155話─推参! 怪盗ヴァルツァイト・ローグ!
「交戦は避けられない、ってわけね。なら……この命に代えても、姪たちを守ってみせる!」
「へぇ、吠えるじゃねえか。いいトコ、下の上レベルのお前がアタシに勝てるわけねえだろ!」
「二人とも、行きなさい! 彼女は私が食い止めるから!」
「やってみろや! ボルテクスアッパー!」
マルカとシゼルの戦いが始まった。雷を纏う拳と、シゼルの呼び出した杖がぶつかり合う。叔母を心配するアンネローゼだが、ドライバーがない以上何も出来ない。
「叔母様……くっ、行くわよフィルくん! 部屋の奥に置いてあるダイナモドライバーを取り戻すの! そしたら叔母様に加勢するわよ!」
「はい! 急ぎましょう、アンネ様!」
「行かせるかよ、二人ともおねんねしてろ! スパークリングウィップ!」
シゼルがマルカを押さえ込んでいる間に、ダイナモドライバーを回収しようとするフィルたち。が、シゼルを一蹴したマルカが追いすがる。
電撃のムチを伸ばし、フィルの首に巻き付けた。そのままキツく締め上げ、窒息させようとしてくる。
「う、ぐっ!」
「フィルくん!」
「さあ、選びなアンネローゼ。可愛い彼氏を助けるか、それともそこのベルトを取るのを優先するかをなぁ!」
「くっ、アンタ……!」
「まだよ、マルカ……私は戦える!」
フィルの命か、ドライバーか。二択を迫られるアンネローゼはマルカを睨む。その時、吹き飛ばされたシゼルが立ち上がった。
マルカの背中にドロップキックを叩き込み、ムチから手を離させる。不意を突かれたマルカは、即座に立ち上がり後ろを向く。
「ほー、もう立てるのか。ちっとばかし、シゲキが足りなかったみてぇだな!」
「ふっ、あの程度じゃ気絶もしないわ。来なさい、今度はそう簡単にやられないわよ!」
「フン、前も後ろも大忙しってわけか。なら、纏めて相手してやるよ! いくぜ、ウィッチクラフト……雷迅豪轟掌!」
シゼルの撃破と、アンネローゼたちのドライバー回収の阻止。両方を同時に行うため、マルカは切り札を一つ使う。
両手足に三つずつ魔法陣が現れ、電撃の力を与える。直後、目にもとまらぬ速度で部屋の中を動き回り、連続での殴打と蹴りを放つ。
「! 動きが見え……うぐっ!」
「アンネ様、危ない! うあっ!」
「フィルく……きゃあっ!」
稲妻の如き破壊力を持つ裏拳が、回し蹴りが、アッパーが……フィルたちに襲いかかる。たった十秒で、三人は打ちのめされ戦闘不能にされてしまう。
「ふー、ようやくおとなしくなったな。これで……ん、なんだよ、んなタイミングで連絡か」
追撃を放ち、フィルたちを気絶させようとするマルカ。すると、懐に入れていた連絡用のタブレットが震えはじめた。
あと少し、というところでの連絡に舌打ちしつつ、マルカはタブレットを耳に当てる。シゼルの仲間の鎮圧が終わったのだろう、と思っていたが……。
「もしもし、こちらマル」
『眠れ。睡眠電波!』
「!? しまった、敵の……罠、かよ……」
タブレットから放たれた電波の直撃を食らい、強い睡魔に襲われるマルカ。抗うことが出来ず、ふらふらと後ずさり倒れ込む。
そのまま眠ってしまい、大イビキをかきながら爆睡する。アンネローゼたちは立ち上がり、痛みに顔をしかめた。
「う、いたた……私たち、助かったの?」
「どうやら、そうみたいですね。これも、シゼルさんの作戦ですか?」
「いえ、違うわ。少なくとも、私の仲間には七栄冠専用のタブレットをハッキング出来る魔女はいない……」
「俺だよ、俺。俺オレおれ、俺が手助けしてやったのさ。感謝しろよな、お前たち」
フィルに問われ、シゼルが首を横に振った直後。部屋の中にポータルが出現し、そこから一人の男が姿を現した。
マントが付いた漆黒のタキシードを身に付けた、怪盗ヴァルツァイト・ローグだ。間一髪のところで、救助が間に合ったらしい。
「なによ、アンタ。助けてくれたのはありがたいけど、どこの誰なわけ?」
「俺か? そりゃあ、お前らならよーく知ってるんじゃあないのか? え?」
「いえ、知りませんよ。僕たちはこっちに来たばかりですし」
「ククク、この声色ナら分かるダろう?」
とりあえずダイナモドライバーの回収を済ませた後、アンネローゼたちは相手の素性を問う。すると、ローグはわざとノイズ混じりの声を出し答える。
「!? ま、まさか……アンタヴァルツァイト!?」
「おう、大正解。つっても、オリジナルじゃあないぜ。俺はあいつの運命変異体だ……って、いつまでも敵地でお喋りしてるわけにゃいかねえな。着いてこい、俺の隠れ家に案内してやる」
驚愕するアンネローゼたちに向かって、いたずらが成功した子どものような笑みを向けるローグ。話を切り上げ、撤収しようとするが……。
「待って、まだペルティエやルルゥと合流出来てないわ。彼女たちを待たないと」
「諦めろ。マルカがここにいたって時点で分かるだろ? とっくに捕まってるよ、他の七栄冠にな。お前だけでも生き延びろ、そいつらを導ける奴が必要だからな」
「……そうね、分かったわ。フィルくん、アンネローゼ。行きましょう、ここに長居は……無用よ」
仲間を切り捨てるという、苦渋の決断を迫られたシゼル。アンネローゼたちを守るため、彼女は断腸の思いでローグに従った。
握り締めた拳からは、血が垂れている。それほどまでに、仲間を救いに行けないことを悔やんでいた。
「……マルカ。覚えてなさいよ、後で必ず借りを返してやるから!」
「ほれ、早くしろ。そいつが起きるなり他の追っ手が来るなりしたら面倒だぞ!」
ローグに催促され、フィルたちはポータルに飛び込む。最後にローグがポータルに入り、空間の穴が消え去った。
そうして彼らが向かったのは、華やかな街の中心部から遙か遠く離れた外周部……スラム街のある区画だ。
「よっと! ようこそ、この怪盗ヴァルツァイト・ローグの隠れ家へ。歓迎するぜ、初めての客さんよ」
「ローグ? ボーグじゃなくてですか?」
「ばーか、よく見ろ。俺のどこがキカイなんだよ。頭からつま先まで、全部生身に決まってんだろ」
フィルたちがやって来たのは、コンクリート打ちっ放しの殺風景な家の中だった。リビングのあちこちには、脱ぎっぱなしの服や空の酒瓶が転がっている。
オンボロなソファに座り、ローグは偉そうな口ぶりでフィルたちを歓迎する。彼の言葉に、フィルは疑問をぶつけた。
「ちなみに、ローグは本名じゃねえ。怪盗としての通り名だ。俺の本名は……ま、そのうち教えてやるよ」
「ふーん、怪盗ねぇ。オリジナルのアンタはお偉い社長だったのに、運命変異体はこそ泥になってるわけ?」
「コソ泥じゃあねえ、俺ぁあくどい金持ち専門の怪盗だ。奴らが貯め込んでる汚え金を、貧困に喘いでる庶民の皆さんに還元してるのさ。こう見えて、人気なんだぜ俺はよ」
「ええ、ソサエティでもあなたの話がよく出ているわよ。神出鬼没、一度狙った獲物は絶対に盗み出す正体不明の難敵ってね」
シゼルの証言もあり、一応ローグの言うことを信じるフィルたち。だが、まだ疑問は残っている。何故敵である彼が、自分たちを助けたのか?
「もう一つ聞かせてください。あなたがヴァルツァイトの運命変異体だということは分かりました。なら、何故僕たちを助けるんです?」
「俺はてめぇらの敵のはずだろって? ハッ、オリジナルが死に際によ、自分の記憶と意思を俺に転送してきやがったのさ。お前らを探して殺せってな」
「うわ、アイツまだ生きてたんだ……世界再構築不全に巻き込まれたってのに、しぶといヤツ」
「安心しろ、もう死んだよ。完全にな。運命変異体だから、それだけは確信を持って言える」
そう言いつつ、ローグは部屋の隅にある小型の冷蔵庫の元に向かう。中をゴソゴソした後、紙に包まれたチーズ三切れをフィルたちに投げて寄越す。
ついでに、酒瓶を取り出して戻ってきた。
「腹減ってるだろ、それでも食え。んで、どこまで話したっけか……」
「アンタがオリジナルから意思を受け取った、ってとこまでよ。で、なんでアンタは私たちを助けるの? まさかとは思うけど、一旦助けて油断させたところを……なんて考えてんじゃないでしょうね」
「バカ言うな。確かに、俺ぁヴァルツァイト・ボーグの運命変異体だ。だがよ、だからってオリジナルに従う義務はない。それだけのことだ」
自分用のチーズを囓りつつ、酒を飲むローグ。どうやら、彼はオリジナルの遺志に従うつもりはさらさらないようだ。
「オリジナルからすりゃあ不倶戴天の敵かもしれねえがよ、俺からすりゃあんたらは助けるべき対象だ。俺ぁガキだけは無条件で助けることにしてんだよ、怪盗としてのポリシーだ」
「……ふうん。いいわ、その言葉信じてあげる。なんだか、アンタからはオリジナルみたいな孤独感とか悪意を感じないのよね。ね、フィルくん」
「ええ。オリジナルは、誰からも愛されず渇きに苦しんでいたようですが……少なくとも、あなたは違うみたいですし」
「愛、ねぇ。俺は愛されてるぜ? 庶民の皆さんからな。貧しい連中にとっての『ヒーロー』なのさ、この俺はよ」
チーズを食べながら、ローグはニヤリと笑う。因果を超え、フィルたちは強力な仲間を得ることに成功したのだった。




