123話─オボロ、思い悩む
ヴァルツァイト・ボーグがカルゥ=オルセナに入り込んだ、次の日。宿敵が現れたことなど露知らず、フィルたちはお祝いをしていた。
「おめでとう、オボロ。無事、シスター・シエルとお付き合い出来てよかったです」
「かたじけない、このように祝ってもらえるとは。みな、本当にありがとう」
「気にすることないっす、アタイたち全力でお祝いするっすよ!」
基地に帰ったオボロは、シスター・シエルと交際することになったとフィルたちに報告する。めでたい知らせに、フィルやイレーナは大喜びだ。
罰として正座させられているアンネローゼと、情報収集のために基地を離れているジェディンを除いたメンバーでオボロを祝うことに。
「いやー、これでオボロもついに彼女持ちっすか。いいなー、アタイもそろそろシショーみたいな可愛い彼氏が欲しいっす!」
「ふむ、そうじゃのう。確かに、独り身というのは寂しかろうて」
「それなら、リオさんに頼んでみましょうか? イレーナの彼氏になれそうな相手を、探してくれると思いますよ」
食堂に集合し、フィル手製のご馳走を食べる一同。先を越されたイレーナは、ステーキを頬張りながら願望を口にする。
フィルやオボロを見て、自分もそろそろ誰かとお付き合いしたくなったようだ。パンを食べながら、フィルがそう提案した。
「むしろ、魔神さんとお付き合いするのも悪くないと思うようになってきたっす。もしお付き合い出来たらきっと、毎日パーティーしてるみたいに楽しくなる気がするっすよ!」
「いや、それがしとしてはやめた方がよいと思うが……あの騒がしさが毎日続くのは、かなり精神を摩耗させると思う」
「わしも同感じゃのう。友人としている分には良さそうじゃが、恋人や家族になるとなればいろいろしがらみもあろうて」
提案に乗り気なイレーナだったが、オボロとギアーズは難色を示す。前者は直接触れ合った経験から、後者は種族の違いを懸念してのことだ。
「えー、でもアタイは楽しかったっすよ? それに、お付き合いするとなったら血を貰って魔神の眷属になっちゃえばいいんすよ!」
「それはそうなのじゃがのう、イレーナや。それはつまり、わしやジェディンだけでなくフィルやアンネローゼ……全員の最期を看取らねばならぬことになるのじゃぞ」
「あ……」
「それだけではない。魔神の寿命はとんでもなく長いと聞く。下手をすれば、フィルとアンネローゼの子孫たちまで加わろう。親しい者が先立つのを延々見続ける覚悟が、お主にはあるのか?」
考え無しにそんなことを言うイレーナを、ギアーズが諭す。ベルドールの魔神を含む神は、億単位の年月を生きる存在。
当然、フィルやアンネローゼとは寿命が桁外れに違う。一度血を得て魔神の眷属と化せば、もう二度と同じ時を生きることは出来ない。
「……そう、っすね。想像したら、なんだか泣きそうになってきたっす」
「今すぐ決める必要もあるまい。ゆっくり時間をかけて考えればええ。なぁに、そのうちひょっこりと現れるじゃろうよ。お主の恋人になれる者が」
「うん、アタイもそう思うことにするっす! ところでオボロ、シスターさんとはどんなデートするっすか~?」
「そう、問題はそこなのだ。その点について、フィル殿に意見を求めたい」
閑話休題、お祝いの主役であるオボロに話が戻る。いつになく真面目な表情になり、オボロはフィルに問う。デートとはなにか、と。
「それがしはずっと、戦うために稼働してきた。故にそのデートなるものの作法がまるで分からぬのだ。シエル殿を失望させぬためにも、事前の知識が必要と判断したのだが……」
「なるほど……確かに、初めてのデートは一生の思い出に残る大切なイベントですからね。それなら……」
「ふっふっふっ、話は聞かせてもらったわ! 私にいい考えがある!」
フィルが考えはじめたその時、食堂の扉を豪快に開け放ちアンネローゼが入ってきた。正座地獄で脚が痺れ、歩けないためローリングしながら。
「なんじゃ、まだ罰は終わっとらんぞ。はよう戻れ、ほれほれ」
「ほあっ! ほあああぁぁっ! 待って、脚つつかない……ふぉああぁっ! ちょ、タンマタンマ! 今はホントにダメなんだって!」
ギアーズに絶賛痺れ中の脚を棒でつんつんされ、悶絶するアンネローゼ。フィルの仲裁でつんつん攻撃が中断され、ようやく話が始まる。
懲りずにつよいこころ六号を使い、会話を盗聴していたアンネローゼが出した案。それは、自分とフィル、オボロとシエルによるダブルデートだった。
「そのシスター、孤児院での様子を見る限り恋愛には疎い感じだったわ。そこにオボロをぶつけて二人きりにしても、グダクダになるのは明白よ」
「大分失礼な言い方ですが、確かに……言えてますね」
「でしょでしょ!? そーこーでー、その道の先輩である私とフィルくんが! 二人の初々しいカップルを実戦で導いてあげればいいってすんぽーよ!」
「なるほど、流石姐御! あったまいーい!」
シスターという職業柄、元々恋愛に疎いシエルと、恋を知らないオボロ。前知識があったところで、二人だけでは確実にしょっぱいデートになる。
そう判断したアンネローゼは、直接自分たちが手本になればいいのだと考えた。自分も久しぶりのデートを楽しみつつ、オボロたちに恋愛のイロハを教えることが出来る。
アンネローゼが考えたにしては、中々に合理的なアイデアだった。
「ふむ、悪くないのう。確かに、その方がオボロのためにもなろうて」
「しかし、よいのか? それがしたちがいては、アンネローゼ殿たちが楽しめまい」
「僕は平気ですよ? むしろ、普段と違うからこそ楽しめるものがあると思うんです。ね、アンネ様?」
「そうよ、いいこと言うわねフィルくん! ま、肝心のシスターが承諾してくれないと頓挫するけどね!」
「であれば、食事が終わり次第孤児院に行って聞いてみよう。そこで了承してもらえればいいのだが」
自分やシエルがいては、フィルたちがデートを楽しめないのではと懸念するオボロ。そんな彼の不安を消し飛ばすように、二人は快諾する。
それならばと、オボロは早速シエルに相談することを決めた。食事を終えた後、孤児院へ向かい基地を去って行った。
「相変わらず、やると決めたらすぐに動くのねオボロは。その行動力、見習いたいわー」
「そうじゃのう。ところでアンネローゼ、お主またつよいこころを悪用したのう?」
「ギクッ。い、いやほら。今回はオボロのためを思ってのことだから……見逃して? ね?」
「ダメじゃ。今度は夜までキッチリと、正座してもらうからの! 勿論!見張りをつけてな!」
オボロが去った後、ギアーズはアンネローゼの襟を掴み引きずっていく。捨てられた子犬のような目でフィルを見るが、助けは来なかった。
「フィルくん、ヘルプミー!」
「ごめんなさいアンネ様、それとこれとは話が別なので……じっくり反省してきてください」
「ノォォォォォォォ!!!!」
「姐御、ファイトっすー!」
とばっちりでお仕置きの巻き添えを食らいたくないフィルは、手を振りながらイレーナと共にアンネローゼを見送る。
空になった食器を下げ、洗いながらダブルデートの内容を考える。どこでどんなデートをするか、今からワクワクしていた。
「シスター・シエルか……。僕が孤児院にいた頃にはまだ勤務してなかったから、どんな人なのかはあんまり知らないんですよね。何回か慰問に行っているとはいえ……まあ、悪い人でないことは確かですが」
そう呟きながら、ギアーズ謹製の食器洗いマシーンに皿や食器類を設置していく。ダブルデートに思いを馳せながら、スイッチを押すのだった。




