165話─レジスタンスのもとへ
ローグに連れられ、路地裏を進むイレーナとジェディン。しばらくして、やや大きめの通りに出た。右折した後、ローグは魔法で仕事で使う仮面を呼び出す。
そして、仮面を身に着けてから小さな酒場に入る。ここからは、怪盗ヴァルツァイト・ローグとして動くようだ。
「……いらっしゃいませ。ご注文は?」
「コルチェーニの花束を。明け方に届けてくれ」
「ああ、同志の方でしたか。……どうぞ、奥の方へ」
酒場の中に客はおらず、チョビ髭が生えたバーテンダーが暇そうにグラスを磨いている。ローグたちに気付き、注文を聞く。
それに対し、ローグはレジスタンスの合い言葉を答えた。バーテンダーは片眉を吊り上げ、足元にあるペダルを踏む。
すると、店の奥にある酒を並べた棚が横にスライドしていく。その向こうにあった、隠された通路があらわになった。
「おお、雰囲気あるっすね!」
「さ、行くぞ。……言っとくが、こっから先で俺の正体バラすような真似するなよ。いつどこにソサエティのスパイが紛れ込んでるか分からねぇからな」
「ああ、分かった。気を付けよう」
イレーナたちにそう念を押した後、ローグは二人を連れて薄暗い通路を進む。終わりの見えない、無限に続くような錯覚を覚える通路を歩いていると……。
特定のポイントを通過した直後に突如、三人の身体を浮遊感が包み込む。イレーナが驚いていると、ローグが説明を行う。
「今一瞬、ふわってしたろ? 転移魔法が発動して、レジスタンスのアジトに飛ばされたのさ」
「なるほど、侵入者が入り込むのを阻止する仕掛けにもなっているのだな? 僅かな時間だが、身体が焼けるような感覚があった」
「鋭い奴だな。そうだ、レジスタンスに悪意を持つ奴が通路に入ると、それを感知して防衛魔法が起動するんだ。そいつを食らったら、チリになって死ぬのさ」
「ひえー、おっかないっすね……」
「ま、この大地を支配してる組織に抗ってるわけだからな。どんなに小さな不安要素でも、排除しとかねえと安心出来ないのさ」
そんな話をしつつ、通路を進んでいく。今度は、行き止まりにたどり着くことが出来た。黒塗りの扉を開けると、吹き抜けの広間が現れる。
ローグ曰く、ソサエティの目から逃れるべく街から離れた辺境の山奥にアジトが存在しているらしい。広いガラスの向こうに、雄大な自然が見える。
「ふあー、すっごい……。まるで、シショーの基地にいるみたいっす」
「確かに。奇妙な偶然もあったものだな」
神々しい山嶺を眺めながら、そう話し合うイレーナとジェディン。そこに、一人の女性が近付いてくる。
「あら? あなたたち、見ない顔ね。新入りかし……って、あなたは怪盗ローグ! 珍しいわね、あなたがここに顔を出すなんて」
「よっ、久しぶり。悪いんだが、総裁に会いたい。ついでにシゼルって魔女にも。取り次いでくれるか?」
「ええ、分かりました。……そちらの二人は、ローグのお仲間?」
「まあ、そんなもんだ。ここの新入りだと思ってくれていい、詳細は後で総裁から聞いてくれ」
丸メガネをかけた女性は、ローグのことを知っているようだ。彼の要請に、すぐ応える。三人を連れ、広間の奥へと向かう。
広間で情報交換をしていた魔女たちは、ローグに気付きヒソヒソと小声で話をする。どうやら、彼がアジトに来るのはかなりの珍事らしい。
「な、なんかみんなすっごい見てるっすね……」
「ま、だろうな。俺基本アジトに顔出さねーし。一応、アドバイザーってことで協力関係にはあるけどな」
「ええ、本当に驚きましたよ……あ、私トリンといいます。よろしくね、新入りさんたち」
「ああ、こちらこそよろしく」
広場の奥に複数ある扉のうち、一つを開け通路に入る丸メガネの魔女……トリン。彼女と共に、エレベーターに乗り込む。
トリンがボタンを押すと、エレベーターが動き始める。目指すは、アジトの三十三階。レジスタンスを束ねる、総裁の部屋だ。
「そういえば、総裁ってどんな人なんすか?」
「とても頼りになる方よ。病で急逝なされた先代総裁の娘さんなんだけど、凄い切れ者なの。まだ若いのに、リーダーの風格があるわ」
「ああ、確かに。先代が死んだ時はこれからどうしたもんかと途方に暮れたが、そんな不安が杞憂だったとすぐ思い知らされたぜ」
「ほう、それは……かなりの傑物らしい。これは会うのが楽しみだな、イレーナ」
「っす!」
ジェディンとイレーナは、現総裁がどんな人物なのか想像しあーだこーだ話し合う。そんな中、トリンは魔法石を使い総裁と連絡を取る。
「あ、もしもし総裁ですか? はい、実はローグが面会を希望してまして……新入りも二人……。はい、はい分かりました。今向かってます」
「どうだ、総裁はなんて言ってる?」
「すぐにでも会うって。ちゃんと身だしなみは整えておいてくださいね、ローグ。あの方ちゃんとしてない人は嫌いですから」
「わぁーってるって。にしても、いつ来てもおっそいエレベーターだな!」
それから数分後、ようやくエレベーターが目的の階に到着した。長い廊下を歩き、最奥部にある扉の前までやって来る。
トリンはドアをノックしつつ、中にいる総裁に到着したと告げる。入ってよいと声が返され、ロックが解除された。
「失礼します、総裁。ローグをお連れしました」
「ご苦労、トリン。久しいな、ローグ。前に会ったのは母上の葬儀の時か。もう二年も経つのだな、時が過ぎるのは速いものだ」
「ああ、俺もそうおも……ん? おい、どうしたジェディン。なぁに目ぇかっ開いてんだ?」
「! い、いや……済まない。総裁殿の顔が……死んだ妻と瓜二つだったのでな。つい、言葉を失ってしまった」
部屋の中では、総裁と呼ばれる若い女性が作戦指示書を書いていた。彼女の顔を見たジェディンは、驚愕し動きが止まる。
総裁の顔は、亡くなった彼の妻……メリアと全く同じだったのだ。ジェディンの言葉に、その場にいた全員が驚きをあらわにする。
「えっ!? そ、そうなんすか!?」
「ほー、それはそれは。もしかしたら、総裁はあんたの妻の運命変異体なのかもしれねえな?」
「……何やらよく分からぬが。とりあえず、自己紹介しておこう。私はメイナード。ルナ・ソサエティに抵抗している、レジスタンスを束ねる者だ」
総裁……メイナードはそう口にし、ボールペンを机に置く。椅子から立ち上がり、白いローブをひるがえしながらジェディンの元に向かう。
「……ジェディン、と言ったか。何故だろうな……あなたとは初めて会うはずなのに、以前どこかで会ったことがあるような不思議な感覚を覚える」
「恐らく、メイナード……さんのオリジナルである、我が妻の記憶が何か作用しているのだろう。フィルがいれば、何か分かるかもしれないが……」
「呼び捨てにしてくれていい。あなたになら……それを許せるんだ。トリン、済まないが紅茶を淹れてくれないか? 客人たちと話すのに、もてなしもしないのは無礼だからな」
「あ、はい。かしこまりました!」
無事、レジスタンスのトップと対面することが出来たジェディンとイレーナ。しかし、予想外の人物との出会いが……ジェディンの運命を、大きく変えることになる。
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「……まだ殺されていないか、テルフェは。ま、いいかな。あの様子だと、すぐに彼らに殺されるだろうし」
カルゥ=オルセナのどこかにある岩山にて。水晶玉でテルフェを見張っていたベルティレムは、そう呟きあくびをする。
水晶玉を懐にしまい、冷たい岩肌に寝そべり空を見上げる。イゼルヴィアの濁りきった灰色の空と違い、青く晴れ渡った空を。
「……いい世界だ、ここは。生き延びるべきはやはり、オリジナルであるこっちであるべきだね。双方の大地の御子が動き出したようだし……どうなるかな? 双子大地の行く末は」
そう呟き、ベルティレムは目を閉じる。そして、脳裏に浮かぶ在りし日の弟の幻影を追いかけ、涙を流すのだった。




