135話─誇り高き騎士、クラヴリン!
時はさかのぼる。フィルたちがチェスナイツの討伐に出向いてから少し経った後、イレーナは遙か北にあるキカイ技術研究所のすぐ近くに到着していた。
「やっと着いたっす! 研究所、無事ならい……あれっ?」
「来たか、待っていたよ。我輩はチェスナイツの一人であるナイト・クラヴリン。ふむ……我が相手は君なのか、デスペラード・ハウル」
「あんた、何してるんすか? そんなとこでボケーッと突っ立って」
研究所の目と鼻の先に、一人の男が立っていた。馬の頭部を模した兜と、騎馬用のランスと大盾で武装した騎士……エージェントが。
どうやら、攻撃を仕掛けることなくイレーナがやって来るのを待っていたらしい。思わず問いかけるイレーナに、クラヴリンは答える。
「決まっている、シュヴァルカイザーの一味がやって来るのを待っていたのさ。我輩の使命は、君たちの抹殺。それ以外の理由で、いたずらに命を奪いはしない」
「へー、以外と騎士道精神豊かなんすね。なら、ちゃんと宣戦布告の内容くらい守ってほしいっす」
「耳が痛い話だ。とはいえ、我輩も主に仕える身。時として己の意思を押し殺し、命令に従わねばならぬことがある。この度の奇襲、本意ではないことだけは釈明しておきたい」
クラヴリンとしては、あらかじめ宣言した戦いの宣告を破るような真似はしたくなかったのだと言う。だが、己の騎士道のためだけに主に背くわけにはいかない。
「ほえー、あんたもまあ苦労してるんすね。ま、信じてあげるっすよ。研究所は襲ってないみたいだし」
「それは喜ばしいことだ。とはいえ、君を抹殺した後はあの研究所を破壊せねばならん。そう命令されているのでね」
「えー! 結局襲うんすか!?」
「我が主はお怒りなのだ、カンパニーの技術を勝手に使うあの研究所に。阻止したければ、ここで我輩を討ち取る以外にはないぞ。デスペラード・ハウル!」
そう叫び、クラヴリンはランスの切っ先をイレーナに向ける。身の丈ほどもある巨槍を軽々と操る相手を前に、イレーナはガスマスクの奥で笑う。
「へっ、望むところっす! サクサクっと返り討ちにしてやるから、覚悟しとけっすよ!」
「ほう、そこまで豪語するか。楽しみだ、君の強さをこの身で味わえるのがね! では……ナイト・クラヴリン参る!」
「来い! アタイも全力で相手させてもらうっす!」
クラヴリンは右足で数回地面を掻いた後、ランスと大盾を構え勢いよく走り出す。戦場を駆ける騎兵のように、イレーナを貫こうと狙う。
それを見たイレーナは、バーニアを吹かして浮き上がり攻撃をかわす。素早くリロードを行い、振り向きざまにクラヴリンの背中に攻撃を放つ。
「食らうっす! でたらめバースト!」
「通り過ぎたところを銃撃、か。いい手だ、だが! 我輩の背後の守りは完璧なのだ! ホースガーディアン!」
が、その程度の攻撃はクラヴリンも想定済み。彼の背中に、横向きになったナイトの駒の絵が記されたカイトシールド型の障壁が現れる。
弾丸は障壁に防がれ、かすり傷一つ与えることが出来なかった。クラヴリンはランスを地面に突き刺し、突進の勢いを利用してぐるんと回転する。
「げえっ! なんすか、今の技!?」
「我輩は背後から奇襲するような卑劣なやり口を嫌っていてね。自分からはやらないし、相手にもやらせない。そのために編み出した守りの妙技だ」
「なるほどー、なら……こーいうのは防げるっすかねぇ! ブーメランショット!」
Uターンして再度襲ってくるクラヴリンから僅かに狙いをズラし、イレーナは左右の銃身から一発ずつ弾丸を放つ。
弾丸はクラヴリンを通り過ぎた辺りでブーメランのように曲がり、背中へ襲いかかる。イレーナ本人が相手の前方にいれば、裏をかけると思っていたが……。
「そうそう、言い忘れていた。ホースガーディアンは我輩の意思に関わらずオートで発動する。つまり、どんな方法で背中を狙っても! 無意味ということだ!」
「……どうやら、そうみたいっすね。こりゃー、突破は難しいみたいっす。だったら、こっちにも考えがあるっすよ!」
背後への攻撃は全て無意味。そう悟ったイレーナはさらに高度を上げ、相手のリーチの外へ逃げる。今度は、遠距離からの狙撃に戦法を切り替えたようだ。
「こっから一方的に弾をバラ撒けば、そのうち鎧を砕けるっす!」
「なるほど、いい考え方だ。だが……我輩が遠距離攻撃出来ないと、いつから錯覚していた?」
「!? なん……だとっす……!」
「食らうがいい! ホースインベクション!」
クラヴリンは急停止し、被っている馬の頭部を模した兜の、口の部分をゆっくりと開く。完全に開いたソコから、強烈なレーザーが放たれた。
一直線に飛んでくる攻撃なら、余裕でかわせる。そう思い、ひらりと避けるイレーナだが……そんな彼女の浅はかな考えは、すぐ砕かれる。
「まだ終わらぬぞ? ホーストランゾナス!」
「ほあっ!? ミ、ミサイルぅぅぅ!?」
「熱源追尾式の小型ミサイルだ、遠距離からの攻撃を得意とする者への対抗手段なのだよ!」
「そ、そんなの聞いてないっす~! ほべっ!」
予想外の攻撃に慌ててしまい、イレーナは迎撃が遅れた。かわすことも防ぐことも出来ず、第二の攻撃であるミサイルの直撃をもらい墜落する。
幸い、インフィニティ・マキーナが頑強だったのとミサイルが小型であったことが合わさり致命傷には至らず、土まみれになるだけで済んだ。
「あいたたた……そんな武装まであるなんて、驚いたっすよ」
「案ずるがよい、これらを主武装としては使わぬ。あくまで、我が騎士道による真正面からのぶつかり合いを拒否する者への対抗手段でしかない」
「つまり、真正面からぶつかる相手にはレーザーもミサイルも使わないってことっすね?」
「当然だ。戦いとは本来、鍛えた肉体と精神、そして技のぶつかり合い。誰が用いても一定の破壊力を出せる銃火器など、無粋極まりないものだ」
その銃火器をメインウェポンとしているイレーナからすれば、少々耳の痛い話ではあった。とはいえ、イレーナにもやりようはある。
「いいっすよ、そんなに真正面からのぶつかり合いがしたいなら付き合ってやるっす。こっちはまだ、切り札があるんすから! デュアルアニマ・オーバークロス! アンチェイン・ボルレアス、オン・エア!」
「ほう、バヨネットか。うむ、単純な銃よりかは白兵戦に向いている。よかろう、かかって来るがよい。騎士の名にかけて、正々堂々相手つかまつる!」
「こっちもやらせてもらうっすよ! 歌え、絶唱剣グルンディガス! あいつを切り裂いてやれーっ!」
切り札たるオーバークロスを用い、イレーナは荒ぶる北風の化身へと己を変える。銃身に取り付けられた刃を振動させながら、クラヴリンに突進する。
ランスとバヨネットがぶつかり合い、激しい金属音が平野に響き渡る。巨槍を軽々と振り回し、卓越した武器捌きを披露するクラヴリン。
「ふむ、いいぞ! 斬撃の重さ、鋭さ、威力! 全て申し分なしだ!」
「へっ! いつまで余裕でいられるのか、楽しみっすね! ベソかいても知らないっすよ!」
「むしろ楽しみだ、我輩に屈辱の涙を流させてみよ。決して超えられぬ壁を、届かぬ理不尽を! この目に焼き付け、見せ付けてみるがよい! クランプルストラッシュ!」
「むぅ、おっと!」
クラヴリンは僅かに身を引き、連続突きを放つ。イレーナは銃身を盾代わりにし、攻撃を一つ一つ冷静に捌いていく。
彼女とて、やられっぱなしでは終わらない。仮にも魔神を倒した実力者なのだから。
「防ぎきったか。素晴らしい、実に倒し甲斐があるというものだ! だが、この程度が君の全てではないだろう? 見せてくれ、君の全てを!」
「へっ、お望みなら見せてやるっすよ! 冥土の土産に持ってくがいいっす!」
イレーナとクラヴリン。二人の誇り高き一騎討ちが幕を開けた。




