16話─リベンジを誓って
それから少しして、フィルがアンネローゼの元にやって来た。倒れている彼女に駆け寄り、命に別状がないかを確かめる。
「アンネ様! ……よかった、息はある。マナリボルブ:ヒール!」
特に問題が無いことを確認したフィルは、癒しの力を込めた魔力の弾丸をアンネローゼに撃ち込む。すると、ゆっくりとまぶたが開く。
「う……フィル、くん?」
「合流が遅れてごめんなさい。オットーさんは……」
「お父様は……連れていかれたわ。ブレイズソウルとか言う奴に。私が、負けたせいで……!」
身体を起こしたアンネローゼは、悔しそうに叫びながら拳を床に叩き付ける。いっそ清々しいほどの、見事なまでの完敗。
一矢報いることすらも出来ず、一方的に叩きのめされ父を連れ去られた。敗北の悔しさと、傲慢だった自分への惨めさに心が打ちのめされる。
「やっぱり、仲間が来ていましたか……。僕の方がもっと早く、敵を倒せていれば……」
「ううん、フィルくんは悪くないわ。悪いのは私。スーツのおかげで強くなったんだって、慢心してた」
「アンネ様……」
「やっぱり、フィルくんみたいにはいかないね。でも、だからってここで挫けるつもりはないわ。お父様を救い出して、いつかアイツにリベンジしてやる!」
しょんぼりするアンネローゼに、どう声をかけるべきか迷うフィル。そんな彼に、アンネローゼは決意を語る。
「誰にも負けないように、がむしゃらに修行してやるわ! もう、こんな惨めな思いは味わいたくないもの!」
「その意気ですよ、アンネ様。さ、まずは城に侵入してオットーさんとボルス王子を助けましょう。でも、無理はしないでくださいね?」
「ええ! 行きましょ、フィルくん。お父様を取り返すのよ!」
決意を固め、アンネローゼはフィルと共に先へと進んでいく。敗北をバネに、彼女の精神は大きく成長しようとしていた。
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「よくやった、ブレイズソウル。ククク、無様な姿だな。え? オットー」
「くっ……」
その頃、捕らえられたオットーはカストルの元に引きずり出されていた。ロープで後ろ手に縛られ、全く抵抗出来ない。
そんな彼を見下ろし、カストルは嫌みったらしい笑みを浮かべる。そんな彼に、メルクレアが微笑みながら声をかけた。
「よかったですね、カストル様。無事、こうして生け捕りにすることが出来て」
「簡単な仕事でしたよ、ええ。側にいた護衛の小娘、拍子抜けするくらい弱っちかったですからね。では、手筈通り侯爵を牢屋に」
「その必要はない。こいつはここで殺す!」
パイプを吹かしながら、ブレイズソウルはそう答える。なお現在、キックホッパーは治療室に運ばれ手当を受けている。
オットーを地下牢に連行しようとするブレイズソウルとメルクレアだが、カストルは彼らを制止し……腰から下げていた剣を引き抜く。
「!? カストル様、いけません! 今殺してしまっては計画が無に帰してしまいます!」
「そんなのは知ったことではない! あの日の屈辱を晴らすのが最優先に決まってるだろ!」
「まずい、殿下を止めろメルクレア!」
メルクレアたちが慌てて止めようとするも、一歩遅かった。剣が振り下ろされ、オットーの首が胴から離れる。
「な、なんてことを……『双子大地』を繋げる、核となる存在だったのに……」
「フン、これで少しは気も晴れたな。次はアンネローゼだ、奴を見つけ出して殺し」
「やってくれたな、殿下……いや、カストル。メルクレアの報告から、どうにも御し難い奴だと思っていたがここまでとは」
衝動のままにオットーを殺し、清々したと言わんばかりに笑うカストル。そんな彼に、ブレイズソウルが圧をかける。
「な、なんだ貴様! 無礼な、俺を誰だと思って」
「メルクレア、もういいだろう。ここまで他人の言うことを聞かない者など、生かしておいても不都合しかあるまい」
「そうね、ブレイズソウル。なら、王子に生け贄になってもらいましょうか。バカな人、もう少し思慮深ければ野望を叶えられたのに」
それまでの友好的な態度を一変させ、メルクレアとブレイズソウルは敵意を剥き出しにしてカストルに詰め寄る。
相手の逆鱗に触れたとカストルが理解した時には、もう遅かった。
「な、何を言って……ごはっ!」
「次はあんたが牢屋にブチ込まれる番だ。全く、計画を無茶苦茶にしてくれやがって」
目にも止まらぬ速度でカストルの前に移動し、ブレイズソウルはみぞおちに拳をめり込ませる。気絶したカストルを抱え、地下牢へ向かう。
「こっちの死体はどうするの? ブレイズソウル」
「そうだな……闇取引で手に入れた『蘇生の炎』を使って生き返らせろ。一つきりしかない貴重な品を、こんなことで浪費することになるとは。全く……」
「仕方ないわ、侯爵からは聞き出さないといけない秘密があるもの。本当は、儀式で殺す時に記憶を引き出すつもりだったのだけど」
「今更言っても仕方ない。貴重品を失うのは痛手だが、まだ挽回は出来る。……ん、そうだ。一ついいことを思い付いた」
メルクレアに指示を出していたブレイズソウルが、何かを閃く。話の内容を聞いたメルクレアは、ベールの下に隠された口を歪め笑う。
「なるほど、いいアイデアね。それなら、シュヴァルカイザーも……ふふ」
「奴にはこれまで、散々手を焼かされているからな。正体を暴くためにも、一つ仕込んでおいて損はあるまい。例え失敗しても、痛くも痒くもないからな」
「それもそうね。じゃあ、やりましょうか」
不穏な言葉を口にしながら、メルクレアはオットーの遺体に近付く。ぶつぶつと呪文を唱え、紫色の炎が灯った小さなランタンを呼び出す。
ランタンの蓋を開け、炎をオットーの身体に移す。すると、斬られたはずのオットーの頭が新しく生えてくる。
「う、うう……。ハッ! い、一体何が!?」
「おはよう、侯爵さん。でも、悪いけどもう一度寝ていてちょうだい。ハッ!」
「おぐっ!? ま、また……」
生き返った直後、オットーはまたしても気絶させられてしまう。メルクレアとブレイズソウルは、計画を軌道修正するため地下牢へと向かうのだった。
◇─────────────────────◇
一方、フィルとアンネローゼはわらわらと湧いてくる近衛兵たちを倒しつつ、地下通路を進んでいた。ブレイズソウルの命令で、兵士たちが足止めしに来たのだ。
「もう、ホンット鬱陶しいわね! いつまで湧いてくんのよこいつら!」
「すでに通路の存在を知られていますからね。まだまだ来るはず……マナリボルブ・カノーネ!」
「ぐああっ!」
近衛兵の群れを蹴散らしつつ、二人は地下牢へと急ぐ。二十分ほどかかってしまったものの、どうにか無事通路を抜けることが出来た。
「着いたわね。あーあ、やだやだ。またここに戻ってくるなんて」
「新手が来ないうちに、オットーさんとボルス王子を助けましょう。二手に別れて、牢屋の中を探しましょうか」
「ええ、分かったわ」
二人は手分けして地下牢を捜索し、オットーたちを探す。通路の入り口から左に進んだアンネローゼは、牢獄を一つ一つチェックしつつ先へ進む。
どの牢獄も空っぽであり、人どころかネズミ一匹すらいない。こっちは外れだったか……と考え、引き返そうとするアンネローゼ。だが……。
「えっ!? な、何でバカストルが牢屋に? しかも、さるぐつわに目隠しまでされて……あ、耳栓もされてる」
「ふぐ、むぐっ! むぅぅ~!!!」
左の通路の一番奥にある牢獄の中に、ブレイズソウルによって拘束されたカストルがブチ込まれていた。まさかの遭遇に、アンネローゼは驚く。
が、すぐに気を取り直して笑みを浮かべる。槍の石突きを鉄格子の隙間から差し込み、カストルの尻を全力で小突き回す。
「オラオラオラオラオラ!! あの時はよくもやってくれたわね! こんな形で再会するなんて驚きだけど、キッチリお礼してやるわ!」
「おぐっ!? ふぐっ!? むごぉっごぶぅ~!!」
外の様子がまるで分からないカストルは、突如尻を襲う痛みと衝撃にパニックを起こす。最後に一発、キツいのをお見舞いした後アンネローゼは笑う。
「二度と【ピー】出来ない尻にしてやるわ! 一生痔に苦しみなさい、このバカストル!!」
「おぐっ……お゛っ゛ほぉぉぉぉ!!!」
「ふぅ、スッキリした。何で牢屋にいるのかは知らないけど、今はどうでもいっか。お父様たちを探すのが最優先だもんね。じゃあね、バカストル!」
散々尻をド突き回して満足したアンネローゼは、フィルのいる方へ戻っていく。無事オットーたちを救出したフィルと合流し、テレポートで帰還する中……。
(うぐぅぅぅ……何だ、何がどうなっている!? クソっ、よくも俺にこんな恥を! ……でも、ちょっと気持ちよかったかも)
一人残されたカストルが、何かに目覚めようとしていたが……それはまた別の話である。