121話─日常に忍び寄る影
「よいしょっと。これで荷物は全部集まりましたね。全部見つかってよかったですよ」
「ありがとう、シュヴァルカイザー……いや、フィルくん。おかげで、商品を全部運べるよ」
「いえいえ、お気になさらず。人助けはヒーローの基本ですから! それじゃあ、また」
バーベキューパーティーから、四日が過ぎた。過去を断ち切り、心の傷が全て癒えたフィルはある決心をしていた。
それは、シュヴァルカイザーの正体をカルゥ=オルセナに住む全ての民に公表することだった。もう、過去に怯え正体を隠す必要はない。
これからは、より民と親密なヒーローとして人々を助けていこうと決めたのだ。アンネローゼたちも賛成し、正体を公表する。
「ああ、そんな! お礼もしないで帰したと知られたら、女房に尻を引っ叩かれちまう。どうだい、食事でも奢るよ」
「ありがたいのですが、先約がありまして。食事はまたの機会、ということで楽しみにしてますね」
「そうか、分かった。次に会う時は、とびきり美味い飯をご馳走するよ。じゃあな、フィルくん!」
人々は最初、予想もしていなかったシュヴァルカイザーの正体に驚いたがすぐに受け入れた。むしろ、小さなヒーローとその仲間たちを歓迎したのだ。
今日もまた、フィルは横転してしまった荷馬車の主を助け、散らばった荷物の回収を手伝っていた。人助けを終え、基地に帰還する。
「ふう、今日もみんなを助けられてよかった。最近はカンパニーの侵略もないし、平和だなぁ」
オボロとマッハワンの戦い以降、カンパニーは沈黙を保ち続けていた。コリンとの戦争に敗れ、資産を凍結されて侵略どころではないのだが……。
そんな事情をフィルが知るわけもなく。侵略を諦めたのだろうと、呑気に構えていた。かつて、オボロが警告したことも忘れて。
◇─────────────────────◇
「……看守ヨ。私がここニ幽閉されてカら何日経ったかナ?」
「さあね、知りゃあしませんよ。あなたとは口を聞くなと、七罪同盟からキツく言われてますんで」
闇の眷属たちが暮らす世界、暗域。その外側には、各王が統治する魔界と呼ばれる小さな世界が存在している。
その内の一つ、序列第七位の魔戒王……七罪同盟が治める地。罪人たちを閉じ込める『冥獄魔界』に、ヴァルツァイト・ボーグが幽閉されていた。
「ククク、つれないモのだな。私ガ王でなくなった途端、みな手のひらヲ返すようニなった」
「……」
「ま、無理モない。私も同じ立場ダったらそうスるだろうサ。闇の眷属にトって、強さコそが」
「さっきからうるさいぞ! 少しは静かにしてろ!」
「そウか、それは悪カった。だが、残念だナぁ。しばラく、冥獄魔界は騒がシくなル。私が脱獄スるからな!」
ペラペラと喋り続けるヴァルツァイトに苛立った看守は、鉄格子を警棒で殴り威圧する。直後、かつての王は不穏な言葉を口にした。
「脱獄ぅ? ぷっ、わっはははは!! どうやって逃げるってんだ、この牢獄塔の警備の厳重さはよーく知ってるだろうよ」
「ああ、知ってイるとも。我がカンパニーの子会社ガ建設ニ関わってイるのダから。だがネ……私には、切り札ガあるのだよ」
看守が大笑いする中、ヴァルツァイトはモノアイを縮小させながら指を鳴らす。すると、囚人服の上から腰の部分にあるものが出現する。
それは──アンネローゼやフィルの武器、ダイナモドライバーによく似たベルトだった。が、オリジナルとは違い、バックルの部分にカンパニーのエムブレムが刻まれている。
「!? な、なんだそれは! 事前に持ち物検査で私物は全部没収したはずだぞ!」
「ククク、甘いナ。貴様らのザルな警備デ、この私ヲ出し抜けルわけガないだロう! オルタナティブドライバー、プットオン!」
「な、何をする気だ!? やめ、やめろ……うわぁぁぁぁぁぁ!!!」
ヴァルツァイトは立ち上がり、バックルに触れながら不気味な声を出す。直後、ベルトから禍々しい光が溢れ牢獄と周囲一帯を包み込む。
『警報、発令。警報、発令。第四十四牢獄塔より囚人の脱獄を感知。繰り返す、第四十四牢獄塔より囚人の脱獄を感知。機動部隊は直ちに確保に向かわれよ』
「……おいおい、どうなってんだ。この塔は、何重にも防御魔法をかけてあるんだぞ。内側からも外側からも、絶対に破れないのに……」
「なんで、壁に大穴が空いてんだよ……」
それから数分後、けたたましいサイレンが冥獄魔界に鳴り響く。反乱分子鎮圧用の部隊が出動するが……もう遅かった。
ヴァルツァイト・ボーグが囚われていた牢獄の壁は粉砕され、無残に崩れ去っている。通路には、ミンチになった看守だったものが転がっていた。
「とにかく、脱獄囚を探すんだ! ベルフェゴール様にも報告しろ、例の囚人が逃げたと!」
「分かった、すぐに連絡する!」
機動部隊の面々が慌てて捜索に乗り出すも、すでにヴァルツァイトは魔界にいない。己の野望を果たすため、向かっているのだ。
フィルたちの住まう大地、カルゥ=オルセナへ。
「最後に残った特務エージェントたちト、我が私兵ノ全てヲかき集め……最後の攻勢ニ出るとシよう。私から栄光ヲ奪った罪の大きサ、思い知るガいい……!」
今、フィルたちとカンパニーの最後の戦いが幕を開けようとしていた。
◇─────────────────────◇
一方、その頃。オボロは彼の人生において、最も重い決断を下そうとしていた。町外れの大きな木の下にて……。
「オボロ様……約束通り、お返事を聞かせていただけますか?」
「……もちろんだ。そのつもりで、それがしはここに来ている。シスター・シエル。あの時の告白の返事、ここでしよう」
少し前に、オボロに告白をしたシスターと会っていたのだ。フィルが暮らしていた孤児院で働くうら若き乙女、シスター・シエル。
彼女は慰問活動で度々訪れるオボロと触れ合ううちに、彼に恋をしていた。勇気を出して、告白をしたのだが……折り悪く、その時はマッハワンとの決着をつけたすぐ後。
とてもではないがその場で返事を出せなかったため、考えさせてほしいとオボロが頼んだのだ。魔神たちとの戦いで少し遅れてしまったが、ついに答えを出す日が来たのだ。
「……率直に言えば、シスターの好意はとても嬉しく思っている。だが、それがしはキカイ。人の持つ心を学ぶ途上にいるのだ」
「はい……」
「それがしには、恋や愛というものがまだ分からぬ。だが……そのことを相談した時、フィル殿はこう説かれた。分からぬのなら、学べばいいと」
「それは、どういう……?」
シエルは、不安そうな表情でオボロに問う。そんな彼女を安心させるように、オボロは肩に手を置く。そして、告白への答えを口にした。
「シスター・シエル。もしあなたが許してくれるのなら……それがしが愛を、恋を学ぶ手伝いをしてほしい。同じ道を、共に歩むことで」
「! では……わたくしの告白を、受け入れてくださるのですね?」
「ああ。まだ至らぬところも多々ある身だが……シスターと共に、歩んでいきたいと思っている」
「ああ、よかった……お断りされたらどうしようと、わたくしずっと……う、ぐすっ」
「不安にさせてしまって申し訳ない。もっと早く返事を出来ればよかったのだが……」
オボロは、シエルの愛を受け取ることを決めた。嬉しさのあまり、シエルはその場に泣き崩れてしまう。オボロはそんな彼女の側に、ずっと寄り添っていた。
「うーん、いい雰囲気じゃない。オボロのヤツ、案外スケコマシの適性あるんじゃ」
「アンネローゼ? つよいこころ二十三号を使ってなーにをやっとるんじゃ? ん?」
「ゲッ! ヤバいのに見つかった!」
そんな微笑ましい光景を、出歯亀する無粋な輩が一人いた。つよいこころの監視システムを悪用し、アンネローゼがこっそり基地から観察していたのだ。
お菓子を食べながら一部始終を見ていたが、天は悪を見逃さない。最悪のタイミングでギアーズに見つかり、お説教されることになった。
「まったく、人が作った情報収集のためのシステムをなんてことに使っておるんじゃ! フィルが知ったら呆れ果てて物も言えなくなるぞ!」
「うう……ごめんなさい、つい出来心で」
「いーや、許さんぞ。罰として、足が痺れに痺れて悶絶するまで正座してもらう。よいな、動いたら容赦なく足をつねるぞ!」
「ひーっ、地味に嫌な罰ぅぅぅ!!」
それぞれの場所で、それぞれの日常を謳歌するフィルたち。だが、それももうすぐ終わる。地へ墜ちていく巨悪の、最後の足掻きによって。




