132話─壊れゆくキカイ
それから二十分近くに渡って、オボロはカストルにいたぶられ続けていた。本来であれば、オボロが遅れを取ることなど有り得ない。
だが、そんな不可能を可能にしてしまうほど……カンパニーの開発したボディの性能が高いのだ。よろめくオボロの腹に、拳が叩き込まれる。
「ガハッ!」
「ヒャハハハハ!! どうだ、ズブのド素人にいいようにいたぶられるのはよぉ! え? ドロイド君?」
「ぐ、ぅ……まだ、諦めぬ!」
「ムダだっつぅんだよ、てめぇの攻撃なんざこれっぽっちも効かねえんだ。さっさと諦めて……死にやがれやぁ!」
どれだけ打ちのめされようと、オボロは決して諦めない。愛する者たちを守るため、満身創痍になりながらもカストルに挑む。
全身がヒビ割れ、オイルが漏れ出しても闘志を燃やして刀を振るう。最初はへらへら笑っていたカストルも、このしつこさにまいってきたようだ。
「チッ、本当にタフな野郎だ! 何でまだ死なねぇ、こんなにボロボロなくせに!」
「ふふふ……それがしはまだ、全然動けるぞ。何故か分かるか、カストル」
「知ったことか! とっととくたばれ!」
身体を反らし、大振りなパンチを紙一重で避けるオボロ。今度はカストルの兜目掛け、跳躍からの斬撃を叩き込む。
「ぐうっ!?」
「それがしは自分のために戦っているわけではないからだ! フィル殿のため、アンネローゼ殿たちのため……それに何より、シエル殿を守るために戦っている!」
「オボロ様……!」
二人が戦っている孤児院前の広場を、シエルは子どもたちと共に見つめる。宙を舞う蝶のように飛び回りながら、オボロはさらに叫ぶ。
「だが、貴様はどうだ? 貴様はどこまでも自分本位で身勝手極まりない。その薄っぺらい闘志こそが、貴様を攻略する起点になる!」
「薄っぺらいだとぉ? ハッ、自分のために戦って何が悪い? たかがガラクタ風情が知ったような口を利くんじゃねえ!」
「! しまった!」
オボロの言葉に激昂したカストルは、振り下ろされる刀を掴む。そして、力任せに刀身を握り砕いてしまった。
攻撃のすべを失ったオボロに向かって、全力の右ストレートを叩き込む。金属が砕ける嫌な音と共に、破壊された部品が散らばる。
「おじちゃん、おじちゃーん!」
「いやあああ! オボロ様ぁぁぁ!」
「これで左腕はぶっ壊れたな。クケケケ、次は右腕をもぎ取ってやる」
「ぐ、うう……」
左の鎖骨に攻撃を受けたオボロは、孤児院の方に吹き飛ばされる。半壊した痛々しい姿を見て、子どもたちとシエルは悲鳴をあげる。
「オボロ様、もうやめてください! このまま戦い続けたら、完全に壊されてしまいます!」
「シスター……それは、出来ぬ。それがしが戦いを放棄すれば、みなが殺されてしまう。それだけは……決してさせてはならぬのだ!」
シエルの懇願に対し、首を横に振るオボロ。体内からエラーアラートが鳴り始める中、よろめきながら歩いていく。
「シエル殿。あなたと出会えて、それがしは……本当に幸せだった。ずっと求めていた答えを、あなたと過ごした時間の中で見出せたのだから」
「オボロ、さま……」
「それがしは、みなを守る。例えこの身が滅びようとも、奴を道連れにしてでも! 愛する者たちを、命を守り抜く! それがそれがしの得た答えだ!」
大粒の涙を流すシエルは、何も言うことが出来なかった。彼女に出来るのは、奇跡が起きることを願うのみ。だが……その祈りは、届かない。
「うおおおおおおお!!」
「バカめが、自分から死にに来やがった。なら、お望み通りぶっ壊してやる! てめえのコアを抜き取って、握り潰してやらぁ!」
半ばから折れた刀を構え、突撃するオボロ。執念を燃やし、身体が崩壊していくのにも構わず猛攻を叩き込んでいく。
相手の攻撃を避けつつ、カストルの頭部を守る兜を、ひたすら滅多打ちにする。しかし……無情にも体力が尽きてしまった。
『警告、警告。エネルギー残量、危険水域に突入。全身損壊率七十五パーセントに到達。ただちに修復を行ってください』
「う、ぐ……あと、少しだというのに!」
「残念だったなぁ、てめぇはもう終わりだ! 死ねやオンボロォ!」
致命傷を告げる音声が鳴り響く中、カストルは拳を叩き込んでオボロの身体を貫く。開いた穴にもう片方の腕も入れ、無理矢理内側から引き裂く。
「ぐ……がああああ!!」
「ヒャッハハハハハ!! これでトドメだ、真っ二つになって死ね! オラァッ!」
カストルはオボロの身体を持ち上げ、両腕に力を込める。金属が断裂する音と共に、オボロの身体は左右に裂かれてしまった。
「オボロ、さまぁ……」
「ヒャッハハハハハ!!! このオレのぉ! 勝ちだぁぁぁぁぁ!!!」
すでに機能を停止したオボロの残骸を掲げ、カストルは勝ち誇り大声で叫ぶのだった。
◇─────────────────────◇
『……どこだ、ここは。とても暗く、さみしい場所だな』
気が付くと、オボロは漆黒の闇の中にいた。首を傾げた後、彼は思い出す。自分はカストルに敗れ、破壊されたのだと。
『……結局、勝てなかった。それがしは、シエル殿を守り抜けなかった……』
『なんだ、もう諦めるのか。お前らしくもないな、オボロ。かつて鬼武者と恐れられたお前はどこに言ったんだ?』
己の不甲斐なさを呪い、オボロは膝をつく。そこに、懐かしい声が響く。弾かれたように顔を上げると、そこには……。
かつて自らが打ち破り、最期を看取った師匠。マッハワンが立っていた。
『師!? バカな、何故師がここに!?』
『何故、か。オボロ、そもそもお前はここが何だか理解しているのかい?』
『いえ、言われてみれば……ここは一体?』
『ここはお前のメインメモリ……の、深層だ。要するに、お前の心の中というわけだな』
死んだはずの師が現れたことに動揺するオボロ。そんな彼を落ち着かせ、マッハワンは座る。チョイチョイと手招きし、オボロを対面に座らせた。
『はじめに言っておくが、拙者はマッハワン本人ではない。お前の中で構築されている、あるプログラムがお前の親しい人物の姿を象っているだけに過ぎん』
『あるプログラム? 師よ、それは何ですか? それがしの中に、何が作られようとしているのです』
『覚えているかい? 本物のマッハワンとの初戦で、お前は蘇生の炎を与えられていただろう!』
『!!!』
その言葉に、オボロは驚愕の表情を浮かべる。かつて師との戦いで窮地に陥った時、援軍として現れた双子……イゴールとメリッサから与えられたのだ。
死した者をよみがえらせる奇跡の力である、蘇生の炎を。その炎は、これまでずっと……オボロの体内で燃え続けていたのだ。
『その炎は、ずっと待っていたのさ。お前が命の意味を知り、成長する瞬間を。そして、その時は来た』
『それがしがシエル殿と出会い……あの出産に立ち会った時、ですか』
『そうだ。あの瞬間、お前も知らぬ間に新たなプログラムが作成されはじめた。長い時間がかかったが、ようやく完成する。もうすぐにな』
マッハワンの姿をしたプログラムの言葉に、オボロは首を横に振る。もう遅いのだと、彼は諦めたように口にした。
『それがしはもう、無残に破壊されて滅びた。刀も折られ、もう……』
『何を言う。自分の言葉を忘れたのか。お前は守るんだろう? 愛する者を。死してではなく、生きて守り抜くのだと!』
『! そうだ……これでは意味がない。まだ誓いは果たされていない。それがしは……ここで滅びる訳にはいかないのだ!』
師の言葉を受け、再起するオボロ。すると、彼の身体が紫色の炎に包み込まれる。驚くオボロを見ながら、マッハワンの姿をしたプログラムは笑う。
『そうだ、それでいい。さあ、今こそ起動する時だ。……フェニックスプログラム、始動!』
『力が……溢れてくる。温かな、命の力が』
『不死鳥は、寿命を迎えた時……己の炎で包み込み、灰へと変わる。そこからヒナとなってよみがえり、永遠を生きるのだ。オボロ、お前も同じだよ』
意識が薄れていく中、オボロの耳に師の優しい声が響く。母親が赤子にかけるような、慈愛に満ちたものだった。
『お前は生まれ変わるんだ。バトルドロイドから人間に。そして、愛を胸に生きるのだ!』
『……ありがとう、師の姿をした者よ。それがしは諦めぬ。この命を捨てることなく、愛する者を守る!』
そう叫んだ後、オボロの意識は闇の中へ消えた。
◇─────────────────────◇
「クッククク、これでもう邪魔は消えた。後は女子供をいたぶって殺すだけだ」
オボロだったモノの残骸を放り投げ、孤児院に向かって歩き出そうとするカストル。シエルは涙をこらえて、子どもたちを逃がそうとする。
「みんな、泣いている場合ではありません! わたきしたちが先導します、地下通路から逃げ」
「シスター、あれみて! おじちゃんが、オボロのおじちゃんが……たちあがったよ!」
「え? そんなはず──!」
とある子どもの声につられ、シエルは窓を見る。彼女の視界に、信じられない光景が映し出された。破壊されたはずのオボロの残骸が、ひとりでに浮き上がっていたのだ。
「な、なんだこりゃ!? 一体何が起きてやがる!?」
「カストル。お前はそれがしを滅ぼしたと思っているようだが……それは間違いだ。それがしはまだ! 滅びてはおらぬ! ターン・ライフ!」
「ぐおっ、熱っつぅ!」
残骸が紫色の炎に包まれ、人の姿へと変わっていく。紫色の甲冑に身を包んだ、生身の身体を持つ青年として……オボロはよみがえったのだ。
「あ、あ……! オボロ、さま……!」
「あ、あり得ねえ……あり得ねえだろ! こんな、こんなことが起こるわけが」
「起こるさ。諦めぬ限り、奇跡は何度でも起こる。さあ、第二ラウンドだ。カストル、今度はお前が滅びる番だ!」
そう叫び、オボロは破壊された妖刀を手元に呼び戻す。刃の付け根から炎が吹き出し、砕かれた刃が再生していく。
「始めよう。不死鳥の如くよみがえったそれがしの力と想い! とくと味わえ!」




