125話─オボロとシエル
「ふふ、わたくしとても嬉しいです。殿方から贈り物を貰うなんて、初めてのことですから」
「喜んでもらえたようでよかった。また何か欲しいものがあれば、遠慮なく言ってほしい。それがしに買えるものであれば、何でも買うから」
「ありがとうございます、オボロ様。でも、わたくしばかり買ってもらうというのも……」
アクセサリーショップにて買い物を終えた一同。フィルとアンネローゼは銀色に輝くペアリングを、オボロは四つ葉のクローバーの髪飾りを購入した。
オボロからの贈り物を貰ったシエルは、ニコニコ嬉しそうに笑っている。修道服の帽子部分を外し、早速髪飾りを頭に着けてはしゃいでいた。
「うんうん、いい光景ね。あの二人、なんだかんだ仲良しじゃない」
「いいことだと思いますよ、とても。ほら、オボロもあんなに楽しそうですよ」
そんな微笑ましい光景を、フィルたちはほんわかした気持ちで見守っていた。少し遅れて着いていているファンたちも、嬉しそうにしている。
アクセサリーショップを出た一行は、バザールを練り歩く。何か面白いものは売っていないかとあちこち見ていると、ある店を見つけた。
「あ、ここは……」
「アンネ様? どうしました?」
かつて、カンパニーの特務エージェント……エモーことレジェと初めて会ったカフェが目の前にあった。今は亡き友との出会いを思い出し、アンネローゼは寂しそうな表情を浮かべる。
「アンネ様……そっか、このお店は」
「ええ。何だか、遠い昔のように思えるわ。レジェと会ったあの日が……」
その表情を見たフィルは、何かを察しアンネローゼの手を握る。暖かな感触に、乙女は表情を和らげた。
「大丈夫、もう乗り越えたから。あ、そうだ。せっかくだから、ここでランチにしない? ちょっと早いけど、みんなにもここのご飯を食べてみてほしいなって前から思ってたの」
「それがしは異存はない。シエル殿、腹は空いているかな?」
「あ、はい。今日はデートで美味しいものを食べようと、朝ご飯を軽いものにしてきましたので。わたくし、いつでもたくさんご飯を食べられます!」
オボロに尋ねられ、シエルはむんっとガッツポーズをしながら得意気な顔をする。よほど、今日のデートが楽しみだったのだろう。
フィルもアンネローゼに同意し、四人はカフェに入っていく。まだお昼休みになる前のため、以前とは違い人は少ない。
「ここのパンケーキ、とても美味しいのよ。シュヴァルカイザーを模しててね、見てるだけでも楽しいの」
「そうなんですか? 自分を模した食べ物を食べるって……なんだか、不思議な気分になりますね」
レジェのいない寂しさを紛らわせようと、アンネローゼは率先してフィルたちを案内するのだった。
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「ふう、ふう。やっと終わったか……体内からキカイのパーツを除去し終えるまで、こんなにかかるとは思っていなかったぞ」
「まったくだ、この遺体を引き取ってから何日経ったのやらな……はー、しばらく解剖はやりたくないな。モツを見るのはもう飽きた」
フィルたちがダブルデートを楽しんでいる頃。カルゥ=オルセナから遠く離れた大地、ギール=セレンドラク。
人里離れた山奥、切り立った山々に囲まれた窪地に大きな都市があった。かつて大地を救った四人の王の一人が住まう魔法都市、メリトヘリヴン。
街の中央にある研究所の中に、二人の巫女がいた。片方は、アゼルの妻リリン。もう片方は、リリンの姉にしてこれまたアゼルの妻、フェルゼだ。
「二人とも、お疲れ様。やれやれ、これでアゼルからの依頼はこなせたわけだ。ここまでキカイが組み込まれているとは……私も予想外だった」
「ジェルマ先輩、ようやく終わったよ。これが最後のパーツだ。これで、この女をやっと蘇生させることが出来るわけだ」
研究所の一角にある手術室に、解剖用の台が置かれている。そこには、一人の女性の遺体が乗せられていた。
乗せられているのは、レジェの遺体。彼女の身体に組み込まれたキカイの部品を全て取り除くため、リリンたち封印の巫女が持ち回りで作業をしていたのだ。
「しかし、本当に大丈夫なのやら。今のアゼルは、まだ完全復活からは遠いのだろう? そんな状態では、生き返らせることが出来るか不安だと思うけど」
「確かに、先輩の言う通りだが……アゼルならきっと大丈夫さ。最近は車椅子から降りて歩けるようになったし」
キカイのパーツが組み込まれたままでは、レジェを蘇生することが出来ない。そのため、医療の知識に長けた巫女たちに白羽の矢が立った。
レジェの遺体を解剖し、体内に埋め込まれたパーツを一つずつ手作業で取り除き続けた。かなりの日数がかかったものの、こうして全て除去出来た。
が、ジェルマはリリンが投げて寄越したパーツを見ながらそう呟く。ウォーカーの一族が引き起こした惨劇を収束させるため、アゼルは身体を蝕まれたのだ。
車椅子に乗らなければ移動も出来ないほど衰弱していたことを心配していたが、そんなジェルマにリリンが答えた。
「まあ、なるようになるのを祈るしかないか。最悪、私たちの魔力を渡してサポートすればいい」
「そうだな、先輩。さ、リリン、次は後片付けだ。処理に使った器具やらなんやらを洗って仕舞うぞ」
「やれやれ、最後まで疲れるな……全部終わったら、アゼルからご褒美をもらうとするか」
解剖に用いた器具や白衣等を洗浄するため、リリンはフェルゼと共に手術室を出て行く。レジェがよみがえることが出来るか、出来ないか。
運命の時が、少しずつ近付いてきていた。
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「はい、お待たせしました! シュヴァルカイザーと仲間たちパンケーキマークツーでーす!」
「わ、パワーアップしてるわね。ボリュームがかなり増えてる……」
「しかもこれ、オーバークロスした後の僕たちをモチーフにしてますよね? 凄いなぁ、こんなに再現度が高いなんて」
リリンたちの苦労など知らず、アンネローゼたちは今まさにランチを堪能せんとしていた。注文をしてから十分ほどして、頼んだものが運ばれてくる。
今回注文したのは、アンネローゼイチオシのシュヴァルカイザーと仲間たちパンケーキセットなのだが……本人たちに合わせ、いろいろ進化していた。
「こっちの抹茶アイスがアンチェイン・ボルレアスで、このレモンムースがオボロ……ですかね?」
「で、この大きなイチゴが多分クリムゾン・アベンジャーね。よくまあ、こんな綺麗な似顔絵をチョコソースで描けるわねぇ」
「こんなお料理があるんですね……孤児院の子たちに作ってあげたら、みんな喜びそうです」
パンケーキは三段重ねになっており、一番上にエターナル・サンブレイク。二番目にラグナロク、一番下にギアーズの似顔絵がチョコソースで描かれている。
一緒に付いてきた抹茶アイスとレモンムース、大粒イチゴの盛り合わせも他の仲間を模すため趣向が凝らされていた。
「何だか食べるのがもったいない気もするけど、それじゃ本末転倒だし食べましょっか!」
「はい! ……そういえば、オボロ様はお食事は……」
「問題なく出来る。そういう機能を、ギアーズ殿が後付けしてくれたのでな」
「そうですか、よかった。じゃあ、その……」
そう言うと、シエルはスプーンで抹茶アイスを掬いオボロに差し出す。先輩シスターから、食事の時にあーんしてあげるといい、と入れ知恵されたのだ。
「あ、あーん……!」
「? ?????」
「食べてあげなさい、オボロ。レディが勇気出してんのよ、それを台無しにしたら後で怒るわよ」
「ハッ! す、済まぬ。一瞬頭脳回路がフリーズしてしまった。では、いただこう……もぐっ」
突然の行動に、オボロは現実を認識出来ずフリーズしてしまう。アンネローゼの一言で我に返り、差し出されたスプーンを口に含む。
「あの……ど、どうでしょう? 美味しい……ですか?」
「あ、ああ。とても美味だ。では……そ、それがしもお返しをしよう……」
「は、はい! あーん……」
アンネローゼからの無言のプレッシャーを食らい、ぎこちない動きでお返しにあーんをするオボロ。そんな二人を見ながら、先輩カップルはイチャつく。
「やれやれ、二人ともなっていわねぇ。フィルくん、お手本を見せるわよ! さ、私にこのパンケーキをあーんしてちょうだい!」
「わ、分かりました。……恥ずかしいけど、二人のためなら! はい、あーん」
「あーん。ん、美味しっ! さ、フィルくんにもお返ししてあげるわね!」
窓の外からファンたちが見守る中、二人は存分にイチャイチャする。平和な時間が、ゆったりと流れていた。




