12話─初めてのデート
「さてさて、まずは何から買いましょうか」
「そうねえ、食料は重くてかさばるから……アクセサリーとかの小物から見て回ろっか」
カフェを出たアンネローゼたちは、市場へ向かう。つい先ほどまで闇の眷属たちに街を攻撃されていたというのに、市場は賑わっていた。
商人たちはシュヴァルカイザーのおかげで危機が去ったことを知り、それを祝したバーゲンセールを行っているのだ。
「さあいらっしゃいいらっしゃい! 本日限定、シュヴァルカイザーパン販売中だよ! 味は絶品、中のチョコレートが甘くて美味しいぞ!」
「そこの人たち、お土産にシュヴァルカイザーキーホルダーなんて如何かな? 作りたてホヤホヤ、このチャンスを逃すともう買えないよ!」
市場の至る所で、シュヴァルカイザーにあやかったグッズや食べ物が販売されている。あまりの手の速さに、アンネローゼは舌を巻く。
「商魂たくましいってのはこのことね~。みーんなシュヴァルカイザーグッズを売って……ん? フィルくん、どうしたの?」
「いえ、その……何だか、急に恥ずかしくなってきちゃって……。一応、シュヴァルカイザーの中身ですし」
「あー、そうね。そりゃ自分のグッズがこんなに売られてたら恥ずかしいか……凄い売れてるし」
アンネローゼの後ろに隠れ、顔を赤くするフィル。そんな少年を見たアンネローゼは、抱き締めて頬ずりしたい衝動に駆られる。
が、公衆の面前でやったらフィルが恥ずかしさのあまり機嫌を損ねる可能性があったため、何とか我慢した。その代わり……。
「すいませーん、シュヴァルカイザーパンくださーい」
「アンネ様!? まだ食べるんですか!?」
「もちろん! せっかくなんだもの、記念に食べていきたいわ。おじさん、二つちょうだい!」
「あー、悪いねお嬢ちゃん。飛ぶように売れて、もう一つしか残ってないんだわ。お詫びに代金半額ってことで許しておくれよ」
「えー、しょうがないわねー」
長蛇の列に並び、シュヴァルカイザーパンを購入するアンネローゼ。二つ買うつもりだったが、あまりにも売れすぎて一つしか残らなかった。
ぶーぶー文句を言いつつ、パンを買ってフィルの元に戻る。広場にあるベンチに座り、パンをはんぶんこして仲良く食べはじめる。
「ん、結構美味しいわね。中のチョコレートが甘くてほっぺが落ちそう」
「確かに。それに、パンの形も中々シュヴァルカイザーのフェイスシールドに似てますよ、これ」
わいわい盛り上がりながら、二人はパンを食べる。食べ終えた後、アンネローゼはあることに気付く。
「それじゃ、そろそろ」
「あ、待ってフィルくん。口の横にチョコクリームがついてる」
「え、あ!?」
「ん、美味し」
フィルの口元にチョコがついていることに気付き、指で拭った。ここまでは良かったのだが、アンネローゼはそのままチョコがついた指を口に含む。
まだまだうぶなフィルは、彼女の行為に顔を赤くしてしまう。慌てふためく少年を見て、アンネローゼのも自分のしたことの意味に気付いた。
「あ! い、今のってもしかして……間接キスになるのかしら?」
「わ、分かんないです……あうう……」
二人の間に、気まずい空気が流れる。状況を打破しようと、とりあえず買い物を再開するが……そう簡単に気持ちは切り替えられない。
どこかギクシャクした雰囲気のまま、市場をさすらうのだった。
「ね、ねえフィルくん。このお肉、安くてお得だと思わない?」
「そ、そうですね。ステーキ用に買っていきましょうか!」
買い物に来た姉弟の微笑ましい一シーンに見えるが、アンネローゼもフィルも内心バクバクだった。先ほどの光景が脳裏に焼き付き、忘れられない。
(うう、何でナチュラルにあんなこと……。今になってすっごく恥ずかしい……)
市場を練り歩きながら、アンネローゼはそんなことを考える。まがりなりにも、貴族としての教育を受けてきた彼女があんなことをするのは自分でも信じられなかったのだ。
「でも、フィルくんの口元柔らかかったな……って、何考えてるのよ私! ……あれ? フィルくんは?」
ぶつぶつ呟きながら歩いていたアンネローゼがふと隣を見ると、フィルの姿がない。どうやら、考え事をしながら歩いているうちにはぐれてしまったようだ。
おまけに、彼女は人気の全くない市場の外れに来てしまっていた。それも、ごろつきたちのたむろする治安の悪いエリアへと……。
「やっちゃった……前に慰安旅行で来た時、この辺には近寄るなってお父様に言われたのよね。早く戻らないと」
「よう、ちょっと待ちなよお嬢ちゃん。暇そうじゃねえか、俺たちが遊んでやろうか?」
「この先にいーい店があるんだ。奢ってやるからよ、一杯やろうじゃえかよ」
きびすを返そうとしたその時、路地の奥から二人組のガラの悪い男たちがやって来た。ニヤニヤとだらしのない笑みを浮かべ、舐め回すようにアンネローゼを見つめる。
「結構よ、ツレがいるの。だから、お誘いは断らせてもらうわ」
「ツレぇ? お嬢ちゃん、一人じゃねえか。ははあ、もしかしてはぐれたな?」
「だったら、俺たちが探すの手伝ってやるよ。だから一緒に行こうぜ? ほら、こっち……痛っ!」
「汚い手で触んないで!」
下心を隠そうともせず、二人組の男たちはアンネローゼに近寄ってくる。さりげなく片方が退路を断てる位置に回り込んだ辺り、かなりの手練れだ。
それを察したアンネローゼは伸びてきた手を払い、強引に元来た道へ戻ろうとする。だが……。
「やりやがったな……大人しくしてりゃあいい気になりやがって! おいサブ、こいつに痛い目見せてやるぞ!」
「おうよ! 俺とビッズを怒らせたらどうなるかってのを教えてやる!」
「くっ……来ないで! 来ないでって言ってるでしょ!」
バルキリースーツがなければ、アンネローゼは非力な少女でしかない。だが、こんなところでスーツを使えば大問題になってしまう。
二人組が徐々に距離を詰めて、アンネローゼに殴りかかろうと拳を鳴らす。もうダメかと思われた、その時だった。
「いけないな、か弱い少女を襲おうなどとは。男として情けないとは思わないのか?」
「!? う、嘘だろ!? 何でこんなところにシュヴァルカイザーがいるんだ!?」
建物の上から、シュヴァルカイザーが降ってきたのだ。ビッズとアンネローゼの間に割って入り、彼女を守るべく立ちはだかる。
「去るといい。今なら何も見なかったことにしてあげるから。それを拒むというなら……」
「ひいっ!」
「……分かるね?」
シュヴァルカイザーは地面に向かってマナリボルブを放ち、二人を威圧する。冷たい殺気を感じ取った二人は、一目散に逃げていく。
「す、すんませんでしたぁぁぁぁぁ!!」
「わああ、置いてかないでくれぇぇぇ!!」
「……行ったわね。フィルくん、ありがと……!?」
男たちが逃げていったのを確認した後、フィルはスーツを脱ぎベルトに格納する。アンネローゼがお礼を言う中、フィルは彼女に抱き着く。
「ふぃ、フィルくん!? どうしたの、いきなり」
「……ごめんなさい。僕がぼーっとしてたせいで、アンネ様に怖い思いをさせてしまいました。僕がしっかりしてたら……」
「なんだ、そんなこと気にしてないわ。私もぼーっとしてたし、お互い様よ。それに……」
申し訳なさそうに謝るフィルの頭を撫でながら、アンネローゼは微笑む。自分も悪かったと口にし、フィルを見つめる。
「それに?」
「フィルくんのかっこいいところが見られたからいいかなって。また助けてもらっちゃったわね、ありがとうフィルくん」
そう言うと、アンネローゼはしゃがむ。目線をフィルに合わせ、少年の額に軽く口付けをした。フィルは目を丸くし、あたふたしてしまう。
「えっ、えっ、えっ!?」
「迷惑かけちゃったお詫びと、助けてくれたお礼よ。わ、私もちょっと恥ずかしいけど……これくらいはしなくちゃね!」
「ち、ちゅー……おでこに、ちゅーを……ぷしゅー」
「フィルくん? どうし……た、立ったまま気を失ってる……」
恥ずかしさが限界突破したようで、フィルは立ったまま気絶してしまう。そんな少年を抱き抱え、苦笑いするアンネローゼ。
「もう、仕方ないわねぇ。でも、こんなところも可愛いな。うふふ」
そう呟いた後、市場の方へ戻っていく。しばらくして、目を覚ましたフィルと一緒に買い物を続ける。
初めてのデートを経て、二人の仲もちょっぴり縮まったのであった。