159話─歴史を記す地へ
「フォルネシア機構……へぇ、そんなのがあるんだ?」
「うむ。本来、大地の民は自力でグラン=ファルダに到達した者でなければ入る資格を得られぬのじゃが……おぬしらはわしの友人としてフリーパスになる」
「それはありがたいですね、では早速行きましょうよコリンさん!」
何の手がかりもない状態では、前に進めない。わらにもすがる思いで、フィルはコリンに頼み込む。
「よいぞ、戦後処理もひと段落ついて多少暇はあるでな。……そうか、よく考えればおぬしらはこれが初めてのリオたち以外の神との接触になるのか」
「そういえばそうね。でも、それが何かあるわけ?」
「……気を付けておけ。リオたちはともかく、主軸たる創世六神に気安い態度は取らぬ方がよいぞ。逆鱗に触れれば、最悪その場で消されるでな」
「な、なるほど。肝に銘じておきます」
コリンの忠告を受け、フィルは冷や汗を流しつつ頷く。考えてみれば、フィルたちは神々のことを何も知らない。
だからこそ、気を付けなければならないのだ。絶対者の機嫌など、風の如くすぐに変わってしまうのだから。
「では行くぞ、二人ともわしの肩に掴まっておれ。むうう……はあっ!」
二人に肩を掴ませた後、コリンは杖を呼び出し天高く掲げる。魔力を解き放つと、足下に白と黒の輝きを放つ六芒星の魔法陣が現れた。
魔法陣が輝き、三人の姿が消える。あまりのまばゆさに、目を閉じるフィルとアンネローゼ。少しして、二人が目を開けると……。
「着いたぞよ。ここがフォルネシア機構じゃ」
「うわ、凄い……なにあの塔、どこまで伸びてるのかしら」
三人は、雲海の上に浮かぶ小さな島の上にいた。島からは光の階段が伸び、遙か先に続いている。その向こうには、天高くそびえる塔が立つ島があった。
「あの塔がフォルネシア機構じゃ。今ある、そしてかつて存在した全ての大地の歴史を記録し、永遠に保管する場所なのじゃよ」
「……改めて見ると、凄いですね。スケールが大きすぎて……ちょっと飲み込めないです」
「ほっほっ、そりゃそうじゃ。単なる大地の民には、理解の範疇を超える存在よ。さて、さっさと入ろうぞ。ああ、そうじゃアンネローゼ。塔の中は中立地帯、わしの同族がいてもおイタはご法度じゃぞ」
「失礼ね、しないわよおイタなんて!」
コリンに釘を刺され、アンネローゼは憤慨する。そわな彼女をを見てケラケラ笑った後、コリンは二人を連れ光の階段を登っていく。
フィルたちも後を追いかけ、一歩登った次の瞬間。気付けば、塔の正門前に立っていた。
「え、は? え!? な、なんで? さっき登り始めたばっかりなのに!」
「ふん、あんな距離バカ正直に登っておったら膝がイカレてしまうわ。機構への悪意を持たぬ者は、こうして瞬間移動で送られるのじゃ」
「なるほど。ちなみに、悪意があった場合はどうなるんです?」
「進めず戻れず、無限ループに閉じ込められる。無理矢理脱出出来るだけの力が無ければ、あの階段の上で一生を終えるぞよ」
そう言われ、フィルは背筋が凍る。あんな場所で一生を終えるなど、まっぴらごめんだ。が、ここまで来られた以上はもう問題ない。
「失礼する。このコーネリアス様が遊びに来てやったぞよ!」
「おお、これはこれは。お久しぶりですね、コーネリアス王。相変わらずアポ無しで……おや? 後ろに居られるのは大地の民ですか?」
「ん、久しいなヴォルパール・K。うむ、こやつらはわしの友じゃ。身元は保証するゆえ、中に入れてもらえぬか?」
「であれば喜んで。ようこそお客人、悠久の知が集う書庫へ。私はヴォルパール・K。この地を管理する上級観察記録官の一人です。以後お見知りおきを」
中に入ると、広大な部屋が三人を出迎える。所狭しと並び立つ本棚が奥まで続き、全容が見えない。入り口近くの本棚を整理していた、青い法衣を着た男が声をかけてくる。
「あ、よろしくお願いします。僕はフィルと申します」
「知っていますよ、あなたのことは。現存する『旧』ウォーカーの一族、その最後の四人のうちの一人だとね」
「! し、知っているんですか!?」
「当然ですよ。あなたの住むカルゥ=オルセナにも、機構から派遣された観察記録官が駐在して歴史を記録していますからね」
フィルが名を名乗ると、ヴォルパールはそう答える。彼の出自や来歴、それどころかオルセナの歴史全てを把握しているようだ。
「ふーん……じゃあ、何で手助けとかしてくれなかったわけ? アンタら、神様の仲間なんでしょ?」
「我々の任務は、大地の歴史の記録と管理。それ以上の干渉は、あらぬ歴史の捻れを生み出しかねないため禁じられているのですよ。……千年と少し前、たった一人だけその禁を破った者もいましたがね」
「その人は……どうなったんですか?」
「掟を破った罰として、転生の刑に処せられました。……まあ、ここらで無益な話はやめておきましょうか。何か用があって来たのでしょう? 本題を話しなさい」
アンネローゼは、ふと感じた疑問をぶつける。が、ヴォルパールは素っ気ない態度で答え、それ以上の質問も反論も許さなかった。
釈然としないモノを抱えつつ、アンネローゼは押し黙る。ここで問題を起こせば、最悪の場合処分されてしまう。それだけは避けねばならない。
「実は……僕たち、『封印の御子』についての情報を探しているんです。ここなら手がかりがあるかもしれないと、コリンさんにアドバイスされまして」
「ふむ……すでにミカボシや双子大地のことも知っているようですし問題はありませんね。いいでしょう、ついてきなさい。禁書保管庫に案内しますから」
フィルから機構を訪れた理由を聞かされ、ヴォルパールはそう答える。彼に案内され、フィルとアンネローゼは先に進む、が。
「あれ? コリンは来ないの?」
「うむ、ここから先はぬしらの仕事。わしは必要以上に深入りせんよ。もう、並行世界の案件はコリゴリじゃからな」
「そうですか……分かりました。ここまで案内してくれて、ありがとうございます」
「帰りはヴォルパールに送ってもらえ。ではの、二人とも。ゆっくりしてゆけ」
コリンは同行せず、ここでお別れとなった。とりあえず、二人はお礼を言ってからヴォルパールを追いかける。
大広間の奥にあるエレベーターに乗り込み、上の階へと向かう。目的のフロアに到着するまでの間、気まずい沈黙が場を包む。
(うう……き、気まずいなぁ。さっきの質問で、アンネ様むくれちゃったみたいだし……どうしよう、なんとか空気を和らげないと……)
そう考えるフィルだが、何も案が浮かばない。しかし、幸いにもすぐに目的のフロア……禁書保管庫にたどり着いた。
「着きましたよ。ここは神々の怒りに触れて滅びた大地や、おおやけに知られてはならない大地の秘密を封じてある場所です」
「なんだか、物々しい雰囲気に包まれていますね……」
「入った者に対する威圧の魔法をかけていますからね、じき慣れます。……では、こちらへ。くれぐれも、目的以外の記録書にはお触れにならぬよう。万が一中に目を通した場合、機密保持のためにこの場で始末しますのでご理解を」
「し、始末ですか!? ……分かりました、気を付けます。ね、アンネ様?」
「そうね、流石に死にたくはないし……」
物騒な警告を受け、フィルたちは冷や汗を流しながら頷く。ヴォルパールの表情は笑っていたが、目だけは笑っていなかった。
彼に案内され、二人は薄暗い通路を進む。封印の御子と出会うための情報を求める旅も、もうすぐ終わろうとしていた。




