないが……」
メイナードに呼び止められ、ジェディンは動揺してしまう。そんな彼の脇腹を肘でつっつき、イレーナが小声で話しかける。
(大丈夫っすよ、後のことはアタイたちでやっとくっすから)
(そうか……恩に着る)
(どんなお話したか、後で聞かせてくださいっす。じゃ、行ってきゃーす)
ヒソヒソ話をした後、イレーナは首を傾げているシゼルと共に退出していった。総裁の執務室に、二人だけが残される。
ジェディンはソファに座り直すも、メイナード共々黙りこくってしまう。気まずい沈黙が部屋を包む中、総裁が声を出す。
「……一つ、聞きたいことがあるんだ。私のオリジナルは……あなたの妻だったそうだな」
「ああ。俺はメイラを……愛している。今も変わらず、ずっとな」
「……今から五年前のことだ。突然、私の胸にポッカリ穴が空いたような虚無感が襲ってきた。その理由が分からず、今までは不思議に思っていたんだ」
「……心当たりがある。五年前は、メイラは……おれたちの娘共々殺された。マグメイという男にな」
メイナードの言葉に、ジェディンはそう応える。復讐を果たした今も消えることのない、愛する者を失った痛みが胸の中に広がっていく。
「そう、だったのか。ジェディン、もしよければ……聞かせてくれないか? 私のオリジナル……メイラと共に過ごした日々のことを」
「いいとも。では、そうだな……まずは、俺とメイラの出会いから語ろうか」
そう言った後、ジェディンは亡き妻との思い出を語り始める。メイナードは、口を挟むことなく……彼の言葉に、静かに耳を傾けていた。




