124話─ドキドキのダブルデート大作戦!
翌日。シスター・シエルの了承を取り付けられたため、フィルたちは早速ダブルデートに望んでいた。今回訪れたのは、グリマルク王国。
アンネローゼの希望で、リデロンの街にやって来たのだ。すでに座標の登録は済んでいるため、直接テレポートして移動する。
「フィルくん、アンネローゼさん。今日はわたくしたちのために時間を割いていただき、ありがとうございます」
「いいのいいの、気にしないで。今日はパーッと遊びましょう! 私たちがデートのイロハを教えてあげるわ!」
「はい! よろしくお願いします!」
街の入り口にて、アンネローゼとシエルはそんな会話をする。街の住民や観光客は、そんな彼女らを遠目に見ていた。
何故話しかけないのか、理由は単純だ。フィルたち三人の左腕に、上半分が黒、下半分が白の腕章を着けているからだ。
「あ、フィル様がいる!」
「アンネローゼ様とオボロ様も……でも、今日はお休みなんだ」
「握手してもらいたいなあ……でもお休みの邪魔するのはなぁ……うーん……」
この腕章は、フィルたちがヒーローとしてではなく一個人としてオフの日を満喫していることを示すためのものなのである。
握手やサイン等のファンサービスはするものの、あまりしつこく絡みに行くのはプライベートの妨害として禁止する協定が結ばれていた。
「みんなずっと見てますね。視線が突き刺さってきますよ」
「特に私が見られてるわね。ま、一度死んだことにしてたのをやっぱやーめたしたわけだし、仕方ないわ」
いつまでも一カ所にいては意味がないと、四人は街の中に移動する。それを追うように、ファン集団も少し遅れてついてきた。
複数の視線を向けられ、フィルとアンネローゼは小声でやり取りする。普通に正体を明かしたフィルたちはともかく、アンネローゼは一度死を偽装している。
それが実は生きていた、しかもホロウバルキリーの正体とあれば世間が騒ぐのも無理はない。実際、ヴェリトン王国では彼女を当主としてハプルゼネク家復興の案も出たほどだ。
「あのぅ、これからわたくしたちはどこに行くのでしょうか?」
「うむ、それがしも聞きたかったところだ。行き先は二人に任せているが、詳細くらいは聞かせてくれてもいいだろう?」
「ふっふっふっ、いいわよ。デートに来て最初にやることと言えば……買い物をおいて他にないわ! というわけで、市場に行くわよ!」
「ふーむ、なるほど。では、共に行くとしよう、シエル殿」
「はい!」
アンネローゼに行き先を教えられ、早速街の中心にあるバザールへ向かおうとするオボロとシエル。が、そこにアンネローゼが待ったをかけた。
「ストップ! ダメダメ二人とも、恋人としてぜーんぜんなってないわ」
「え? そ、そうなのですか?」
「当たり前よ! もう付き合ってんでしょ? なのに手も繋がないってのは有り得ないわ。ほら、私とフィルくんみたいに繋いでみて」
「そ、そんな……殿方と指を絡めるなんて! ど、どどどどうしましょう! そんなの恥ずかしすぎます!」
このシスター、アンネローゼやフィルが思っていた以上に恋愛に疎いようだった。恋人繋ぎをするフィルたちを見て、顔を赤くしてはわはわしている。
隣でオロオロしているオボロに、フィルがアイコンタクトをする。自分の方から手を握り、エスコートしてあげなさいと。
「あー……こほん。シエル殿、ソナタがよければ……それがしと手を繋いではもらえないだろうか。もちろん、普通に手を握るだけでいいのだが」
「わ、分かりました! 恥ずかしいですが、オボロ様の申し出なら……喜んでこの手を繋ぎます!」
差し出されたオボロの手に、そっと自分の手を重ねるシエル。血の通わぬ鋼の冷たさと、その中に根付く確かな温もりがシエルに伝わる。
「オボロ様の手、とても不思議……ひんやりと冷たいのに、人肌のような暖かさも感じます」
「それがしも……驚いている。シエル殿の手は、こんなにも……優しい温もりに溢れているのだと」
互いの手を握り、見つめ合う二人。だが、忘れてはならない。彼らが今いるのは、往来のド真ん中であることを。
ファン集団だけでなく、道ゆく人々もニヤニヤしながらオボロとシエルを見守っている。イイ雰囲気になってはいるが、まだデートは始まったばかり。
「はいはい、そこまで。こんな通りのド真ん中でロマンスやってんじゃないわよ、もう。日が暮れるまでここにいるつもり?」
「ハッ! す、すみません。ついオボロ様の手に夢中になってしまって……」
「ふふ、とても微笑ましいですよ二人とも。さ、行きましょう。買い物の始まりです!」
アンネローゼとフィルを先頭に、四人はファン集団を連れてリデロン中央にあるバザールへ向かう。今日もまた、市場は活気に満ちている。
「わあ、見てくださいオボロ様。いろんなお店がありますよ」
「そうだな、シエル殿。ネパの町の数倍はあるようだ。これは……どうすればよいのだ?」
「そんな肩肘張る必要なんてないわよ、興味のある店を回って欲しいものを買ったり冷やかしたりすればいいの。あ、でも気を付けてね。ここ、たまにスリが出るみたいだから」
「そこに関しては心配ない。シエル殿に近付く不遜な輩、見つけ次第我が妖刀の錆にしてくれる」
孤児院のある町、ネパより遙かに賑わっているバザールを見てシエルは好奇心を刺激されている。オボロに尋ねられ、アンネローゼは答えた。
「大丈夫ですよ、ファンの皆さんがバッチリ見張ってくれてるみたいですから。皆さん、どうもありがとうございます。デートが終わったら、また握手会しますからね!」
「わーい!」
「やったー! よーしお前ら、怪しい奴を一歩も近付けるなよ!」
「おー!」
いくらスリが相手とはいえ、流石に町中で刃物を抜くのはいろいろとまずい。フィルが咄嗟に機転を利かせ、ファンたちに見張りをしてもらうことになった。
そんなこんなで、四人はバザールに足を踏み入れる。あちこちの店から、客引きしようとフィルたちに声がかけられた。
「よっ、カルゥ=オルセナ一の色男! 今日は仲間と一緒にお出かけかい? よかったらうちの店に寄ってってくれよ!」
「色男だなんて……ところで、ここは何を売っているお店なんです?」
「へへ、うちはアクセサリーショップさ! 職人お手製のアクセサリー、指輪から髪飾りまで何でも揃ってるんだぜ!」
名は体を表すかの如く、全身にネックレスやら腕輪だのをたくさん身に付けた店主が声をかけてくる。店の扉を開け、自慢気に中を見せてきた。
店主の言う通り、店内には指輪からブローチ、ピアスにネックレスといったアクセサリーや小物が所狭しと並んでいる。
「まあ、綺麗なアクセサリーがいっぱいありますね」
「では、何か見ていこうか、シエル殿。フィル殿、ここに寄ってもよいだろうか」
「ええ、いいですよ。僕もアンネ様に何か贈ろうかなって思ったので」
「このこの~、嬉しいこと言うじゃない! あ、じゃあ一つ欲しいものがあるんだけど……」
シエルが目をキラキラさせて店内を見ていることに気付き、オボロが買い物したいと告げる。フィルたちも承諾し、店主と一緒に店に入った。
「いやー、嬉しいねぇ! あのシュヴァルカイザーがうちで買い物したとありゃ、明日から大繁盛間違いなし! ってやつだ!」
「福の神みたいな扱いになってるわね、私たち。ま、いいけどね。ところでおじさん、欲しいものがあるんだけど……」
「はいはい、何でも言ってちょうだい! 店にないものでも、オーダーメイドで受け付けちゃうよん!」
「じゃあね、ペアリングを売って欲しいのよ。私とフィルくんで、お揃いのを着けたいの」
「ペアリング……いいですね、僕も欲しくなってきました」
アンネローゼとフィルが店主を話している間、オボロとシエルはショーケースを順番に眺めていた。何を買おうか品定めしていると、シエルが立ち止まる。
「あ、これ……」
「ん? どうなされた、シエル殿」
「はい、この四つ葉のクローバーの髪飾り、とても綺麗だなぁと思いまして」
「ふむ、どれどれ……確かに、いい質だ。そなたが身に着けるのに申し分ない」
こちらはというと、四つ葉のクローバーの形をした髪飾りに目を留めていた。ショーケースの向こうにある髪飾りを、シエルがジッと見つめる。
そんな彼女の手を握ったまま、オボロはふと出掛ける前にフィルから受けたレクチャーを思い出す。
『いいですか? オボロ。女性は真心のこもったプレゼントを贈ってもらうのが好きなんです。今回、もしシスターが何かを欲しそうにしていたら、贈ってあげるといいですよ。そうすれば、もっと距離が縮まりますから!』
「……シエル殿。もしよければ、それがしがその髪飾りをそなたに贈りたい。幸い、金はある。それがしを選んでくれたそなたへの礼をさせてほしいのだ」
「えっ!? い、いいんですか? ……ふふ、わたくしとても嬉しいです!」
オボロの申し出を、大喜びで受けるシエル。可憐な花のような笑みを浮かべ、とても楽しそうだ。そんな彼女を見て、オボロは不思議な感覚を味わう。
(? なんだ、今のは。それがしの頭脳回路に、何か違和感が……)
心の中で不思議がるオボロだったが、彼はまだ気付いていない。自分の中に、シエルへの『愛』が芽生えはじめていることを。




