160話─探求と来訪者
「随分ホコリっぽいところね、ここ。掃除してないの?」
「あえてそうしているだけです。その方が、不穏な雰囲気が出て侵入者を躊躇させられますから」
「な、なるほど。……あ、もしかしてこの本が……」
ヴォルパールに先導されながら、フィルとアンネローゼは禁書保管庫を進む。しばらくして、三人は目的の禁書……カルゥ=オルセナの秘密が記された本を見つけた。
「ええ、これです。どうぞ、あちらに読書用のスペースがあります。今からきっかり十分だけ、閲覧を許可します。時間になったら強制的に取り上げるので、それまでに必要な情報を探し出してください」
「はあ!? みっじか、あり得ない! ……って言ってる場合じゃないわね、急ぐわよフィルくん!」
「はい!」
本を受け取った二人は、慌てて駆け出す。読書スペースにて、急いで目的の情報を探す……が、中々の厚さがあるため一筋縄ではいかない。
情報量が膨大過ぎて、中々目当てのページが見つからないのだ。五分が過ぎ、二人の中に焦りが広がっていく中……ようやく、彼らは見つけた。
「あった、ようやく見つけたわよ!」
「えっと、なになに……『突如現れし脅威、ミカボシを封じるため二つのカルゥより封印の使命を果たすための一族がそれぞれ選ばれた』……」
「そこはいいわ、早く探し方を!」
「あ、はい! えっと、『御子の一族は外敵より身を隠すため、鏡の世界を創造し移り住んだ。彼らに会いたくば、新月の夜に六枚の合わせ鏡を』……」
「はい、そこまで。残念ながらお時間です。では回収させていただきますね」
ようやく核心に迫る情報を掴んだ、その刹那。音もなく現れたヴォルパールに、禁書を取り上げられてしまった。
どうやら、時間切れになってしまったらしい。アンネローゼは抗議しようとするも、フィル共々問答無用で転送されてしまう。
「それでは、またのご利用を。あなた方のような英雄であれば、フォルネシア機構はいつでも門戸を開放してお待ちしていますよ」
「まだ読んでんでしょうがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
いけしゃあしゃあとそうのたまうヴォルパールに向かって、アンネローゼは怒りを叫びを放ちつつカルゥ=オルセナに送還されていった。
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「よっと、とうちゃーく。へー、ここがカルゥ=オルセナかぁ。原始的な世界だね、ぶっ壊しても面白くなさそう」
「まあ、ここは人里から遠く離れた場所だからね。町に行けば存分に暴れられるよ?」
その頃。ヴェリトン王国北西部にある大森林に、テルフェとベルティレムが姿を現していた。世界再構築不全を起こし、並行世界を渡ったのだ。
人どころか獣すらいない僻地に来たことに、テルフェは不満たらたらな様子。一方のベルティレムは、一人でさっさと歩き出す。
「ちょっと、どこ行くの? テルフェちゃんを置いてくつもり?」
「何を言ってるんだい? テルフェ。君はこの世界に、たった一人でやって来たんだろう?」
彼女を追いかけようとするテルフェ。すると、即座にベルティレムが振り返る。テルフェの顔に手をかざし、彼女の記憶を操り書き換えていく。
記憶の操作が完了した時には、すでにベルティレムの姿は消えていた。しばらくボーッとしていたテルフェは、ハッと我に返る。
「あれぇ? テルフェちゃんったら何やってんの。誰かいたような気がするけど……記憶違いだよね。今日は単独任務で来てるんだから。さ、頑張ってぶっ殺そーっと」
ベルティレムと共に来ていたということを忘れ、単独での任務だと思い込んでしまうテルフェ。
人里を目指し、移動を開始した彼女を……木の上からベルティレムが見つめていた。懐から取り出した、ヒモ付きの小ビンを握り締めながら。
「……これで、やっと計画を始められる。ミシェル、私の愛しい弟。お前の仇を、ようやく討てる……ソサエティを、カルゥ=イゼルヴィアを。滅ぼせる日がやっと……」
強い憎しみと、亡き弟への慈愛が込められた声で呟きながら、ベルティレムは小ビンにキスをする。ビンの中には、時を止める魔法を施された眼球が納められていた。
◇─────────────────────◇
その頃、フィルとアンネローゼは基地に強制送還されていた。ヴォルパールのやり方にキレ散らかすアンネローゼを、フィルが必死に宥める。
「ったく、ライブラリアンだか何だか知らないけどムカつくわねアイツ! 次に会ったら【ピー】を引き千切って【ピー】にブチ込んでやるわ!」
「どうどう、アンネ様落ち着いて……ほら、ぎゅーってしてあげますから。ね?」
「お、二人とも帰ったか。なんじゃ、えらく荒れておるな。何があったのじゃ?」
そこへ、ローグへの説教を終えたギアーズがやって来る。アンネローゼをなでなでして落ち着かせつつ、フィルはこれまでのことを話す。
「なるほど、手がかりは得られたが全容は把握出来ていない、と」
「ええ。ですが、概ねヒントは得られました。とにかく、次の新月の夜に合わせ鏡を六枚用意してみます。それで何とか、御子のいる鏡の世界にアクセス出来ればいいんですが」
談話室にてそんな話をしていた、その時。慌てた様子のローグが、扉を蹴破りながら姿を現した。尋常ではない焦りように、フィルは嫌な予感を抱く。
「おい、急いで支度しろ! とうとう現れやがったぜ、ルナ・ソサエティの最高幹部……月輪七栄冠がこの大地によ!」
「なんですって!? ……そうか、僕たちを始末しに追いかけてきたんですね?」
「十中八九そうだろうな。カルゥ=イゼルヴィアを探しても見つからねえとなれば、オルセナに逃げたってすぐ気付くだろうからよ」
「来たのはマルカかしら? もしそうなら、あの時の借りを早速返してやるわ!」
先日、手も足も出ずに痛めつけられたことを根に持っているアンネローゼはマルカへのリベンジに意欲を燃やす。
だが、非常に残念ながら今回現れた刺客はマルカではない。ローグは懐からミニサイズのカンテラを取り出し、フィルたちに見せる。
「いや、この『魔香炉』の反応からすると来てるのはマルカじゃねえ。もっとタチの悪いクズだ」
「え……い、一体誰が来てるんです?」
「最悪な野郎さ。『圧滅』の魔女テルフェ……ソサエティを牛耳る、過激派のボスの一人さ」
ローグがそう口にした直後、警報が鳴り響く。同時に、談話室につよいこころ三号が飛び込み襲撃の報を知らせる。
「報告シマス! ヴェリトン王国北西部ニアル町、バテノンニテ敵性反応ヲ確認!」
「やべぇな、急ぐぞ! ちんたらしてると町が一個消えることになるぜ!」
「分かりました、行きましょうアンネ様!」
「いや、お前は何かあった時のためにここに残れ。俺とアンネローゼで現場に向かう。いいな?」
現場に急行しようとするフィルだが、ローグに断られる。もしもの時の待機要員として残っていてほしいと言われたら、大人しく従うしかない。
「……不安ですね。でも、そこまで言うならローグにもきっと勝算があるんでしょう。アンネ様の足を引っ張らないでくださいね、いいですか?」
「大丈夫よ、もしそんなことになったらコイツを盾にして諸共始末してくるから」
「誰が足引っ張るかよ、俺ぁこのメンツの中で誰よりも詳しいんだぜ? これでも、『元』七栄冠の一角だったからな」
「はぁ!? なにそれ、初耳なんだけどその話!」
「そりゃそうだ、今言ったからな。とにかく急ぐぞ、テルフェは倫理観なんてまるでねぇケダモノだ。大惨事が起こる前に仕留めるぞ!」
とんでもない爆弾発言をしつつ、ローグはアンネローゼを引っ張って基地を後にする。残ったフィルは、ギアーズと共にイレーナたちれの連絡を行う。
「アンネ様、ついでにローグ。無事、戻ってきてくださいね」
大切な仲間の無事を祈りつつ、フィルは作業に入る。一方、テルフェが出現した町、バテノンでは凄惨な殺戮劇が繰り広げられていた。
「ほーらほら、しーねー☆ みーんな纏めて、押し潰してあげる!」
「ぐ、が……おごあっ!」
「ひいっ! な、なんだ……なんなんだあいつは!」
「一体なんだよ、あの少女は……カンパニーはもう、滅びたんじゃないのか?」
バテノンを守る騎士団が異変を察知し、一足先にテルフェと戦っていた、が。異界の魔女には手も足も出ず、一方的になぶり殺しにされていた。
圧倒的な強さに恐れおののく彼らに、テルフェは残虐な笑みを浮かべながら答える。自分は、もう一つの世界から来た魔女だと。
「カンパニーがなんだか知らないけどさ、あんたたちはここで死ぬの。このテルフェちゃんが! 一人残らずぶっ殺して……ん? 何か来る」
「そこまでよ、ルナ・ソサエティの魔女! ここからは私たちが相手をしてあげるわ!」
「おお、アンネローゼ様だ! ん? 隣にいるのは誰だ?」
「アンタたち、早く逃げなさい! コイツは一般人が勝てる相手じゃないわよ!」
そこに、長距離テレポートを使いアンネローゼとローグが現れる。ヒーローの到着に歓喜する騎士団を、アンネローゼは町に避難させた。
「アンネローゼ様、ご武運を!」
「逃がすと思う? 殺すって言ってんじゃん。プルトン……」
「おっと、させねえよ。怪盗七つ道具、NO.1! トーラスの痺れダーツ!」
が、それを黙って見送るテルフェではない。即座に騎士団を殺そうとするも、そこでローグが動いた。懐から取り出したダーツを、相手に投げ動きを封じる。
「うがあっ! なにこれ、身体が、痺れる……!」
「間一髪、ってとこか。さあて、悪い魔女にはお仕置きが必要だな。いくぞアンネローゼ、あいつを始末するぞ」
「言われなくても! アンタ、中々やるわね。ちょっとだけ見直したわよ」
正統派ヒーロー、アンネローゼ。そして、ダークヒーローたるローグ。二人の共闘が、始まろうとしていた。