130話─因縁の敵を貫け!
「この私に空中戦を挑もうだなんていい度胸ね、一気に叩き落としてやるわ!」
「そうはいかないわよ! リキッドメタル・バレット!」
「フン、当たんないわよそんなもの。今度はこっちの番よ! 紅の薔薇よ、力を! フラムシパル・ガーデン!」
全身を銀色に染め上げたメルクレアは、胴体から銀色のつぶてをいくつか発射する。巧みな空中制動で全て避け、アンネローゼは反撃に出た。
左腕に装備した盾を掲げ、紅の薔薇の力を解き放ち炎を放射する。紅蓮の炎が躍り、メルクレアを追いかけ燃やし尽くそうと襲う。
「液体金属だろうが何だろうが関係ない! ぜーんぶ燃やしてチリにしてやる!」
「燃やせるかしらね? わたくしの身体は最高で三万度の高熱に耐えられるのよ。そんなチャチな炎、ぬるすぎて心地いいくらいだわね!」
「ゲッ、効いてない!?」
「食らいなさい! リキッドメタル・スピアー!」
炎が追い付き、メルクレアの全身を包み込む。が、どれだけ熱せられても全く動じていない。耐熱性能が凄まじく高いようだ。
翼を広げて一回転し、炎を吹き飛ばしたメルクレアは右腕を伸ばす。鋭い槍がアンネローゼを襲い、脇腹を切り裂いた。
「っく、やるわね……って、また変なのが付着してる! キモっ!」
「それはわたくしから剥がれ落ちたナノマシンの一部よ。お前のスーツを浸食し、少しずつ機能不全に陥らせていくの。ふふ、あと何分……お前はまともに戦えるかしらね?」
「面倒なことしてくれるわね……これじゃあ、迂闊に攻撃を食らえないわ」
ウジュウジュとうごめきながら、スーツの内部に侵入していく銀色のアメーバっぽいモノを見ながら舌打ちするアンネローゼ。
一回の攻撃で撃ち込まれるナノマシンの量は僅かではあるが、チリも積もれば山となる。繰り返し攻撃を食らえば、やがては相手の策に嵌まってしまう。
(こうなると、つばぜり合いを仕掛けるのも危険ね。でも、きっと何かしら対抗策があるはず。それさえ見つければ!)
「来ないのかしら? なら、このまま攻めさせてもらうわよ! リキッドメタル・バレット!」
「ったく、人が考え事してるってのに!」
「あら、だったら考える暇なんてもう与えないわよ! アームチェンジ、リキッドバルカン!」
メルクレアは左腕をガトリング砲に変え、液体金属の弾丸を連射する。その数、一秒に三百発。まともに食らえば、あっという間に浸食される。
「さあさあ、無様に逃げ回りなさい! アッハハハハハハ!!!」
「ッチ、なんつー攻撃すんのよ。このままやられっぱなしっても……イライラするわね!」
凄まじい音を響かせながら、液体金属の弾丸が放たれる。空を飛び回り、攻撃を避けながらアンネローゼは反撃の策を考える。
(あーもう! ダメね、避けながらだと思考に集中出来ない! 一体どうしたら……ん? そういえば、アイツさっき……)
アクロバティックな飛行で乱射攻撃を避けつつ、必死に頭脳をフル回転させるアンネローゼ。その時、メルクレアのとある発言を思い出す。
『わたくしの身体は、液体金属とナノマシンを組み合わせて作られているの。だからほら、こぉんな風に……身体を作り替えられるのよ!』
(! そうよ、アイツはそう言ってた。ってことは、今のアイツは自分の命を削って攻勢に出ているってこと。うん、光明が見えてきたわ!)
メルクレアの言葉から、反撃の策を見いだしたアンネローゼ。大きく息を吸い込んだ後、憎たらしい口調で挑発の台詞を叫ぶ。
「ヘイヘイヘイヘイヘーイ!! さっきからかすりもしてないわよ、ちゃんと当てる気あるー!?」
「調子に乗り始めたわね……ブレイズソウルの時の失敗を学んでいないのかしら? あの単細胞は」
「ハッ、大口叩くのは私に攻撃を当ててからにしてもらえるかしらー? ほーらほら、また避けちゃったー! やーいやーい、ノーコンクソビッチ~♪」
「……なるほど、そこまでして死に急ぐのなら望み通り死なせてあげるわ。リキッドメタル・ジャベリン!」
攻撃を避けつつ、背中を見せてお尻を叩くアンネローゼ。ビキビキと青筋を立てながら、メルクレアは翼を激しく羽ばたかせる。
翼から液体金属とナノマシンが剥がれ、十本近い投げ槍が生成される。狙いを付け、アンネローゼ目掛けてジャベリンが放たれた。
「弾丸とジャベリンの同時攻撃よ! 避けきれるものならやってみなさい!」
「ゲッ、これはちょっと……想定外かも。ええい、気合いと根性で避けきってやるー!」
予想以上の怒濤の攻撃に、アンネローゼは冷や汗を垂らす。だが、彼女の考案した作戦的には好都合な動きではあった。
アンネローゼの作戦、第一段階。とにかく相手を怒らせ、ひたすら液体金属とナノマシンを消費させるのが狙いだ。
(アイツの身体を構成してる以上、ぶっ放せる量には限りがあるはず。そうでないと、アイツの命を維持出来ないしね。もうそろそろ、限界が来るはずよ)
「このっ、チョコマカと……! しまった、攻撃のし過ぎね……ナノリキッドを生成しないと」
「来た! 待ってたわよ、この時をね! デュアルアニマ・オーバークロス! ラグナロク、オン・エア!」
攻撃が激化し、いよいよ避けきれなくなってきたところで『その時』がやって来た。攻撃に回せる分の液体金属とナノマシンが枯渇したのだ。
メルクレアは攻撃の手を止め、内蔵されているリキッドメタル生成装置を稼働させる。が、アンネローゼの前で行うにはあまりにも隙が大きすぎた。
この瞬間をひたすら待っていたアンネローゼは、切り札たるもう一つの姿へ変化する。漆黒の鎧と翼を纏い、ついに反転攻勢に出た。
「!? しまった、これを狙っていたのね!」
「その通りよ、まんまとかかってくれたわね。武装展開、重獄槍ゲヘナ! 食らえっ! グラヴィトーラ・カノーネ!」
相手の策に嵌められたことに気付くメルクレアだったが、もう遅い。アンネローゼは全力を込め、黒く染まった槍を投げ付ける。
液体金属の生成にリソースを割いていたメルクレアは、機動力が低下し攻撃が翼にかすってしまう。それは、彼女の敗北を意味していた。
「当たったわね、これでもうアンタはおしまいよ」
「何を言う。槍がかすっただけ……!? 何よ、このリングの模様は?」
「それはね、アンタを地獄に叩き落とす片道切符よ! グラビディ・プラス!」
「ぐっ、うぐうっ!? 急に翼が重く……!」
メルクレアの左の翼に、小さなリングの模様が刻まれる。アンネローゼが魔力を放つと、凄まじい重力がメルクレアを襲った。
重力に抗うのに精一杯で、液体金属の生成が止まってしまう。今こそ一気に攻め立て、トドメを刺すチャンスだ。
「う、動けな……」
「これで終わらせてもらうわよ、メルクレア! あの日……バカストルに婚約破棄された時に生まれた因縁は、ここで断つ! 戻れ、重獄槍ゲヘナ!」
右手を伸ばし、アンネローゼはブン投げた槍を呼び戻す。両手で柄を握り、メルクレア目掛けて突進していく。
「く……来るんじゃない! やめて、やめなさい!」
「聞かないわよ、そんな命乞いなんてね! 地獄の底まで落としてあげるわ、メルクレア! グラヴィトーラ・スラトス!」
「う、ぐふっ!」
まともに動けないメルクレアの腹を、槍が貫いた。同時に、彼女の体内に槍から生えたトゲが食い込む。これでもう、逃げることは出来ない。
アンネローゼは重力の増加を解除し、メルクレアごと天高く飛翔していく。頂点まで達した後、自身にグラビディ・プラスをかける。
「これで終わりよ! 奥義……天翔奈落落としーっ!」
「ぐ、う……離しなさい、このっこのっ!」
城の屋上に向かって落ちていく中、メルクレアは剥き出しになっているアンネローゼの顔を殴り付け抵抗する。
が、そんなものでアンネローゼは止まらない。今、審判の一撃がメルクレアに炸裂する。
「地獄に……落ちろぉぉぉぉぉ!!!」
「ぐ……がはあっ!」
屋上の床に激突し、凄まじい衝撃がエルハイネン城を揺らす。致命傷を食らい、肉体を維持出来なくなったメルクレアが少しずつ溶けていく。
「バカ、な……わたくしが……チェスナイツの、クイーンが……負ける、なんて……」
「簡単な話ね。私の方が、アンタより遙かに強い。たった一つのシンプルな答えよ」
フィル一行とチェスナイツ。初戦を制したのは、漆黒の力を操るアンネローゼだった。




