17話─忍び寄るモノ
紆余曲折の末、どうにかボルスとオットーを救出して撤退したフィルたち。テレポートで基地に戻り、一息つく。
「本当にありがとう、君たちにはどれだけ感謝してもしきれないよ。あのままだったら、僕も父上のように……」
「今はゆっくり心と身体を休めてください、殿下。貴方には休息が必要です。つよいこころ一号、殿下を客室に案内してあげてください」
「ビビビ、カシコマリマシタ」
目の前で父を喪ったボルスを気遣いつつ、フィルは居合わせたカブトムシドローンに彼を部屋に連れて行ってもらう。
その隣では、アンネローゼがオットーの無事を喜んでいた。
「ごめんなさい、お父様。私が慢心してたせいで……」
「なに、別にお前のせいじゃない。戦力にもなれないのに、無理矢理同行させてもらった私が悪いんだ。……それにしても、何だかうなじの辺りがむずむずするなぁ」
お互いに謝った後、オットーはしきりにうなじの辺りを指で掻く。その様子を見ていたフィルは、どこか違和感を覚える。
(なんだろう、オットーさんのうなじ……ちょっと盛り上がってる? うーん、医学の知識は僕に無いし……後でギアーズ博士に診てみらうように進言してみようかな)
「フィルくん、お夕飯食べたら付き合ってくれないかしら? 私、もっと強くなりたいの。もう二度と負けないようにね!」
「ええ、いいですよ。じゃあ、すぐお夕飯にしますね。ちょっと待っててください」
やる気満々なアンネローゼに頷いた後、フィルはキッチンへ向かう。この時、彼はまだ知らなかった。この後で起こる騒動を。
すぐにギアーズに相談しておけば、何事もなく一日を終えることが出来たのだということを。ブレイズルソウルとメルクレアの企みが、牙を剥く。
◇─────────────────────◇
「うーん……むにゃむにゃ……ふごっ」
深夜、草木も眠る丑三つ時。寝室にて一人、爆睡するオットー。ごろんと寝返りをうち、うなじが横を向いたその瞬間。
皮膚を突き破り、小さな丸い目玉が飛び出してきた。目玉はオットーが痛みで飛び起きないよう、即座に傷口を癒やす。
『……無事に入り込めたようだな、シュヴァルカイザーのアジトに。では、これより探索を行う』
目玉が床に降りると、四本の脚が生えてくる。そして、ブレイズソウルの声が響いた。この目玉の正体は、彼らが持つ切り札の一つ。
上司であるヴァルツァイト・ボーグが、自らをキカイ化する際に摘出した眼球を加工して生み出したアイテム。『王の目』だ。
『同調も無事完了している。テンプテーション、キックホッパー。周囲の警戒は任せたぞ』
『ええ、任せてちょうだい』
『おっほー、視点がちょーひくーい! なにこれ、すっげーおもろい!』
目玉の中から、今度はメルクレアことテンプテーション、そしてキックホッパーの声も響く。三人は精神を王の目に同調させ、基地の探索をするつもりなのだ。
『さて、まずはシュヴァルカイザーを探すぞ。奴の正体を暴かねばならん』
『おっけー! いけー、王の目玉ー!』
『バカ、大声を出すな! 気付かれるだろう!』
オットーを起こさないよう注意しつつ、ゴキブリのような機敏さで部屋を去る王の目。が、廊下に出たところで早速問題にブチ当たる。
『ここは……どこだ? どっちに向かえばいいのだ?』
『広いわね、この廊下。どこまで続いてるのかしら』
夜間、フィルは防犯のため基地全体に守りの結界を張り巡らせている。現在王の目がいる廊下には、幻惑の結界が張られている。
結果、ブレイズソウルたちは自分たちが今どこにいるのか分からなくなってしまっているのだ。とはいえ、いつまでも突っ立っているわけにはいかない。
『とりあえずいこーじゃにーかよぅ。生命探知センサーオンにしとけば、どーにかなるんでにーかに?』
『それもそうだな。シュヴァルカイザー、必ず見つけ出してやるぞ!』
生命センサーを用いて、基地中を探索して回る王の目。一時間ほど彷徨った末に、とある扉の前にたどり着いた。
「それっ、ていや……いたっ!」
「まだまだ甘いですよ、もっと脇を締めて!」
『ここだな、中から聞こえる声……。間違いない、シュヴァルカイザーだ! あの時の小娘もいるな』
『わっほーい! そんじゃ、さくっとツラを拝んじゃいましょーかにー!』
『いくわよ、溶解液発射!』
扉の向こうにあるのは、訓練場。真夜中だというのに、アンネローゼはリベンジに向けてフィルと共に修行に励んでいた。
王の目は中に侵入するべく、黒目の部分から溶解液を噴射して扉を溶かす。シュヴァルカイザーの正体を暴かんと、一歩脚を踏み入れる。
『さあ、素顔を見せろシュヴァル』
『警告! 警告! 訓練場内ニ侵入者アリ! 繰リ返ス、訓練場内ニ侵入者アリ! セキュリティレベル1、ウォールプログラム発動!』
「!? し、侵入者!? 一体どこから!?」
が、脚が扉を超えた直後にけたたましいアラームが鳴り響く。実は、事前にアンネローゼがフィルに頼んで警報をセットしてもらっていたのだ。
二人っきりの特訓の邪魔をオットーやギアーズにされたくないと考えての行動だったが、それがいい方向に作用したのである。
『! まずい、退却するぞ!』
『警報を仕掛けてたなんて……油断したわね』
留まっていてはまずいと判断し、即座に逃げ出す王の目。が、その現場をバッチリフィルに見られてしまっていた。
「今、何か小さいのが逃げていきましたね……。あれが侵入者でしょうか?」
「あ、見てフィルくん! 扉の下の方が溶かされてるわ! さっき逃げてったやつの仕業よ、きっと!」
「分かりました、訓練を一旦中止して追いかけましょう!」
アンネローゼが溶かされた部分を発見したことで、何かが忍び込んでいるのを確信するフィル。念のため、シュヴァルカイザースーツを着たまま飛び出す。
「僕はセンサーを使って追跡します。アンネ様はギアーズ博士を起こしてきてください、つよいこころ軍団を使って敵をあぶり出します!」
「うん、分かった! 行って来るわね!」
二手に別れ、フィルは侵入者の追跡を。アンネローゼはギアーズの元へ向かうため、廊下を走り出す。なお、セキュリティ登録してあるため、フィルたちは結界の効果を受けない。
「博士の部屋は……ここね! 博士、悪いんだけどちょーっと起きてもらうわよ!」
「ふごっ!? な、なんじゃ騒々しい! ジジイの睡眠を妨げるでないわ!」
「侵入者が出たのよ、侵入者が! 探すのを手伝ってちょうだい!」
数分後、滑空を利用して素早く目的地に到着したアンネローゼは扉を蹴り壊してギアーズの部屋に転がり込む。
びっくりして飛び起きるギアーズに、侵入者が出たことを伝える。文句を言う博士に、アンネローゼは手早く目的を伝えた。
「侵入者じゃと!? よし分かった、そういうことならつよいこころ軍団を動員しよう!」
「流石は博士、話が早くて助かるわ!」
ギアーズはベッドから飛び起き、机の方に走り寄る。ペン入れに偽装したスイッチを起動させ、つよいこころ軍団を基地内に放つ。
「行け、つよいこころたちよ! 不届き者を見つけ出して穴だらけにしてやれぃ!」
「カシコマリー!」
「うわ、凄い光景……と、鳥肌が……」
ゆうに百匹を超えるつよいこころたちが、廊下の壁や天井に開けられた発射口から一斉に現れる。そのまま飛んでいくのを見て、アンネローゼは冷や汗を流す。
「……っと、見てる場合じゃないわ。私も捜索に行かないと。待ってなさい、侵入者。私とフィルくんの夢のマンツーマン修行の邪魔をした罪、必ず償わせてやるわ!」
そう叫び、アンネローゼも廊下に飛び出す。こうして、真夜中の大捜索作戦が幕を開けたのだった。