15話─勝利と敗北
エルハイネン城、秘密の地下通路。フィルとキックホッパー、二人の死闘が行われていた。
「ほーらほらほら! わっちの蹴りを食らえー!」
「おっと、よっ、ほっ!」
「おやおやおやー? さっきから避けてばっかりじゃにーですかよぅ。威勢の良さはどこに行ったのかにゃー? タイフーンキャスト!」
強烈な回し蹴りを連続で放ち、苛烈な攻めの姿勢を崩さないキックホッパー。一方、フィルは守りを固めながら相手の解析を行う。
蹴りが届くギリギリの距離を保ち、小手先で相手の攻撃を弾きながら威力を測る。まともに食らうとどのくらいスーツが破損するか、調べねばならないのだ。
(強い……! 受け止める度に、手が痺れる。でも、スーツに破損は無し。今のところは、まだ耐えられますね。ただ……あの感じ、まだ切り札を隠しているはず。少し、探っておきましょうか)
幸い、強化改良されたスーツには傷一つ付いていない。だが、フィルには一つの懸念があった。妙に強気な相手の態度から、切り札を隠していると踏んだのだ。
もし切り札があるのなら、それがスーツを破壊しうるものなのか。それを確かめるべく、フィルは誘い込みを行う。
「! しまった、足を……」
「あっは! ばっかじゃ~ん、自分で凍らせた床で滑ってやんの! なら、ここで仕留めちゃうよ~! わっちの切り札を食らえー!」
(来た! やはり、何か隠していたようですね!)
わざと凍らせた床を踏み、滑ることで隙を晒す。案の定、そこにキックホッパーが乗ってきた。両膝の外側に付いている小さなピンを抜き、走り出す。
対するフィルも、相手を迎え撃つため新たに搭載された武装を呼び出した。右腕を突き出し、分厚い氷の盾を作り出した。
「武装展開、氷の大盾! 来なさい、どんな攻撃も受け止めてみせる!」
「言うじゃ~ん? なら、こいつを食らってミンチになっちゃえ! ブレイカブルスタンパー!」
フィルの目の前に到達したキックホッパーは、かかとから蒸気を噴き出しつつ飛び上がる。くるりと縦に一回転し、強烈なかかと落としを叩き込む。
盾とかかとがぶつかり合い、凄まじい轟音が鳴り響く。衝撃に耐えきれず、床が砕けフィルの身体が僅かに沈む中……。
「ウッソ、堪えちゃった!?」
「どうやら、この戦い僕に軍配が上がったようですね! はあっ!」
「ぶべっ!」
盾の表面に亀裂が走ったものの、砕け散ることなく役目を果たし切った。逆転の時は来たれりと、フィルは相手の足首を左手で掴み放り投げる。
床に叩き付けられて呻くキックホッパーの元に全力で走り寄り、盾による必殺の殴打を叩き込む。
「食らえ! シュヴァルストライク!」
「あぐおっ! や、やっばーい……たいきゃくたいきゃくー! 覚えてろ、このやろー! お前なんてフレイズソウルに燃やされちゃえばいいんた! ばーかばーか!」
返り討ちにされたキックホッパーは、捨てゼリフを吐き泣きながら逃げていく。一瞬、追いかけようとしたフィルだがすぐに考えを改める。
「ブレイズソウル……? なるほど、仲間がいるようですね。なら、まずはアンネ様たちのところに行かな──!?」
きびすを返し、アンネローゼやオットーと合流しようとするフィル。が、床から炎が噴き出して壁となり、行く手を塞ぐ。
どうやら、フィルの動きはすでに相手に察知されてしまっているようだ。小さく舌打ちしつつ、フィルは炎を消すため手をかざす。
「これは厄介なことになりそうですね……マナリボルブ:アイス! アンネ様、今行きますからね!」
嫌な予感を覚えたフィルは、そう呟きながら冷気を纏わせた魔力の弾丸を炎の壁に撃ち込む。もう一人のエージェントが、すでに動き出していたのだ。
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「おらっ! バルキリースピア!」
「ぐああっ!」
「ふう、これで全部ね。みーんな弱っちいわね、私の相手にならなかったわ!」
その頃、通路を引き返したアンネローゼは近衛兵たちを全滅させていた。圧倒的な力を持つバルキリースーツのおかげで、傷は一つも無い。
得意満面な様子の娘に、少し離れた場所にいたオットーは諫めるように声をかける。
「アンネ、あまり天狗になるものではないぞ。今回は容易く倒せたが、いつもそう上手く行くとは……」
「大丈夫よ、お父様。バルキリースーツの力があれば、私は誰にも負けないわよ。これだけ強いんだものね! あっははは!!」
リバサとの初戦、そして今回の戦い。どちらも危なげなく勝利した結果、アンネローゼの中に慢心が生まれていた。
オットーの忠告に耳を貸さず、勝ち誇った笑い声を出す。直後、その慢心のツケを支払うことになるのだが……彼女はまだ、それを知らない。
「さ、フィルくんのところに戻りましょ。きっと、あっちももう敵を倒して」
「待つのだ。オットー侯爵をこちらに引き渡してもらおうか」
フィルの元に向かおうとした、その時。背後から落ち着いた男の声が聞こえてくる。二人が振り向くと、一人の巨漢が立っていた。
一歩足を踏み出し、アンネローゼたちに近付く。凄まじい威圧感に、二人は後ろへ下がってしまう。
「うう……ブ、ブレイズソウル様……」
「仕留め損なったようだな。やはり、生身の大地の民など信用出来ん。燃えろ、役立たずめ」
「何を……うがああああああ!! 熱い、熱い熱いあつぃぃぃぃぃぃ!!」
辛うじて気絶せずに済んでいた近衛兵が、男……ブレイズソウルに声をかける。すると、ブレイズソウルは手をかざし、兵士に炎を噴射した。
紅蓮の炎に包まれた近衛兵は苦しみにのたうち回った末、命を落とした。ブレイズソウルは他の近衛兵たちも、同様に焼殺していく。
「役に立たぬ者は不要。元々我々の仲間でもないのだ、殺したところで心は痛まん」
「な、なんと酷いことを……」
「サイテーのヘド野郎ね。バカストルならともかく、命令されてるだけの近衛兵を殺すなんて!」
「そんなのは私の知ったことではない。役目を果たせなかったガラクタは処分される。それが摂理なのだ」
所業を批難するアンネローゼに、ブレイズソウルは悪びれることなくそう答える。燃え殻になった遺体を踏み砕きながら、ズンズン歩いてくる。
「そもそも、お前は何者なのだ? お前の情報は、データベースに全く存在していないぞ」
「なら、教えてあげるわ。私はホロウバルキリー! シュヴァルカイザーの相棒よ!」
そう叫びながら、アンネローゼは先手必勝とばかりに攻撃を仕掛ける。相手の心臓を狙い、槍を突き出すが……。
「? 何だ今のは。蚊でも刺したのか?」
「う、ウソ!? 槍が……刺さらない!?」
槍はブレイズソウルの身体に刺さらず、それどころか営業用のスーツにすら傷を付けられていなかった。どれだけ力を込めても、まるで刺さらないのだ。
刺すのがダメならばと、アンネローゼは槍を引き薙ぎ払う。何度も相手を殴打するも、こちらもまるで効果がない。全然効いていなかった。
「はあ、はあ……。び、ビクともしないなんて……」
「もう疲れたのか? 情けない、ではこちらの番だ。ブレイズナックル!」
「危ない、避けろ!」
「くっ、このっ!」
数分間殴打を続けても、結局傷一つ付けることも叶わなかった。リバサとは違う、圧倒的な強さをアンネローゼが認識した時にはもう遅かった。
相手のターンは終わりだと、ブレイズソウルは右手を握る。拳に真っ赤な炎を宿し、全力を込めたパンチを繰り出す。
オットーの叫びを受け、アンネローゼはスライディングで攻撃を避けつつ相手の側面に回り込む。そのまま背後に移動し、再度攻撃を仕掛ける。
「食らいなさい! バルキリー」
「ムダだ! 貴様のような雑魚になど傷を付けられるものか!」
「あぐっ……!」
しかし、ブレイズソウルが振り向き様に放ったハイキックをこめかみに食らい吹き飛ばされてしまう。脳を揺らされ、意識が途切れそうになる。
辛うじて意識を保つも、強烈な吐き気に襲われアンネローゼはその場で戻してしまう。
「うえ……ゲホッゲホッ!」
「アン……ホロウバルキリー! 貴様、よくも!」
「情けない、一蹴りされただけでダウンか。相手がキックホッパーではなくて良かったな、蹴ったのが奴なら頭がスイカのように弾けていたぞ」
娘を心配し、怒りをあらわにするオットー。一方のブレイズソウルは、呆れたように言い捨てた後オットーの方へ向かう。
「これで邪魔者は消えた。オットー侯爵、一緒に来てもらおうか。抵抗されると面倒なのでな、しばらく眠っていてもらおう。ふんっ!」
「おぐっ! がふ……」
「おと、さま……」
ブレイズソウルはオットーのみぞおちに拳を叩き込み、気絶させた後肩に担ぐ。すぐに魔法陣を呼び出して、カストルの元へ帰還していった。
追いかけようとするアンネローゼだったが、視界がぐわんぐわん揺れまともに歩けない。すぐに倒れ込み、そのまま気を失ってしまう。
「ごめ、なさ……」
初めての敗北に悔し涙を流しながら、アンネローゼの意識は闇の中に呑まれていった。




