158話─敵も味方も動き出す
次の日、シゼルは一旦カルゥ=イゼルヴィアに帰ることになった。オルセナ側に協力者を得たこと、今後の方針についての提言をするためレジスタンスのアジトに戻るのだ。
「ありがとうね、泊めてもらって。快適だったわ、この基地」
「それはよかった。しかし、一人で大丈夫かい? フィルやアンネローゼを付けた方がいいのではないかのう?」
「大丈夫、レジスタンスのアジトに直接戻るから。……ところで、ローグは?」
「あやつはもう少しこっちにいると言っておった。奴め、快適さに味を占めおったわ」
フィルたちは情報収集に出かけているため、一人残ったギアーズが見送りを行う。……厳密にはローグもいるのだが、昼間から酒を飲んで寝ていた。
人間のクズである。
「そう、マイペースな人ね彼は。……アレを捕まえられないって、ソサエティって結構むの」
「やめておけ、おぬしがそれを言うたらいろいろまずかろう?」
「……それもそうね。早ければ四日後くらいにはこっちに戻れるわ。それまで、御子の捜索をお願いね」
「うむ、任せておけ。つよいこころ軍団を総動員して探し出してみせるわい」
言葉を交わした後、シゼルは基地の外に出る。そして、魔法を用いて極小規模な世界再構築不全を引き起こし、元いた世界に帰っていった。
一人残ったギアーズは、封印の御子の捜索に加わる……前に、グースカ惰眠を貪っているローグを叩き起こしに向かうのだった。
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「フンッ! ハッ! フッ、トゥッ!」
一方、ルナ・ソサエティ本部の四階……通称『異端審問フロア』にある一室では、捕らえられたシゼルの仲間が暴行を受けていた。
サンドバッグに詰め込まれ、半裸の巨漢に殴打されている。悲鳴をあげるだけの気力もないようで、弱々しい呻き声だけが聞こえてくる。
部屋の隅っこには、椅子に座った少女が眠そうな目をしながら様子を見守っていた。脇腹を大きく露出したドレスをいじりながら、巨漢に問う。
「……しぶといね。まだ喋らないんだ? こいつ」
「は、はい。どれだけ殴っても、レジスタンスの情報は教えないの一点張りでして……」
「……そう。使えないね、お前。もういいや……死ね」
「!? お、お待ちください! 必ず、必ず情報を吐かせぎゃぶっ!」
役に立たないと判断した少女は、魔法を使い巨漢を押し潰してしまった。ぐちゃぐちゃの肉塊を魔法で消し去り、少女は立ち上がる。
サンドバッグを破り、中に押し込められていたルルゥの髪を掴んで外に引きずり出した。
「う、うう……」
「もう面倒だからさ……死んでいいよ? 『圧滅』の魔女テルフェちゃんが殺してあげるから」
「……やり、なさいよ。私は、死ぬのは怖くない。仲間を裏切るくらいなら……わたあがっ!?」
テルフェと名乗った少女は、ルルゥの言葉を遮り見えないオモリで相手の両脚を押し潰した。凄まじい痛みに、ルルゥは過呼吸を引き起こす。
「あ、が、カハッ」
「……そういうの、凄いムカツク。絆、とか……忠誠とかさ。バカみたいじゃん、そんなもののために死ぬなんて。人はさ、自分の欲望にだけ従ってればそれでいいんだよ」
「ち、がう。そんなのは……間違ってるわ」
「? なんで? 結局、誰も彼も一皮剥けばエゴの塊なんだよ? だったら、開き直ってエゴ丸出しで生きれば楽しいじゃん? ねっ!」
重傷を負いながらも反論するルルゥの脇腹に、容赦なく蹴りを入れるテルフェ。ルルゥは呻き声をあげながらも、必死に耐える。
まだ、ペルティエやシゼルは捕まっていないはず。必ず、レジスタンスを連れて助けに来てくれる……そう信じていた。
「あ、その顔。……仲間が来てくれると思った? ぷぷっ、ざんねん。一人はもう死んでるよ? ほら」
「!? な、なによそれ……まさか、目玉?」
が、そんなルルゥの胸にテルフェはあるものを落とす。それは……まだみずみずしい眼球だった。
「そそ。ペなんとかって魔女をさ、生きたまま解剖してあげたの。テルフェちゃんの仲間がね。あ、その時の様子撮影してあるんだけど、見る? チョー面白いよ、ずっと泣き喚いてんの」
「く、狂ってる……あなた、狂ってるわ……」
フィルとそう歳の離れていないだろう幼い少女は、残虐な笑みを浮かべる。そんなテルフェを見て、ルルゥは痛感した。
ルナ・ソサエティ最高幹部、月輪七栄冠の中でテルフェがなぜ『最狂の魔女』と呼ばれ、恐れられているかを。
「喋んないんだよね? じゃあ、あんたもグーディちゃんに頼んでバラしてもらおっか? そしたら、テルフェちゃんのお部屋に飾ってあげるよ。あんたの……」
(……ああ、もうダメね。私はもう助からない。シゼル、ごめんね……もっと、あなたとお喋りしたかった……さようなら)
「……あ!? しまった、舌噛み切っちゃった。ちょっと遊びすぎたかも……しっぱいしっぱい」
もう、どう足掻いても自分は助からない。そう悟ったルルゥは、せめて最小限の痛みで死のうと自ら舌を噛み切った。
結局情報を吐かせられなかったテルフェは、怒りをあらわにしてルルゥの頭を踏んづける。何度も何度も、原型がなくなるまで執拗に。
「このっ、このっ! クズの分際で、よくもテルフェちゃんを出し抜いてくれたな!」
「おやおや、珍しく荒れているね。ま、そんなテルフェも可愛いけど」
「あ、ベルティレムちゃん。どしたの、例の来訪者の捜索に行ったんじゃ?」
「ああ、大地じゅうくまなく探したんだけど見つからなくてね。これはたぶん、オルセナに逃げたと判断して戻ってきたんだよ」
返り血を浴びて全身真っ赤に染まったテルフェに、背後から声がかけられる。振り向くと、フィルたちの捜索に出たはずのベルティレムがいた。
「へえ、そうなんだ。あ、ってことは」
「そう、お誘いに来たのさ。いずれ来る基底時間軸世界への侵略に向けた、デモンストレーションのね。当然、行くだろう?」
「もちろん! えへへ、楽しみだなー。向こうの世界の連中、どんな悲鳴をあげるのかな」
ベルティレムの誘いに乗り、ニッコリと笑うテルフェ。ルナ・ソサエティに巣食う過激派、その二大巨頭たる二人の魔女が……カルゥ=オルセナに牙を剥く。
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「んー、封印の御子を探すと大見得切ったはいいものの……どこをどう探せばいいのか、まるで見当がつかないですね」
「そうね、普通に聞き込みしたって意味ないし。どうしたものかしらね、ホント」
一方、封印の御子の情報を集めに出かけたフィルとアンネローゼは早速手詰まりになっていた。何しろ、一切情報がないのだ。
砂漠に落とした針を探すよりも困難極まりない、とんでもなく大変な仕事だ。町外れの森の中で休憩しつつ悩んでいると……。
「ほっほっ、久しぶりじゃの。フィルにアンネローゼ。息災なようでなによりじゃ」
「あ、コリンさん! お久しぶりです、お元気でしたか?」
「うむ、こちらは変わりなくやっておるよ。カンパニーの戦後処理で忙しいがの」
彼らのすぐ近くに木製の扉が現れ、そこからコリンがひょっこり顔を出す。ヴァルツァイトとの決戦から日数が経ち、様子を身に来てくれたようだ。
「あ、ねえフィルくん。コリンに聞いてみたらどうかしら? 何かアドバイスがもらえるかも」
「ぬ? なんじゃ、わしでよければ相談に乗るぞ」
「ありがとうございます、実はですね……」
アンネローゼに促され、フィルはこれまでのことをコリンに話す。話を聞き終えたコリンは、ふーむと呟き考え込む。
「なーるほど、話は分かった。……なれば、調べ物をするのにちょうどいい場所がある。そこに連れて行ってやろう。そこになら、何か情報があるやもしれん」
「え、本当ですか! ありがとうございます!」
「やったね、フィルくん。ところで、そこはなんて場所なのかしら?」
「ふふ、聞いて驚け。今からおぬしらを連れて行くのは……神々が管理する、全ての大地の歴史が保管されておる大図書館……『フォルネシア機構』じゃよ」
コリンの導きにより、フィルたちは封印の御子に少しずつ近づきつつあった。




