161話─圧滅の魔女テルフェ
「っがぁ! ふう、やっと動けるようになった。やーな毒、もう」
「ほー、俺の痺れダーツを食らって五分もかからず解毒しやがったか。お前、体内に解毒の術式を仕込んでるな?」
「だったらな……あ! お前、ソサエティで噂の怪盗だな! 何でここにいるのか知らないけど、超ラッキー。お前を殺したら、テルフェちゃんの発言力激上がりじゃん!」
五分とかからず麻痺毒を除去したテルフェは、ローグを見ながらニヤリと笑う。一方、会話からハブられたアンネローゼは不満げだ。
バルキリースーツの出力を上げ、槍を呼び出しつつテルフェに向かって飛びかかる。
「ちょっと! 人を無視しないでくれる!?」
「あ、いたんだ。うるさいなぁ、お前みたいな弱そうなのに興味ないの。プレッサーウォレイ!」
ローグにしか関心のないテルフェは、重圧魔法を使いサクッとアンネローゼを始末しようとする。が、伊達に修羅場を潜ってはいない。
空気の振動から、不可視の攻撃を見切ったアンネローゼは翼を広げ飛翔する。楽々攻撃を避け、急降下して反撃を叩き込む。
「そんなもん当たらないっての! シャトルストライク!」
「! へぇ、テルフェちゃんの攻撃避けられるんだ。マルカから聞いたのと全然違うね。クソザコナメクジだって聞いてたのに」
「……だぁ~れがクソザコですって!? あったまきた、ぶっ殺してやる! 武装展開、エアーリッパー!」
「ちょ、俺まで巻き添えにする気か! ったく、最近の若者はすぐキレるな」
テルフェは宙に浮き上がり、ふわふわした挙動で攻撃を避ける。ついでにアンネローゼを挑発しつつ、魔力を練り上げていく。
おもいっきりコケにされたアンネローゼは即座にブチ切れ、全身から風の刃を放つ。全方位への無差別攻撃に巻き込まれ、ローグは愚痴を漏らす。
「ふーん、そんな小細工無意味だってのに。コンプレス・ディフェンス!」
「げっ、風が消えた!? キーッ! ムカつくー!」
「気ぃ付けろ、そいつは『圧滅』の魔女……あらゆるものを圧縮して消滅させる魔法の使い手だ!」
「そこ、うるさいよ! プレッサーウォレイ!」
「うおっ、あぶね!」
風の刃はテルフェに当たることなく、直撃寸前で消されてしまう。驚くアンネローゼに、ローグがそう警告をする。
それが気に障ったようで、テルフェは不機嫌そうな顔をしながら地上にいるローグに向かって魔法を放ち攻撃を行う。
「さてさて、こっからは俺も気合い入れねえとな。怪盗七つ道具、NO.2! ゴッチの跳ね金貨!」
「んー、どっちからぶっころ……ん? なーにこの音……あ、金貨じゃーん!」
「今だアンネローゼ、槍をぶっ刺してやれ!」
「おっけー、任せなさーい!」
懐から目を瞑った天使の横顔が彫られた金貨を取り出し、真上に弾くローグ。よく響く小気味よい金属音が、テルフェの注意を引く。
相手の注意がコインに向いた隙に、アンネローゼに攻撃を行わせるローグ。まんまと策にかかったテルフェの背中目がけて、槍が突き出される。
「あ、しまっ……」
「食らいなさい! ホロウストラッシュ!」
「そうは……いかないってんだよ!」
あと少しでテルフェの胴を貫く、というところで相手が振り向いた。手が傷付くのも構わず、槍の穂先を握り攻撃を食い止めたのだ。
「よし、いいぞ! そのまま相手を抑え込め! その間に仕込みを終わらせる! 五分ほど時間を稼げアンネローゼ!」
「フン、それくらい楽勝よ! カンパニー相手に散々戦ってきてんのよ、こっちは。こんなガキんちょ一人抑え込むくらい、余裕なのよ!」
「ぐううう、誰がガキんちょですって!? テルフェちゃんはね、立派な上級魔女なんだから! ソサエティで発行されてる『欲望のライセンス』だって持ってるんだよ!」
魔法ならテルフェが上だが、素の身体能力や戦闘のセンスはアンネローゼの方が上を行っていた。押し込まれる槍を押さえるのに精一杯で、テルフェは負け惜しみを言うことしか出来ない。
「なによそれ。そんなもん、何の自慢になるわけ?」
「なるよ。欲望のライセンスを持ってればね、何をしても許されるの。町を歩いてる時に、目の前を横切った奴をぶっ殺しても咎められないんだよ!」
「……! おいおい、嘘だろ? ソサエティの奴ら、まだそんなイカレたもん発行してんのかよ。チッ、変わってねぇな。俺が居た頃から何も」
テルフェを仕留めるための準備をしていたローグは、彼女の言葉に驚愕する。とうの昔に葬り去られたと思っていた負の遺産に、彼は舌打ちした。
「アンタ……まさか、本当にそんなことやってるわけ? いくら世界を束ねる組織のトップだからって、そんな無法がまかり通るわけないでしょ!」
「しつこいな、通るんだよ。少なくとも、テルフェちゃんが管理してる地区はね。そこじゃあね、みんなエゴを剥き出しにして楽しく暮らしてるよ? 倫理だとか道徳だとか、そんなくだらないものから解放されてね」
「……なるほど。よーく分かったわ。フィルくんと同じくらいの歳に見えるから、多少ボコボコにするだけで許してあげようと思ってたけど。アンタみたいな『害獣』は、生かしちゃおけない!」
テルフェの中に、倫理観というものが存在しないことを嫌というほど思い知らされたアンネローゼ。幼い少女ということもあり、情けをかけるつもりだったが。
吐き気を催すような邪悪な笑みを浮かべる彼女を見て、そうした情けを一切与えないことを決めた。ローグと協力し、殺す。そう決断してからは速かった。
「ふーん、何が出来るの? あたしたち七栄冠の中でも、下の方の実力なマルカに負けるような雑魚にさ」
「出来るわよ? まずは……アンタの指を全部斬り落とす! フェザーミキサー!」
「は? え、ぎゃあああああ!!」
劣勢に追い込まれているというのに、アンネローゼを舐めてかかるテルフェ。その報いを、早速受けることになった。
穂先を掴む指が、風の刃によって全て根元から両断される。くっつけて治せないよう、粉微塵にする徹底ぶりだ。
「ぐ、あああ! よくも……よくもテルフェちゃんにこんなことしたな!」
「っさい! さっきから傲慢にも程があんのよアンタは! これはもう、本格的にお仕置きしないといけないわね!」
「うるさい、死……おぶっ!」
喚き散らすテルフェのみぞおちに膝蹴りを叩き込み、強制的に黙らせるアンネローゼ。彼女の首根っこをひっ掴み、うつ伏せにして自身の膝に乗せる。
ドレスの尻をぺろんとめくり、パンツを引き千切って捨てるアンネローゼ。悪いことをした子どもへの定番のお仕置き、お尻ぺんぺんを執行するつもりだ。
「ちょっと、離しなさいよ! こんなことしてタダで済むとおも」
「最初に言っておくわよ。……もう二度と、椅子に座れない身体にしてあげるから覚悟しなさい。いくわよ、オラァッ!」
アンネローゼと密着しているため、迂闊に圧滅魔法を使えば自分ごと潰れてしまう。かといって、指の無くなった手ではロクに抵抗出来ない。
八方ふさがりなテルフェの尻に、アンネローゼ怒りの平手打ちが叩き込まれる。空の果てまでよく響く、乾いた殴打音が鳴り響いた。
「オラッ! オラッ! 反省しろこのクソガキ! もう二度と生意気な態度出来ないようにバッキバキに尊厳へし折ってやるから覚悟しなさい!」
「ひぎっ! あぐっ! うぎあっ! や、やめ……お尻、おしり壊れる……あぎゃあああ!」
「……さてはこれ、俺の出番ねぇな? ま、いいや。イゼルヴィアに戻った時にスラムの連中に見せてやるか。あいつの無様な姿を」
予想外の展開に、ローグは唖然とする。少しして気を取り直し、懐から映像を記録する機能がある魔法の水晶を取り出す。
それを上に向け、尻をぶっ叩かれるテルフェの録画を始めた。ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら。