143話─生と死の協奏! レクイエム・レギオン!
意識を失ったジェディン。目を覚ますと、彼は見覚えのある場所にいた。すでに滅びたはずの、かつて暮らしていた開拓村。
そこにあった自宅のリビングで、一人椅子に座っていたのだ。そのことに気付いたジェディンは、立ち上がり周囲を見渡す。
「ここは……すでに存在しない場所のはず。そもそも俺は、マグメイと戦って……ん、この気配は!」
「そうよ、あなた。あなたは今、私たちを殺した宿敵と戦っている。そして……命を落としかけているの」
「メイラ……メイラ! どうしてここに……まさか、俺をあの世に連れて行くために来たのか?」
奥の部屋に続く扉が開き、そこからマグメイに殺された妻、メイラが現れる。ジェディンに問われ、彼女は首を横に振った。
「違うわ。あなたはまだ、死んではいけない。仇を討ってほしいからじゃない、あなたには……私『たち』の分まで、生きてほしいから」
「私たち? ……ああ、そうか。いるんだろう、リディム。おいで、久しぶりに……お父さんに、顔を見せておくれ」
メイラの言葉に、ジェディンは何かを察した。そして、奥の部屋にいるのだろう娘を呼ぶ。すると、彼の言葉に従い一人の少女が出てきた。
大きな熊のぬいぐるみを抱えており、ジッと父親を見上げている。ジェディンは娘の元に歩み寄り、そっと抱き締めた。
「……済まない。俺は、お前たちのためにも勝たねばならないのに。結局はあのザマだ」
「いいんだよ、パパ。パパは一人じゃない、わたしたちも一緒に戦う。みんな、あいつへの怒りは……パパを助けたいって思いは同じだから!」
リディムが叫ぶと同時に、家の玄関が開く。メイラに促され、ジェディンは外に出る。そこには……かつて共に働き、生きてきた村の仲間たちがいた。
「フォルス……リナ、アレックス……みんな、来てくれたのか」
「ああ! あの世でずっと見てたよ、お前が俺たちのために戦ってくれてたのを」
「私たちの無念を晴らすために戦ってくれて、本当にありがとう。そして、ずっと見ていることしか出来なくてごめんなさい」
あの惨劇の日、マグメイによって殺された大切な仲間たち。彼らはずっと、ジェディンを見守っていた。だが、同時に歯がゆさも感じていたのだ。
死者であるが故に、彼を助けることが出来なかったことを。だが、今は違うのだと……人だかりの奥から現れた村長は言う。
「ジェディン、今のおぬしには奇跡を呼び起こす力がある。おぬしの仲間が授けてくれた、悲劇を防ぐための力が」
「インフィニティ・マキーナ、か。そうだな……フィルたちのように、オーバークロスを果たせば……マグメイを倒せるかもしれない」
「そのために、私たちが力を貸すわ。あなたを死の淵から救い、一緒に戦うの。私たちの怒りを、無念を。あいつに思い知らせてやるために!」
「おおおおーーーー!!!!」
メイラの言葉に、村人たちは腕を天に突き出す。みな、抱く想いは同じ。ジェディンは目尻に涙を溜ながら、娘の髪をそっと撫でる。
「……ごめんな、リディム。あの日……お前が欲しがっていたぬいぐるみ、渡すことが出来なくて」
「ううん、気にしてないよ。でも、今ので思いついちゃった! みんな、わたしたちぬいぐるみになるの! そしたら、パパをたくさん助けてあげられると思うんだ!」
惨劇の日、ジェディンは買い出しついでにリディムが欲しがっていたぬいぐるみを購入していた。お土産にするつもりだったが……それは叶わなかった。
五年超しの謝罪を受け、リディムはそんなアイデアを思い付く。メイラや村人たちは、その提案を笑って受け入れた。
「ハッハッ、ぬいぐるみの軍団を連れた復讐者か! そいつはいいや、中々シャレてるじゃねえか!」
「そうね、ファンシーさとのギャップがイカしてるじゃない。うん、それでいきましょ」
「……決まったな。では、共に行こう。鎮魂歌を口ずさみながら、仇敵を滅ぼしてやろうじゃないか。俺たち全員の……いや、これまでマグメイが殺してきた者たち全員の復讐のために!」
「うん! パパ、また肩車して? そしたら、わたしなんにも怖くないよ」
「ああ、もちろんだ。行こう、リディム。俺たちの怒りを、マグメイに叩き付けてやるんだ!」
死者の軍団を引き連れて、ジェディンは村の外へ向かう。直後……意識が現実へと引き戻される。僅か数秒にも満たぬ、死者との邂逅。
それが終わった彼の目に映るのは、今まさに己にトドメを刺さんとしているマグメイの姿だった。
「死ねぇぇぇ!!」
「そうは……いくか!」
「ごふっ! てめぇ、まだ動けやがるのか。ムダにしぶとい野郎だな」
間一髪、ジェディンは蹴りを叩き込んでマグメイを吹き飛ばす。ゆっくりと立ち上がり、舌打ちする敵を睨み付ける。
「まだ死ねないさ。俺には、復讐をやり遂げるのを待ち望んでいる者たちが着いている。彼らと共に、俺は貴様を討つ! デュアルアニマ……オーバークロス!」
「ぐっ……しまった!」
己の内に宿る死者たちの想いと心を重ね、ジェディンは新たなる力を手にする。アーマーが喪服のような形状に変わり、胴体に記されている『悪鬼殲滅』の文字が『鎮魂葬送』に変化した。
「……レクイエム・レギオン。オン・エア! さあ、我が妻よ、娘よ、友たちよ! 今こそ共に戦おう。マグメイを地獄に落としてやるんだ!」
「な、なんだぁ……こりゃあ。大量の……ぬいぐるみ?」
ジェディンが叫ぶと、彼の周囲に十三体のテディベアが出現する。どれもジェディンとほぼ同じ大きさをしているものの、つぶらな瞳が可愛らしい。
「ぷっ、ヒャッヒャッヒャッ! なんだそりゃ、メルヘン路線に変更かあ? そんなもんで、オレを倒せるわきゃあねえだろ!」
「倒せるさ。このぬいぐるみたちには、かつて貴様が殺した者たちの心が宿っている。聞こえないか? 彼らの……怨嗟の声が」
「あ……?」
ジェディンの言葉を聞き、マグメイは気付く。複数の小さな声が、自分に纏わり付いているのを。
『やっと会えたな……クソ野郎め』
『よくも私たちを殺してくれたわね……許さない、絶対ぜったいぜったいに!』
『早く地獄に落としてやろうぜ、こいつには……俺たちの味わった苦しみを教えてやらなきゃ気が済まねえ』
「!? ま、まさか……本当に、死者どもが具現化してやがるのか!?」
「そうだ。さあ、裁きの時間だ。死をもって罪を償え、マグメイ!」
◇─────────────────────◇
そして、場面は繋がる。ジェディンはぬいぐるみたちをマグメイに差し向けつう、自身も突撃する。その手には、鎮魂の音色を鳴らす大きなベルが握られている。
「チッ、たかがぬいぐるみ……オレを殺そうなんざ百年はえぇんだよ!」
「果たしてそうかな? 友よ、今こそ仇敵に牙を剥く時! その爪牙で、奴を切り刻んでやれ!」
「キキ……キャハハハハハハ!!」
「なっ……!? く、口が開いた!? それに、爪まで……ぐあっ!」
ジェディンの言葉を受け、ぬいぐるみに変化が現れる。口元が裂け、不規則に並んだ鋭い牙が剥き出しになった。
柔らかい手にも、布を突き破っておぞましい形状をした爪が生える。不気味な笑い声と共に、ぬいぐるみたちはマグメイを襲う。
「クソったれが、全然メルヘンじゃねえ! こんなもんタチの悪いホラーだろうが!」
「ああ、そうさ。だが、この状況を呼んだのは貴様自身だ! 食らえ! アベンジャーベル!」
そう叫ぶと、ジェディンはベルを鳴らす。指向性を持った超音波がマグメイを襲い、激しい頭痛を引き起こし苦しめる。
「ぐがあっ……! クソが、ぬいぐるみ共ごと八つ裂きにしてやる! テンペスター・レヴォルダン!」
「効かない……お前ノ攻撃なんて効かないゾ」
「俺たちハ魂無き死者。痛みナド感じない。デモ、お前への怒りハ! 炎ノヨウニ燃えている!」
刃の見えない刀を振るい、ぬいぐるみたちを切り裂くマグメイ。だが、どれだけ斬ってもすぐに再生されてしまう。
怨嗟と呪いの言葉を口にしながら、死者の心が宿るぬいぐるみの群れがマグメイを包囲する。脱出しようにも、ジェディンが鳴らすベルのせいで思うように身体が動かない。
「ぐ、があっ……! てめぇ、そのベルを……鳴らすのを止めろォォォォ!!」
「断る。このベルの音色が、お前を地獄に導く。みな、復讐の時は来た! 思う存分、奴に痛みを味わわせてやれ!」
「な……ぎゃああああ!」
ジェディンが叫ぶと、ぬいぐるみたちが一斉にマグメイを襲う。ある者は噛み付き、ある者は爪を振るい……自分たちを殺した者へ、怒りと憎悪をぶつける。
「よくも殺してクレタな。あの日、俺ハ息子が産まれたんだ! ソレヲ、それをよくも!」
「アノ惨劇さえなかったら! 私ハ結婚するハズだった……愛する人と一緒に! ズット暮らせるハズだったのよ!」
「許さない、許さないよオマエ……パパもママも、お前が殺したんだ!」
「ぐうっ、がああっ! やめろ、やめろぉ! こんな、こんなバカな……こんなのは、ただの悪夢だ……」
ぬいぐるみたちは、思う存分マグメイの身体を貪り、引き千切る。もはや、彼の手足は胴体に繋がってすらおらず、原型を留めていない。
そんな状態でも、マグメイはまだ生きていた。トドメを刺すのは……ジェディンの役目なのだから。
「これで分かったか? 俺たちの怒りを、無念を。分かったなら……地獄に落としてやる、マグメイ!」
「ま、待て……やめろ、オレが……オレが悪かった! だから、これ以上は」
「黙れ! 懺悔なら地獄の女神に聞いてもらうんだな! 奥義……レクイエム・コール・プレッサー!」
人の頭部ほどもあるベルが、さらに巨大化する。ジェディンが飛び上がると、ぬいぐるみたちはサッと退避していく。
肉とキカイの塊と化しているマグメイに向かって、ジェディンは急降下しながらベルを叩き付けた。
「ぐっ……ぎゃばあっ!」
「……地獄の底で、苦しめ。俺たちの呪詛の言葉が、貴様への鎮魂歌だ!」
ベルに潰され、マグメイは息絶える。そんな彼に向かって、ジェディンはそう声をかけたのだった。




