154話─脱出作戦決行
二十分ほど経った頃、ゆっくりとスカイライナーが降下を始めた。地上に降りていく中、前方に巨大なクリスタル製の城が見えてくる。
七色の輝きを放つ、美しくもどこか妖しい気配を持つ城。ここがルナ・ソサエティの本部なのだとシゼルは小声でフィルに語った。
「今から、専用の搬入口……この地点Hに入るわ。ライナーから出たら、通路に向かい……そこで私の仲間が騒ぎを起こす手筈になってる」
「ふふ、んふふっふ?」
「そう、停電が起きている間に逃げて。私も一緒に行くから」
最後の打ち合わせを終えた直後、ソサエティ本部に到着する。城の一階にある跳ね橋が架かり、大きな門を通って場内に入っていく。
「こちら護衛隊、例のモノを搬入しに来ました。チェックお願いします」
『了解、スカイライナーはそのまま待機せよ。魔法によるスキャンを行う』
城に入ってすぐの場所にある待機所にて、スカイライナーは停車した。内部の詰め所にいる魔女たちが、魔法を使って検査を行う。
内心ドキドキなフィルだったが、何の問題もなくチェックは完了したようだ。進行許可が下り、スカイライナーが動き出す。
(いよいよだ……大丈夫かな、上手く行けばいいんだけど)
フィルがそう考えていると、スカイライナーの扉が開く。シゼルを筆頭に、護衛の魔女たちは拘束台をターミナルに降ろす。
「そっと降ろせ、よし。後はこのまま中に運ぶだけだな。シゼル、後方の守りを……ん? 誰か走ってくるぞ」
「大変、大変よ! ソサエティ内部に侵入者が出たわ! 緊急の伝令を預かってきたの、早くこれを……」
(今ね、来るわ!)
長い通路の先に向かって進もうとしたその時、進行方向から一人の魔女が走ってくる。彼女はシゼルの仲間の一人。
フィルが運び込まれた段階で、コトを起こすために動くようあらかじめ取り決めておいたのだ。シゼルが確信した直後、異変が起きる。
「!? うわっ、なんだ! て、停電!?」
「侵入者が動力室を占拠したんだわ! みんな動かないで、下手に動くと危険よ!」
「わ、分かった! おいシゼル、拘束台から離れるなよ! ……どうした? 返事をしろ」
「あ、明かりが付い……い、いない! 隊長、例の少年とシゼルがいません! 伝令に来た魔女も!」
「なに……? そうか、やられた! あいつめ……レジスタンスの一員だったのか!」
停電が発生し、暗闇に包まれる。その数分の間に、フィルは素早く鍵を使って拘束台から抜け出す。直後、シゼルに手を掴まれる。
『さ、明かりが付かないうちに行くわよ。着いてきて!』
『あ、頭の中に直接声が!?』
『念話よ、魔女なら誰でも使える基礎の魔法なの。ペルティエ、後は任せたわよ!』
『おっけ! ここは任せて、先に行って! じゃあね、可愛い少年くん。また後でお話しようねー』
そんなやり取りののち、フィルたちはまんまとその場から逃げおおせることに成功した。まずは、アンネローゼを救出しなければならない。
「地図は把握してるわね? こっちよ、走って!」
「はい! アンネ様、今助けに……」
「そこの二人、待ちなさい! 止まらないと魔法を撃つぞ!」
「わっ、もう追ってきた!」
「大丈夫、すぐにペルティエが足止めしてくれるわ。その間に距離を離しましょ」
並んで廊下を走り、アンネローゼの元に向かうフィルとシゼル。そんな彼らを、護衛の魔女たちが追いかけてくる。
が、シゼルの仲間の魔女ペルティエが妨害に動く。魔法で透明になっていた彼女は、樹の魔法を用いてつるの罠を張り巡らせた。
「行かせないっての。そーれっ、樹魔法プラントラップ!」
「うわっ!? な、なんだこのつるは!」
「う、動けない~!」
「よしよし、あたしもさっさと追わなきゃ。七栄冠に見つからないようにしないとね」
無事敵の妨害を成功させたペルティエは、フィルたちの脱出口を確保するため透明状態のまま別の方向へ走っていく。
一方その頃、アンネローゼはというと……こちらもこちらで、本部で起きた異変を察知していた。彼女とお喋りしていたマルカは、眉を吊り上げる。
『緊急放送、緊急放送! 支部より移送された来訪者001が逃走。繰り返す、来訪者001が逃走。魔女たちは捜索に加わり捕縛せよ、繰り返す……』
「チッ、護送班は何やってんだ。本部に運んだってトコでヘマしやがって」
「来訪者001? それって、まさかフィルくんのこと!?」
「ああ、そうだぜ。別に隠すようなことじゃあないし……ん?」
「マルカ様、魔女長からの伝令です。逃走中の来訪者の捕縛に協力せよとのことです」
「ハッ、しゃーねー。あのババアからの命令じゃ従うしかないか。お前が代わりにちゃんと見とけよ、アンネローゼにまで逃げられるような真似すんなよな」
二人が話していると、ソバカスが特徴的な魔女が部屋に入ってくる。どうやら、魔女長はマルカにも捜索に加わらせるつもりのようだ。
アンネローゼの見張りをソバカスの魔女に任せ、マルカは部屋を出る。それから十分ほど様子を見た後、魔女はアンネローゼを拘束台から出す。
「え? いいの? 私をここから出しても」
「はい、最初からそのつもりですから。さっきの伝令も、マルカ様を追い出すための嘘ですよ」
「……アンタ、何が目的なの? 私やフィルくんに危害を加えるつもり?」
「まさか、とんでもない。逆ですよ、ソサエティがあなたたちを……」
「お待たせ、到着したわよ! 流石ルルゥ、相変わらずの手際の良さね」
アンネローゼと魔女の間に険悪な空気が漂いはじめた直後、フィルとシゼルが部屋に飛び込んでくる。上手いこと計画を進めているようだ。
「フィルくん!? よかった、無事だったんだ!」
「ええ、僕もアンネ様が無事で嬉しいです。さ、時間が惜しいので地下に行きましょう。道中で詳しく説明しますから」
無事アンネローゼと合流したフィルたちは、続いて地下に向かう。走りながら、フィルはこれまでのことを説明する。
シゼルが自分の叔母だという衝撃の事実に、アンネローゼは思わず顔面からずっこけそうになる……が、辛うじて耐えた。
「えええええ!? ウッソでしょ、この人が……お母様の妹!? 私の叔母様!?」
「……ふふ。姉さんの面影を感じるわ。あなたの中に息づいているのね、姉さんの魂が」
仰天するアンネローゼとは対照的に、シゼルは姪との出会いを心から喜んでいた。……だが、そんな喜びも長くは続かない。
「いたぞ、あそこだ! 全員捕らえろ!」
「来たわね、別の追っ手が。シゼル、その子たちは頼んだわよ。あいつらは私が食い止める!」
「ありがとう、ルルゥ。気を付けてね!」
ソバカスの魔女、ルルゥが残り新たに現れた追っ手の魔女たちの足止めを買って出る。杖を呼び出し、追っ手の方を向き笑う。
「さあ、来なさい。全員返り討ちにしてあげる」
「舐めるな、レジスタンス風情に負ける私たち中級魔女ではない!」
「そう? ならいくわよ。電撃魔法、スパークリングクラッシュ!」
杖の先から雷がほとばしり、魔女たちに襲いかかっていく。勝利を確信するも、この時ルルゥはまだ気が付いていなかった。
すでに、ルナ・ソサエティのトップである月輪七栄冠が動き出していることを。死の運命が、迫ってきていることを。
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「どうにか地下に降りられたわね。もうすぐよ、二人とも頑張って」
「ええ、でも……流石に走りっぱなしで疲れましたね」
「大丈夫? フィルくん。おんぶしてあげよっか?」
「いえ、そこまでは……流石に恥ずかしいですし」
ルルゥの協力で追っ手を振り切り、やっと地下フロアにたどり着いたフィルたち。後はダイナモドライバーを回収し、安全圏に逃げるだけ。
脱出さえしてしまえば、後はフィルの持つウォーカーの力でカルゥ=オルセナに戻れる。この段階では、そう考えていた。だが……。
「よぉ。待ってたぜ、絶対ここに来ると思ってたよ」
「!? バカな、どうしてお前がここに!? ルルゥが偽の伝令で引き剥がしたはず!」
「ハッ、あんなモンに騙されっかよ。騙されたフリして先回りしてやったのさ。こっちは仮にもソサエティ最高幹部なんだ、甘く見んなよ?」
そう簡単にはいかなかった。すでにマルカが部屋に陣取り、フィルたちを待ち受けていたのだ。指の骨を鳴らしながら、マルカは拳に電撃を纏う。
「くっ、まさか先回りされていたとは……」
「さあて、そんじゃあお仕置きタイムといこうか。残念だぜ、アンネローゼ。お前とはいい友だちになれると思ってたんだがよ」
そう口にし、マルカは一歩前に踏み出す。『雷迅』の魔女の脅威が、フィルたちに襲いかかろうとしていた。




