113話─己の闇と向き合って
「叩き潰してあげる……覚悟しなさい!」
「おー、怖い怖い。せっかくのイイ顔が台無しだぜぇ!」
再び得物を手に持ち、アンネローゼとダンテは激しい戦いを行う。強い怒りによって鋭さが増した一撃が、ダンテの身体を的確に貫く。
「やっと本気出してきたか? だが、この程度の傷……すぐに癒やせるぜ!」
「その能力、反則過ぎない? これじゃあ、こっちに勝ち目がないじゃない!」
「そう簡単に勝たせるわけないだろ? 手ぇ抜いたんじゃ意味ねえからな! ストームドライブ!」
穿たれた手足を再生させつつ、ダンテは風を纏わせた槍を突き出す。穂先から螺旋状の真空波が放たれ、アンネローゼを襲う。
アンネローゼは翼を広げ、真上に飛翔することで攻撃を回避する。真空波が通り過ぎたのを見計らい、急降下して反撃に出た。
「食らいなさい! ホロウ・ストラッシュ!」
「当たるかよ、そんな分かりやすい大技が! ルナティックエスケープ!」
「!? 姿がぼやけて……消えた!?」
槍を突き出し、突進するアンネローゼ。それを見たダンテは、魔力を放出して自身を包み込む。すると、輪郭がぼやけ姿が消えた。
着地したアンネローゼは、消えたダンテを探し周囲を見渡す。だが、一向に姿を捉えることが出来ない。そこで……。
「いいわ、かくれんぼするつもりなら……無差別攻撃で引きずり出してやる! 武装展開、エアーリッパー!」
全身から風の刃を放ち、全方位へ同時攻撃を行う。ダンテへの牽制をしつつ、風景の揺らぎによる居場所の特定を狙っての行動だ。
(これだけ攻撃をぶっ放してれば、一つくらいは当たるはず。そうすれば血が噴き出して、アイツの居場所を特定出来るわ。そうなればこっちのも……!?)
「中々イイ作戦だったぜ。まあ……オレが風そのものになれるってことを知ってりゃ、もっとイイやり方を編み出しただろうがな」
「う、がは……」
思考を巡らせていたアンネローゼの腹部を、鋭い痛みが襲う。真後ろに現れたダンテが、槍で刺し貫いたのだ。
槍が引き抜かれ、アンネローゼはその場に崩れ落ちる。風の刃も消え、周囲には燃えさかる炎が弾ける音だけが響いていた。
「う、うう……」
「まあ、ウォーカーの一族どもに比べりゃよく頑張った方だぜ。苦しいのは嫌だろ? すぐに楽にしてやるよ。戦士としての礼儀だ」
仰向けに倒れ、口から血を吐くアンネローゼ。彼女を見下ろしながら、ダンテはゆっくりと槍を構える。
それを見ていたアンネローゼの脳裏に、かつて見た悪夢がフラッシュバックする。その瞬間、心の中を闇が支配していく。
(嫌……あんな悪夢を、現実にしたくない。悔しい……もっと力があれば。私がもっと強かったら! こんな奴に負けないのに!)
そう心の中で叫んだ直後、意識がブラックアウトする。少しして、意識を取り戻したアンネローゼは黒い闇の中を漂っていた。
『ここは……どこ? 何故かしら、暗くて嫌な感じがするのに……どこか安らぎを感じる』
『そんなの、簡単な話よ。ここはアンタ自身の心に宿る、負の感情が広がる場所だから。怒り、悲しみ、憎しみ……そうした好まれざる想いがたゆたうのがここなのよ』
アンネローゼが呟くと、どこからともなく声が響いてくる。そして、うっすらと輪郭の見える人型のナニカが、ゆっくり歩いてきた。
闇の中、爛々と輝く目を見たアンネローゼはその場で理解した。今、目の前にいるのは……自身が抱く負の感情の化身なのだと。
『あなたは……私なのね。私の、心の闇』
『そうよ。あの日……陰謀によって婚約を破棄された時から、あなたが心の中に抱き……目を背けてきたモノ。それが私』
闇の化身は、そう口にする。アンネローゼは彼女に近付き、手を握る。ゾッとするほど冷たく、それでいて熱き激情を宿す手を。
『力が要るのでしょう。あのいけ好かない魔神を打ち破り、恋人を救うための力が』
『ええ。悔しいけど、今の私はアイツに……ダンテに勝てない。……ずっと、あなたから目を背けてきたから』
『そうだ。だが……決めたのだろう? 私を受け入れると』
『もちろん。あの時、お父様とお母様に誓ったんだから。私は、私の中にある闇から逃げないって。あなたを受け入れて、前に進むって』
その言葉を、闇の化身は無言で聞いていた。アンネローゼの決意を聞き終え、化身は頷く。自分自身の決意は、誰よりも一番理解しているのだ。
『その言葉を聞けて安心した。覚えておくといい、アンネローゼ。負の感情は恐れるものにあらず。恐れることなく立ち向かい、飼い慣らせ。そうすれば、必ず力になる』
『ありがとう、もう一人の私。……この怒りを、憎しみを私はもう恐れない。全部乗り越えて進む。それが私の誓いだから!』
『……分かった。さあ、目を覚ます時が来た。お前自身だけでなく、新たな力もな』
『ええ。ここからが……本当の反撃よ! デュアルアニマ・オーバークロス!』
闇の化身は一歩前に進み、アンネローゼと身体を重ね……溶けるように吸い込まれていく。心の闇を受け入れ、アンネローゼは叫ぶ。新たなる自分へ目覚めるために。
「これで……終わりだ!」
意識が消えていたのは、現実の時間にして一秒にも満たぬ刹那の間。目を覚ますと、ダンテが槍を振り下ろそうとしているところだった。
心臓を貫き、息の根を止めんとするダンテ。それよりも早く、アンネローゼはその場を離脱する。一瞬の早業に、ダンテは彼女が消えたことに気付くのが遅れた。
「なっ!? あれだけの傷を負ったってのに、どこに消えやがった!? ……ん? これは……黒い、羽根?」
「どこ見てるのよ、このすっとこどっこい。私なら……ここにいるわ」
「どこ……がふっ!」
周囲を見渡していると、ふわりと一枚の羽根が落ちてくる。黒曜石のような、心奪われる美しさを宿す黒い羽根が。
直後、ダンテの頭上からアンネローゼが響く。上を見ようと顔を上げた瞬間、顎に蹴りが炸裂した。
「なにスカート覗こうとしてんのよ、見ていいのはフィルくんだけなんだから」
「ぐっ、いって……その姿、なるほどな。お前の仲間の小娘と、似たようなパワーアップをしたってことか」
蹴り砕かれた顎を再生させているダンテの背後に立ち、アンネローゼは挑発的な声を出す。後ろを向き、ダンテは敵の姿を視界に捉える。
汚れなき純白の翼とアーマーは、闇夜のような漆黒の色に変わっていた。頭部を守っていた兜は消え、代わりに側頭部から二本の角が生えている。
その神々しくも禍々しい姿は、まさに──堕天使と呼ぶに相応しいものだった。
「ええ、そうよ。心の闇を受け入れて、私は進化したの。今の私はホロウバルキリーじゃない。新たなる名は──ラグナロク!」
「神々の黄昏、か。中々おもしれぇ名前じゃねえかよ、え? 実力が名前負けしてねぇといいがな」
「負けてなんかいないわ。……この名前の元となった神話では、大槍を振るう神が巨大な狼に食われて死んだわ。でも、私はそうはならない」
そう口にし、アンネローゼは闇の力を宿した黒い槍を呼び出す。新たに片刃の斧が追加され、ポールアックスに進化していた。
「狼は堕天使を食い損ねるの。胃袋を内側から突き破られて死ぬ。それがアンタの定めよ、ダンテ!」
「いいねぇ、ゾクゾクするシチュエーションだ。ここまでワクワクする戦いは久しぶりだぜ。オレもそろそろ、本気を出さねえとな! ビーストソウル、リリース!」
アンネローゼの言葉を受け、ダンテもまた切り札を切る。槍のオブジェが納められた灰色のオーブを呼び出し、己の体内に取り込む。
すると、吹き荒れる風が竜巻へと変わりダンテを包み込む。少しして、竜巻を突き破り……人狼となったダンテがが姿を現した。
「これでお互い本気の姿になったわけだ。さあ……続けようぜ、楽しい死闘をな」
「ええ。必ずアンタを倒す……そして、ギャフンと言わせてやるわ!」
新たな力を得たアンネローゼと、本気を出したダンテ。二人の戦いは、クライマックスに突入しようとしていた。




