164話─世界を救う作戦
「んじゃ、早速カルゥ=イゼルヴィアに戻るぞ。さっさとこっちの意向をレジスタンスに伝えとかねえと、あっちで勝手に事を起こすだろうからな」
「了解した。しかし、どうやって向こうに?」
「ハッ、俺だって元魔女なんだぜ? 向こうに渡るための、極小規模な世界再構築不全を起こしゃあいいんだよ」
ジェディンの問いに答え、早速談話室を出ようとするローグ。クルヴァたちが帰り、鏡は元の扉に戻っている。
流石に基地の中でやるわけにはいかないので、イレーナとジェディンに基地の屋上へ行くよう促す。どうせなら、山頂の方が気分が盛り上がるとのことだった。
「そちらは任せましたよ、ローグ。イレーナ、イゼルヴィアではしゃいじゃダメですよ? 何があるか分かりませんから」
「もっちろん! 向こうの世界の観光は、やること全部終わらせてからにするっす!」
「あら、いいわねそれ。全部終わったら、私もフィルくんとイゼルヴィアデートを」
「だぁぁもう、さっそと行くぞ! そっちこそ、あのガキを侮るなよ。プライドを粉々にされた魔女は、タガが外れてとんでもねえことをしでかすからな」
目の前でイチャイチャするアンネローゼとフィルに釘を刺した後、ローグは仲間を連れ談話室を後にした。数分後、彼らは双子大地へと向かう準備をする。
「しっかり俺に掴まっとけ、二人とも。もし世界再構築不全が終わるまでに手ぇ離したら、そのままミンチになるぜ」
「わ、分かったっす! 両手でしっかり掴んでおくっすよ!」
「あまりイレーナを脅すな、ローグ。勢い余って腕の骨あたりを砕かれても知らんぞ」
「おめぇこそ怖ぇこと言うなや! まあいい、さっさと戻るぞ!」
イレーナとジェディンに腕を掴ませ、ローグは足下に魔法陣を描く。三人がすっぽり入る大きさの魔法陣から魔力が溢れ、空間が歪む。
人為的に世界再構築不全を引き起こし、三人はカルゥ=イゼルヴィアへと足を踏み入れた。一方、テルフェの方はというと……。
「クッソ……! あのアマ、よくもテルフェちゃんをあんな目に合わせてくれたな……! うう、お尻痛い……めっちゃスースーするぅ……」
人里離れた岩山へテレポートしたテルフェは、一人怒りと痛みと羞恥心に悶えていた。まさかのお尻ぺんぺんにより、彼女のプライドはズタボロだ。
おまけに、両手の指とパンツまで失ったとあってはおめおめと逃げ帰るわけにもいかない。仕返ししなければ気が済まないと、テルフェは歯ぎしりする。
「指は魔法で生やせばいいとして……パンツは……もういいや。逆に履いてない方が気分いいし。とりあえずは……ごはん!」
謎の趣向に目覚めつつ、テルフェは岩山を練り歩く。ひとまず食べられそうなものを確保し、腹を満たすことにしたのだ。
「……それにしても、なーんか頭の片隅に引っ掛かるなぁ。何か大切なことを忘れてるような……うーん……ま、思い出せないってことはたいしたもんじゃないってことだね。うん」
ベルティレムに記憶を消された、ということすらも忘れてしまったテルフェは呑気にそう呟く。指を再生させた後、山を降っていった。
◇─────────────────────◇
「よっと、到着。ここがカルゥ=イゼルヴィアだ。ようこそ……っておい、イレーナ? 大丈夫か?」
「……無理。吐きそ……」
「ぁぁぁぁ待て待て待て! ここで吐くな、あっちでゲロってこい!」
「……! ……!!!」
無事戻れた……と言いたいところだが、世界を渡るのに慣れていないイレーナが渡り酔いしてしまったようだ。顔を真っ青にして、口を押さえている。
幸い、戻ってきたのは人気のない路地裏。ローグに教えられた脇道へ駆け込み、イレーナはそこで穢れを解き放った。
「……うおぇぇぇぇぇぇ!!!」
「おーおー、ハデにやってんな。昔を思い出すぜ、ルーキー魔女たちも……って、お前は平気そうだなジェディン」
「ああ。俺は元から復讐のためにあちこちの大地を渡り歩いてたからな。次元ドライブには慣れてるんだ」
「へぇ、意外なもんだ。おい、大丈夫かイレーナ」
「あいー……なんとか大丈夫っす。いっぱい吐いてスッキリしたっすから」
イレーナとは対照的に、ジェディンはケロッとしていた。リバースし終えたイレーナが戻ってきたので、三人は早速移動を開始する。
路地裏を出て、表の通りに出ると……そこには、目を覆いたくなるような光景が広がっていた。物乞いたちが座り込み、虚ろな目を虚空に向けている。
「かねぇ……金を恵んでくれぇ……」
「お願いします……誰か、この子のためにミルクを買うお金を……」
「はらへった……もうしにそうだ……」
ボロを纏った物乞いたちは、誰に言うでもなく繰り返し呟く。中には、痩せこけた赤子を抱く女性もいた。
「……酷い光景だ。この世界ではこれが普通なのか?」
「少なくとも、この地区じゃそうだ。ソサエティは貧民を救わねぇ。臭いものには蓋をして、存在をなかったことにするのが魔女のやり方なのさ」
「そんな……許せないっす! アタイ、少しはお金持ってるっす。だから」
「やめとけ。そもそも、オルセナの金はこっちじゃ使えねえよ。それに、あいつら全員に配れるほど持ち合わせがあるわけじゃねえだろ?」
「それは……そうっすけど……」
「いいか、イレーナ。あいつらを救うのはお前たちじゃねえ。この俺怪盗ヴァルツァイト・ローグの仕事だ。今もほら、始まるぜ。愉快な光景が」
自分のお小遣いを渡し、せめて一人くらいは助けようとするイレーナ。が、ローグに諫められしゅんとしてしまう。
その直後、通りの向こうから足音が聞こえてくる。ローグに手招きされ、ジェディンたちは路地裏に隠れて顔だけを出す。
「なんだ? あれは……もう一人ローグがいるのか?」
「へっ、ありゃ俺が魔法で作り出した分身……『魔魂転写体』さ。怪盗は一人だけじゃねえ……っていうか、一人じゃ救える貧民の数なんてたかが知れてるからな」
「おわあ、凄いっす。あんなにお金をバラ撒いて……」
ローグの分身が、建物の屋根を渡ってやって来たのだ。彼の陽気な声に、物乞いたちは一斉に顔を輝かせ、生きる気力を取り戻す。
「ハッハハハ! 天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ! 怪盗ローグ参上だ!」
「キャー! ローグさま……ゲッホゲッホ!」
「おう、無理はすんな。今日は金と一緒に食料も盗んできた。チンケな小悪党が溜め込んでたモンだ、遠慮なく受け取って食え食え!」
「おおお、ありがとうございます……ありがとうございます……!」
「よかった、これで坊やが生きられます……!」
「ちゃんと赤ん坊用の粉ミルクも盗んできた。子どもや赤ん坊が先だ、ちゃんと並べよ!」
物乞いたちが行列を作る中、本物のローグたちはそっと路地裏に顔を引っ込める。何か言いたそうなジェディンに、ローグは機先を制して声をかけた。
「わあってる、こういう対症療法だけじゃダメって言いたいんだろ?」
「そうだ。彼らが真っ当に働き、賃金や食料を得て自力で生きられるようにするべきなのではないか?」
「それが出来りゃ苦労しねぇよ。ああいう物乞いは、生まれつき魔力が乏しいんだ。だから、そもそも働きたくても仕事がねえんだよ」
「……なんだか、シショーが故郷でされてた差別を思い出すっす。どの世界でも、こんな酷い格差があるんすね……」
「おまけに、ソサエティが上から押さえつけてんだよ。貧民たちが真っ当に生きられねえように。ま、上流階級が優越感を得るためってくだらねぇ理由さ」
ジェディンたちにそう語り、ローグはやるせない表情を浮かべる。改革を成しても、こうして退化してしまうのでは意味がない。彼はそう呟いた。
「だから、今のソサエティは滅ぼさねえといけねぇ。これ以上、この世界を汚れたままにしたくねえのさ」
「……そうだな。こうしてこの目で見た以上、見過ごすことは出来ない。オルセナを救うついでに、この大地にいる恵まれぬ者たちも救おうじゃないか。な、イレーナ」
「うっす! アタイ、こういうの許せない! だから、ローグやレジスタンスに全面協力するっすよ!」
「ありがとよ。じゃ、そろそろ行くぜ。レジスタンスのアジトにな」
ジェディンたちの言葉に元気を取り戻し、ローグは彼らを路地裏の奥に連れて行く。シゼルと合流し、ソサエティを打ち倒すため……。
彼らは闇の中を進んでいく。




