153話─その運命、急転直下
アンネローゼがマルカと意気投合し、お喋りしている頃。フィルは拘束台ごと二両編成のスカイライナーに乗せられて、ソサエティ本部に移送されていた。
魔女たちが融通を利かせてくれたおかげで、拘束されたままではあるが外の風景をみることが出来た。窓の外には、大都会の威容と青空が広がっている。
「うわぁ、大きい街……カルゥ=オルセナには、こんな大きな街は多分ないかも」
「それはそうよ。私たちの大地、カルゥ=イゼルヴィアはキカイ文明の発達、魔法との融合によって繁栄を極めているんだもの」
フィルが感想を漏らすと、護衛の魔女が答える。彼女の言う通り、この大地の文明レベルは極めて高いらしい。
オルセナの文明ではまず建築出来ない高層ビル群、空を飛ぶキカイの乗り物たち。そのどれもが、フィルの好奇心を刺激する。
「凄いですね、この大地は。自由になれたら、アンネ様といろいろ見て回りたいなぁ」
「……そのアンネ様という人は、あなたの主君か何かなのかしら?」
「いえ、違います。アンネ様とはですね……」
無言を貫いている他の三人とは違い、銀髪の魔女はフィルに友好的に接してくれた。彼女に問われ、フィルは自身の身の上やアンネローゼとの関係を語って聞かせる。
「……というわけなんです」
「そう、その女性とは恋人同士なのね。……羨ましいわ、あなたたちが。私のような下級の魔女に、恋愛の自由はないの」
「え、そうなんですか? どうしてそんな……」
「ソサエティに所属する魔女は、厳しい階級制度によって管理されているの。下級魔女から成り上がれない者の遺伝子は、後世に残す価値なし。そんな価値観の元に、様々な法が作られているのよ」
銀髪の魔女の言葉に、フィルは憤る。そんなのは、ただの不平等ではないかと。力ある者たちが、一方的に下の者を屈服させていることに顔をしかめた。
「酷い制度ですね。そんなもの、本当に必要なんですか?」
「これでも、この三百年で大きく改革された方なのよ。昔は、支配階級の魔女以外は……男女共に、虐げられて生きていたから」
「……嫌ですね、そんなのは。あ、そういえば……アンネ様のお母さん、こっちの大地の魔女だったと言ってましたっけ」
どうやら、カルゥ=イゼルヴィアも理想郷というわけではないようだ。今はかなり薄まっているが、それなりの闇を抱えているらしい。
それに憤慨する中、フィルは以前アンネローゼから聞いたことを思い出す。彼女の母は、ある密命を帯びてカルゥ=オルセナにやって来た魔女なのだと。
「! あら、そうなの。……ねえ、その魔女の名前、知っているかしら」
「ええ、確か……リーナという名前だったと記憶しています」
「!? ……そう、そうなのね。ということは……よかった、姉さんは……成し遂げたのね。自分の望みを叶えるための第一歩を」
フィルの言葉に、魔女は目を見開き驚愕する。しばし考え込んだ後、小さな声で何かを呟く。すると、残り三人の魔女たちに異変が起こる。
「!? シゼル、お前……何を、する! 何故我らに昏睡の……魔法、を……」
「まさか、ソサエティを裏切……る……すやぁ」
「え? え? な、何がどうなってるんですか!?」
シゼルと呼ばれた銀髪の魔女は、仲間たちを眠らせてしまった。状況が呑み込めず、オロオロしているフィルに声がかけられる。
「いい? 落ち着いて聞いて。魔女長の言葉は全部ウソよ。本部にいるあなたの仲間も合わせて、茶番劇をした後に抹殺するつもりなの」
「え!? ど、どうして!?」
「邪魔になるからよ。あなたたちオルセナ側の存在がね。ルナ・ソサエティは今、オルセナを滅ぼそうと目論んでいるから」
「カルゥ=オルセナを……滅ぼす? つまり、ソサエティは……」
「そう。あなたたちカルゥ=オルセナの民にとって敵なのよ」
そう話しながら、シゼルはチラッと仲間の方を見ながら懐をまさぐる。そして、小さな鍵を取り出し魔法でフィルの口の中に転送した。
「んむっ!?」
「落ち着いて、飲み込んじゃダメよ? その鍵は、拘束台の機能を解除するためのもの。魔力を流せば、直接鍵穴に差し込まなくても使えるわ」
「……こくこく」
喋れないため、フィルは鍵を口に入れたまま頷く。シゼルはまた仲間の方を見た後、これから何をすべきかを伝える。
「本部に着いたら、私の仲間が騒ぎを起こす。施設全体を停電させるから、混乱に乗じて逃げて」
「んむむ、んむぅ?」
「大丈夫、心配しないで。あなたの頭の中に、本部の地図を魔法で送るから。あらかじめ、二カ所にチェックをしてある。そこを巡ったら、秘密の抜け穴から外に逃げて」
「ふむ、んーむ」
そう言うと、シゼルはフィルの脳内にソサエティ本部の地図情報を転送する。広大な施設の一階と地下にある一室それぞれに、赤い丸が記されていた。
「一階には、あなたの仲間が監禁されているわ。今渡した鍵を使って助けてあげて。地下室の方には、あなたたちが持っていたベルトが保管されてるわ。必要なんでしょ? それが」
「んむ、んむむーむ。……むふ、むむん」
「何故助けてくれるのかって? それはね……アンネローゼの母、リーナが私の姉だからよ」
喋れないなりに、フィルはシゼルにお礼を言う。そして、彼女に尋ねる。何故そこまでして、自分たちを助けてくれるのかと。
そんな彼に、シゼルは答える。あまりにも衝撃的な言葉に、フィルは思わず鍵を飲み込みそうになってしまう。
「ふむっ!? むむむぅ!?」
「ええ。要するに、私はアンネローゼの叔母ということになるわね。……なんという運命の導きかしら。やはり、天は私たちに味方し……む、そろそろ起きるわね」
そこまで話したところで、眠っていた魔女たちが目を覚ましはじめた。シゼルはフィルに『大人しくしてて』とジェスチャーで伝える。
「ん……いかんいかん、つい寝てしまった」
「シゼル、護衛対象は不穏な動きをしてないか?」
「大丈夫、ずっと外を見てたわ」
どうやら、シゼルによって記憶を操作されているらしく、彼女に昏倒させられたことは覚えていないらしい。それどころか、ついうっかりうたた寝してしまっていたのだと記憶を作り替えられていた。
(なんだか、大変なことになってきちゃった……。でも、僕のやることは一つだ。アンネ様を、絶対に助け出す!)
シゼルから告げられた怒濤の真実に、フィルは戸惑ってしまう。だが、わざわざいたずらでこんな大がかりなことはしないはず。
ならば、シゼルを……アンネローゼの叔母を信じる他はない。そう決めたフィルは、頭の中に広がる地図とにらめっこする。
(ええと、通路がこう繋がってるから、ここをこう進めば……。うー、複雑過ぎて覚えるのに苦労するぞ、これ。でも、こんなのでへこたれていられないぞ!)
一足先にルナ・ソサエティの本部に囚われているアンネローゼを救い、ダイナモドライバーを取り戻すため。フィルの新たな戦いが始まった。
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スカイライナーがソサエティ本部に向かって空を進んでいる頃。地上では、道化の仮面を身に着けた一人の男が連なる家屋の上を走っていた。
「コラー! 待ちなさーい! 怪盗ヴァルツァイト・ローグ、今日こそ捕縛してやるわ!」
「ハッ、ノロマな魔女さんなんぞにとっ捕まるほど鈍亀じゃあないんでね! さっさとおさらばさせてもらうぜ!」
ローグと呼ばれた男は、黒いマントをたなびかせつつ大きな袋を抱えて屋根の上を軽やかに駆け抜けていく。
一方、地上の路地を警備の魔女たちが走り怪盗を追いかける。どうやら、捕まえるのにかなり難儀しているようだ。
「あ、見ろ! ローグだ、俺たち貧民の救世主怪盗ローグがいるぞ!」
「きっと、またどこかのあくどい金持ちから金を盗んできたんだ。追っかけるぞ、お恵みをくださるかもしれねぇ!」
「待ってー、ローグさまー!」
ローグの姿を見た住民たちは、彼を追って走り出す。みな貧困に苦しんでいるようで、みすぼらしいボロを着ている。
貧民たちが追ってくるのに気付いたローグは、急ブレーキをかけて立ち止まる。袋の紐を緩め、中に入れてある大量の金貨をバラ撒きはじめた。
「さあさあ、金の無いヤツぁみんな寄ってきな! 怪盗ローグからの施しだ、不正でブクブク肥え太った金持ちどもから盗んだ金、好きなだけ持って行け!」
「キャー、ローグさまー! いつもありがとー!」
「うおおお、金だ金だぁ!」
「うわっ!? こら、邪魔よあなたたち! 退かないと逮捕するわよ!」
「うるせぇ、いつも俺たちを貧乏人だ疫病神だと苛めるクセに! おう、お前らこのえらそーな魔女たちをノしちまえ!」
「くっ、職務妨害するならタダじゃ済まさないわよ! 一人残らずブタ箱にブチ込んでやる!」
ローグが金をバラ撒きはじめると、どこからともなく貧民たちが集まってくる。警備の魔女たちは彼らが邪魔で、クラウンを追撃出来ない。
一悶着起きている隙に、ローグは逃走する。今日もまた、怪盗と魔女の追いかけっこは怪盗の勝利で終わったようだ。
「へっ、ノロマな魔女たちだ。逃げ切るなんて簡単かんた、ん……ぐっ、なんだこの……頭の、痛みは!」
人気のない路地裏に飛び降り、得意気に呟くローグ。その時、彼を激しい頭痛が襲う。同時に、様々な映像が脳内に流れ込む。
彼のオリジナル……基底時間軸世界の同一存在、ヴァルツァイト・ボーグの記憶が。
「今、のは……? ああ、そうか。俺には……やらなきゃならねぇことがあるってわけだ。すぐ、行かねえと……ルナ・ソサエティ本部に」
頭痛が治まったローグはそう呟き、仮面を外し投げ捨てる。意思の強さを感じさせる黒い瞳を持つ青年は、一人路地裏を歩く。
「……待ってな、フィル、アンネローゼ。すぐにお前らを助けてやるからな」
その呟きを聞く者は、誰もいない。




