13話─動き出す陰謀
「わっちらをお呼びでござーやしょうか、しゃちょー」
「ブレイズソウル、到着しました」
「うム、よく来てクれた。諸君らニ、新たな仕事ヲ与えル」
アンネローゼとフィルがデートを楽しんでいる頃、ヴァルツァイト・ボーグの元に二人のサイボーグが訪れていた。
片方は、両足をキカイ化した女性。へらへら笑いながら身体を揺らす度に、大きなお下げも揺れている。もう片方は、全身を改造している大男。
はちきれんばかりの巨躯を無理矢理スーツに押し込め、どこか窮屈そうに立っている。二人とも、特殊営業部に所属する特務エージェントだ。
「仕事っすかぁ~? いーすよ、わっちら暇こいてたとこなんで~」
「キックホッパー、社長に対して無礼であるぞ。節度を持った言動を……」
「よイ、今はそンな議論をシている場合デはないからナ。早速だが、君たちノコアにデータを送る。これまでノいきさつが分かるヨうにな」
そう言った後、ヴァルツァイトは指を鳴らす。すると、エージェントたちの心臓兼頭脳であるコアに情報が流し込まれた。
ロブロック不動産によるカルゥ=オルセナの『地上げ』の失敗、それに伴う制裁とプロジェクトの変更。そして……最大の障害であるシュヴァルカイザーの脅威。これらの知識を得る。
「あー、なーるほど。こりゃわっちらが出て行かにーとダメっすねー」
「そうダ、キックホッパー。加えテ、新たナ敵も観測サれた。ホロウバルキリー……シュヴァルカイザーに続く邪魔者がナ」
「ほう、それは……なるほど、故に一人ではなく我々二人を指名したと」
「ああ。一人デは不測の事態ガ起きた時ニ対処シ切れない可能性があル。だガ、二人ならバ問題あるマい」
事の子細を把握したエージェントたちに、ヴァルツァイトはそう語る。モノアイを収縮させながら、部下たちに発破をかけた。
「さア、行くがいイ。一級エージェントにシて、大いナる魔ノ貴族たちヨ。かの『双子大地』を手ニ入れるために全力ヲ尽くセ。全てはカンパニーの繁栄ノために!」
「ハッ! 全ては……」
「カンパニーの繁栄のために~」
キックホッパーとブレイズソウル。強大な敵が、アンネローゼとフィルの前に立ちはだかろうとしていた。
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「ただいま~。お父様、博士、今帰ったわよ~」
「戻りました~」
敵の不穏な動きなどつゆ知らず、フィルたちは基地に帰ってきていた。すでに陽が落ちはじめており、ジャングルを夕陽が照らしている。
市場で調達した食材をキッチンに運んでいると、何かがアンネローゼのところに飛んできた。よく見てみると、それは……。
「きゃっ! む、虫!? 何で基地の中にいるの!?」
「あ、大丈夫ですよアンネ様。そのカブトムシは、博士が作った情報収集用のキカイですから」
「え? そ、そうなんだ……よかった、私虫は苦手だから」
目の前を通過していった銀色のヘラクレスオオカブトを見て、アンネローゼはぎょっとする。そんな彼女に、フィルが説明を行う。
「あの子たち……通称『つよいこころ軍団』はギアーズ博士が管理していて、この大地のあらゆる場所に派遣されてるんです。カストル王子の陰謀を知れたのも、彼らのおかげなんですよ」
「へー。あの博士、ただぐーたらしてるだけじゃなかったのね」
「……それ、本人の前で言わないでくださいね? 機嫌損ねちゃいますから」
つよいこころ軍団は、カルゥ=オルセナの全域に配備されているとフィルは語る。彼らをコントロール出来るのは、ギアーズただ一人。
フィルであっても、彼らの制御は不可能なのだ。ギアーズが情報を集め、フィルが現地に赴き問題を解決する。それが彼らの役割分担なのである。
「お、帰ってきおったか。今日は随分と遅かったのう。……ははあ、さてはおぬしらデートしておったな」
「えっと、それは……」
「ええ、そうよ。リメラレイクでたくさん遊んで買い物してきたわよねー? フィルくん」
「そうですね……はい」
キッチンに到着すると、ギアーズとオットーがチェスで勝負をしていた。帰りが遅かったことから、デートでもしていたのだろうと見抜くギアーズ。
言い淀むフィルに変わり、アンネローゼがキリッとした表情で答える。フィルも同調し、恥ずかしそうに苦笑いした。
「なにっ! デートだと……まさか二人ともあんなことやこんなことを」
「してませんよ!? そ、そういうのはまだ早いというかなんというか……ごにょごにょ」
「ふふ、大丈夫よフィルくん。その時が来たら私がリードしてあげるから!」
いらぬ想像をするオットーに、フィルが顔を赤くしながら叫ぶ。そんな彼に、アンネローゼはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら声をかける。
「ううう……みんなしていじわるするなんて! もう怒りました、今日は全員お夕飯おしんこだけにします! 泣いても喚いても許しません!」
「あれ!? わし巻き添え食らった!?」
ぷんぷん怒るフィルと、特にからかってないのに巻き添えを食らったギアーズが叫んだ直後。一匹のつよいこころくんがキッチンに飛び込んできた。
「博士、つよいこころ八号が来ましたよ」
「む、こやつの担当はヴェリトン王国の首都じゃったな。何か動きがあったらしいの……八号、集めた情報を見せよ」
「ハイ、カシコマリマシタ」
「!? し、喋ったぁぁぁぁぁ!?」
アンネローゼが驚く中、つよいこころ八号はツノの先から魔力を放射する。壁に放たれた魔力が、映像を映し出す。
フィルたちが見守る中、現れたのは……カストル王子と対峙する、二人の男性だった。顔を見たオットーは、目を丸くして驚く。
「あれは! グリッツ王にボルス王子! 何故カストル王子と言い争いを?」
「多分、カストルの横暴を聞いて諫めておるんじゃろな。つよいこころ八号、音声もオンにしてくれい」
「カシコマリマシタ。音声ノ同調ヲ行イマス」
ギアースに命令され、つよいこころ八号は音声の再生も始める。結果、三人が何を言っているのかも把握出来るようになった。
『カストル、わしが留守の間に何ということをしてくれたのだ! まさか、闇の眷属どもと手を組んでいようとは……』
『これは許されざる反逆ですよ、兄上。何故このようなことをしたのです!』
『だれに向かって口を利いている? 俺はこのヴェリトン王国の新しい王だぞ? すでに諸侯連合は瓦解し、王国全域が支配下に入った。素晴らしい功績だろう?』
玉座の間にて、親子が対峙する。蛮行を咎めるグリッツとボルスに対し、カストルは平然とした様子で玉座にふんぞり返っていた。
『素晴らしいものか! オットーを陥れ、地位も名誉も奪うなど……恥を知るがよ……ぐふっ!?』
『父上!』
『ごめんなさいねぇ。わたくしとカストル様の未来のためにも、邪魔者には消えてもらわないといけませんの。さようなら、グリッツ王』
『貴様、よくも父上を!』
カストルの元に詰め寄ろうとするグリッツ。その時、長く伸びていたカストルの影の中から一人の女が飛び出してきた。
手に持った短剣でグリッツの心臓を一突きし、一撃で息の根を止める。それを見たボルスが激昂し、飛びかかっていく。
『ホホホ、遅い遅い。そんなノロマでは、わたくしは倒せませんわよ? ふんっ!』
『ごふっ!』
『よくやってくれた、メルクレア。近衛兵、ボルスを地下牢に連れて行け! 明日処刑をする。今度はアンネローゼの時のような失態はするなよ!』
『は、はいっ!』
女……メルクレアに返り討ちにされ、ボルスは捕らえられてしまった。近衛兵に彼が連行されるところで、映像は終わる。
「な、なんということだ……グリッツ王が殺されてしまうとは……!」
「どうやら、本格的に動き始めたようですね。カストル王子とその協力者が」
親友でもあった王の死を、オットーは嘆き悲しむ。その側で、フィルは険しい顔付きになり呟く。つよいこころ八号を呼び寄せ、魔力を流し込む。
映像がいつ頃録画されたのかを調べた結果、昼間に起きた出来事であることが判明した。
「この映像が録画されたのが今日の昼間……博士、どうやら時間はあまり残されていないようです。すぐに王都に行きます。ボルス王子の救出を急がないと!」
「やれやれ、晩飯はお預けじゃな。よし、行くがよいフィル! 先にラボへ寄っていけ、頼まれてた新しいスーツが完成しとる」
「ありがとうございます、すぐに急行し」
「待ってくれ、フィルくん。私も連れて行ってくれないか?」
すぐにでも王都へ向かおうとするフィル。そんな彼に、オットーがそんな頼みをした。フィルもアンネローゼも驚き、目を見開く。
「ちょ、本気で言ってるのお父様!? 危ないわよ、やめた方がいいって!」
「戦力にはなれんが、グリッツ王から教えられた秘密の通路を案内出来る。上手く行けば、労せずボルス王子を助けられるぞ。それに……」
「それに?」
「親友を殺されて、黙っていることなど出来ん! カストル王子に一泡吹かせて、王の仇を討ちたいのだ! 頼む、私も連れて行ってくれ!」
アンネローゼに止められる中、オットーは頭を下げて頼み込む。しばらく考え込んだ後、フィルは頷いた。
「分かりました。ただし、危ないと判断したら即座にテレポートで帰還してもらいます。それでもいいなら、同行を認めましょう」
「いいの? フィルくん。まあ、私が全力でお父様を守るからいいけど」
「おお、ありがとう! よし、なら善は急げだ。待っていろ、カストル王子!」
アンネローゼとカストル。二人の再会の時が訪れようとしていた。