118話─天を統べるヒーロー! エターナル・デイブレイク!
「それじゃあ見せてもらおうかな、新しい力を。僕をガッカリさせないでね!」
「ええ、見せてあげますよ。エターナル・デイブレイク……ウェザーリポート!」
覚醒を果たしたフィルを見て、リオは耳としっぽをはち切れんばかりに振り回しつつ爪を打ち鳴らす。歓びに打ち震える少年を前に、フィルは剣を天へ掲げる。
すると、里を守ってきた結界が完全に壊れ、迷宮を形作っていた霧が晴れた。燦々と輝く太陽が、凍り付いた里を照らし出す。
「わあ、いい天気。で、ここからどうするのかな?」
「こうするんですよ。ウェザーチェンジ、ヘイルストーム!」
陰鬱な空気が和らぐ中、フィルは新たに得た力……天候支配を用い空を暗雲で覆う。そして、暗い雲から拳大もある雹を降らせた。
鋭く尖った雹は、全てリオを狙って落ちていく。それを見たリオは、すでに呼び出してある凍鏡の盾を引き寄せ身を守る。
「なるほど、そういうタイプの能力なんだね! 初めて戦うタイプだなぁ、警戒を強めておかなきゃ」
「ええ、その方がいいですよ。僕自身、この力で何をやれるのか……完全に把握出来てないんです。一つ一つ手探りですから、何が起きても文句は言わないでください!」
「もちろん、言いやしないさ! こんな雹、全部防げるしね!」
盾を斜めに傾け、降ってくる雹を全て弾くリオ。角度を計算し、フィルに向けて弾かれるようにすることで同時に反撃も行う。
一方のフィルは、マントをひるがえして身を守り雹を打ち消す。剣に魔力を込め、次なる天候変化のためにチャージを始める。
(この力、本当に未知数だ……。使い方を誤れば、戦闘どころじゃないことになるかも……。でも、だからって臆していられない!)
(魔力を溜めてるね。ああは言ったものの、次に何をしてくるか読めないと迂闊に動けないな。かと言って、アブソリュート・ジェムを使うような無粋な真似はやりたくないし……)
雹が降り注ぐ中、二人して考え込んでしまう。しかし、リオの方はもう時間が残されていない。アンネローゼが近付いてきている以上、いつかは合流されてしまう。
二対一でも余裕で勝てる自信はあるが、それ以上に合流によって勝負が強引にお流れにされてしまうことを危惧していた。
(ダンテさんはやられちゃったみたいだし、ダンねぇはもう一人と鬼ごっこで忙しいし、他のみんなはウォーカー狩りの最中だし……しょうがない、当たって砕けろだ!)
仲間たちに妨害してもらおうにも、頼ることは出来ない。仕方なく、短期決着を狙う方針に切り替えることにしたリオ。
すでに十分なエネルギーが蓄積された凍鏡の盾の取っ手を掴み、凍った地面をフィル目がけて勢いよく滑走していく。
「反撃開始! 食らえ、ミラーリングインパクト!」
「なら……ウェザーチェンジ、サンライト・ギガレーザー!」
フィルは雹を降らせるのをやめ、再び空を快晴状態にする。そして、天に輝く太陽からレーザー光線を発射した。
「うにゃっ!? そ、そんなのアリ~!?」
「アリなんです、こんな攻撃もね! ファイア!」
「うあっ! い、凍鏡の盾が砕かれたぁ!?」
「今です! ウェザーチェンジ、ライトニングコール! 雷よ、我が剣に宿れ!」
まさかの攻撃に、リオは驚きのあまり突進の勢いを弱めてしまう。それは、未知の力を持つ相手との戦いの最中にしていい行動ではなかった。
太陽から降り注ぐレーザーが凍鏡の盾に直撃し、一撃で粉砕する。リオ自身も身体を焼かれ、再生のためその場に留まらざるを得なくなる。
その隙を逃さず、フィルは走り出す。雷雲が一つ空に現れ、掲げられた剣に雷が落ちる。電撃を纏う黄金の剣を構え、フィルは跳躍した。
「今度こそ終わりです! 奥義……天晴・ウェザーエンドグライザー!!」
「来るか……なら! また返り討ちにしてやる! 奥義、アイスシールドスラッシャー・クロスエンド!」
雷を宿す剣と、冷たき氷の爪。今一度、フィルとリオの奥義がぶつかり合う。
「うおおおおおお!!!」
「りゃあああああ!!!」
互いに叫びながら、得物を押し付けあう。激しいつばぜり合いの末に、亀裂の走る鋭い音が二人の耳に届いた。
今回、つばぜり合いに耐えきれなかったのは……リオが操る氷爪の盾の方だった。六枚の爪、その全てが砕け散る。
「……ふふ。まさか、本当に宣言通り僕に勝つなんてねぇ。本当、楽しませてくれたよ」
「期待に応えられてよかった。これで……終わりです、リオさん!」
己の敗北を受け入れ、リオは静かに微笑む。そんな少年に向かって、フィルは勢いよく剣を振り下ろしトドメを刺す。
剣がリオを切り裂くのと同時に、内部に宿る雷が弾け雷光がとどろく。身体の内と外を焼かれ、リオはその場に膝をついた。
「……げほっ。魔神でよかったよ、そうじゃなかったら死んでたね、僕」
「いっそ、死んでいた方が楽だったんじゃないですか? その怪我……やっちゃった僕が言うのもアレなんですが」
「へーきへーき。これくらい、ちょっと魔力を再生に費やせばすぐ全快だよ。ふんっ!」
身体のあちこちが炭化し、目を覆いたくなるような状態になってしまったリオ。それでも生きているわけだが、フィルはなんとも言えない気分になる。
「これでよし、と。いやー、ちょっとあっさりめな決着だったけど楽しかったよ。さて、十分楽しめたし……そろそろ最後の仕上げをしようかな」
「僕の心を覗き見るんですよね? ……何だか、ちょっと嫌ですね」
「ごめんねー、すぐ終わるから。じゃ、行くよ。『霊魂のトパーズ』、マインドオープン!」
たった数分でダメージを完全に治したリオは、フィルの前に立ち額に右手の人差し指を当てる。自身の頭上に『霊魂のトパーズ』を浮かべ、左手を握る。
すると、一瞬意識がブラックアウトしすぐ元に戻った。周囲の景色は、一面全て白いもやに塗り潰されている。フィルの心の中に入ったのだ。
「……凄いな、これ。この白いの、全部魔力だ。なるほど、心の中すらも無限の魔力に満ちているのか」
感心しつつ、リオはふわりと浮かび上がり先へ飛んでいく。その途中、フィルの記憶を垣間見る。里での苦しい生活から始まる、これまでの半生の記録を。
『このクズ! なんでお前は無限の魔力があるのに魔法を使えないんだ! お前みたいな奴は、俺の息子じゃあない! 恥を知れ、このゴミめ!』
『フィル、お前にはこの里を出て行ってもらう。異論は認めん、今すぐ立ち去り二度と足を踏み入れるな!』
『悪いなぁ、フィル。お前はもうお払い箱なんだわ。これからは、楽しい浮浪児生活を満喫してくれよ。一年も生きられねぇだろうけどな! ハハハ!』
「……どこの大地でも、救いようのない奴らはいるもんだね。ボグリスやガルトロスのこと思い出しちゃうなあ」
忌まわしき記憶を見たリオは、そう呟く。改めて、フィルの送ってきた悲しい人生に哀れみを覚えた。だが……ここからは、もうそんな悲惨な記憶はない。
『完成しましたよ、博士! これが、記念すべき最初のインフィニティ・マキーナなんですね!』
『そうじゃ。わしとフィル、二人の努力の結晶じゃ! くぅ~、わしが生きているうちにこの日を迎えられるとは……うっうっ』
『わー、まだ配線剥き出しなんですよ!? 涙が落ちたらショートしちゃいますー!』
最初のインフィニティ・マキーナを完成させ、喜びを分かち合うフィルとギアーズ。全ては、ここから始まったのだ。
『では……アンネ様、僕と……お付き合いしていただけますか?』
『ええ。この身果てるまで、ずっと一緒よ』
一世一代の、フィルの愛の告白。アンネローゼと結ばれたことで、彼はようやく人としての幸せを掴むことが出来たのだ。
「……うん。もう十分だ。たった二つ、記憶を見ただけでもう十分だよ。フィルくんのことを理解するにはね」
愛を注がれることなく育ち、どん底に落ちても。フィルは支えられ、立ち直った。悪に染まることなく、愛する仲間と大地のため戦ってきたのだ。
まさに、ヒーローと呼ぶに相応しい生き様を理解したリオは朗らかな笑みを浮かべる。もう用は済んだと、帰ろうとするが……。
『……クイ。憎イゾ、コノ無限ノ魔力ガ。コンナモノサエナケレバ、我ガチカラデ侵蝕シテヤレルモノヲ!』
「! ビンゴ、やっぱり僕の推理は正しかったね。フィルくんの心の中にもいたな……淀みをもたらす者よ!」
『キサマハ……ソウカ、例ノ魔神ダナ。我ガ子タチヲ根絶シタ憎キ光ノ使徒ハ!』
フィルの心に巣食う、淀みを見つけたのだ。黒いもや……淀みをもたらす者は、憎々しげな声を出す。
「そうさ。お前もそれに対抗して、新しいウォーカーの一族をどんどん生み出してるみたいだけど。そんなことしてもムダだよ、全部駆逐してやるから!」
『ククク、ヤレルモノナラヤッテミルガイイ。未ダ我ノ名スラ暴ケヌボンクラナゾニ、我ノ野望ヲ挫ケルトハ思エヌガナ!』
「野望、ね。お前の野望はなんなのさ? どうしてウォーカーの一族を生み出す? どうして彼らを世界の敵に仕上げるんだ!」
『ソレハ貴様自身ノ手デ暴イテミセルガイイ! クフフ、クフハハハハハ!!』
高笑いをした後、淀みをもたらす者は白いもやに押し潰され消滅した。フィル自身が淀みの存在を知ったことで、排除されたのだ。
「……ふん、いいさ。そっちがその気ならとことんやるまでだよ。いい気になってられるのも、今のうちだけなんだからね!」
そう呟き、リオはフィルの心の中から脱出する。長い戦いが終わり、今度こそ……完全に決着がついたのだった。




