112話─二人の槍使い
かつてはアルバラーズ家の者たちで賑わっていただろう、居住地区。そこは今、突風が吹き荒れ炎の海が広がる地獄と化していた。
「食らいな! 旋風の槍!」
「そんなもの、当たらないわよ!」
風に煽られ、炎が拡散していく中……金属同士がぶつかり合う鋭い音が響き渡る。アンネローゼとダンテ、それぞれの振るう槍が激突しているのだ。
「あの時から、こうなるだろうなって予感はあった。それがこうして現実になるんだからよ、長生きはするもんだな!」
「あら、奇遇ね。私もそう思ってたわ。いつか必ず、本気でぶつかり合う日が来るってね! 武装展開、フェザーダーツ!」
「フン、手数で勝負ってか? いいねぇ、好きだぜそういうの! 出でよ、群狼の槍! スカイウォルフシュート!」
ダンテに蹴りを浴びせ、よろめかせるアンネローゼ。翼を広げて後方へ宙返りしつつ、鋭く尖った羽根をいくつも発射する。
それに対し、ダンテは気流を操り槍を作り出す。その槍を射出し、飛んできた羽根を全て相殺して撃ち落としてみせた。
「相変わらず器用なことするわね、アンタ」
「まぁな、これでも千年魔神やってるからな。海千山千ってやつだ、応用力も鍛えられてんだよこっちは」
「なら、私はパワーでアンタに勝つ! 元々、小手先の細工が得意な方じゃないしね! てやあっ!」
「おいおい、それこそ自殺行為だぜ? 魔神の身体能力、甘く見てると死ぬことになるぜ!」
二人同時に槍を突き出し、ぶつけ合う。直後、ダンテは槍を振ってアンネローゼの手から得物を弾き落とす。
そして、自身も得物を放り投げステゴロになった。力の差を見せ付けるべく、素手で戦うつもりなのだ。
「身の程知らずにゃあ教えてやらねえとな! 魔神と人と身体能力の差ってやつをよ!」
「来なさい、返り討ちにしてやるわ!」
「へっ、そんな強がりをいつまで言ってられるかな!」
互いに武器を捨て、殴り合いを始めるアンネローゼとダンテ。拳が唸り、脚が空を裂く。息もつかせぬ攻防の応酬が、炎の海の真ん中で繰り広げられる。
「てやあっ!」
「おっと、甘いな。そんな蹴り、当たったところで痛くも痒くもねえ!」
ダンテのこめかみを狙い、アンネローゼは回し蹴りを放つ。が、攻撃をブロックされ、逆に足首を掴まれてしまう。
「そーれ、反撃だ! ジャイアントスイングを食らえっ!」
「ぎゃー! 目が回るぅぅぅ!!」
アンネローゼの片足を掴んだまま、ダンテはその場で高速回転する。視界がぎゅわんぎゅわん回り、アンネローゼの目も回る。
「そーら、飛んでけー!」
「ぎゃーっ! ……って、このままやられてやるもんですか! ていっ! アンネローゼ式爆裂ニーキック!」
「ごぶっ!」
崩れかけの家屋に向かってブン投げられたアンネローゼだが、何とか翼を広げ急ブレーキをかける。そのまま前進し、ダンテの顔面に膝蹴りをお見舞いした。
……のは良かったのだが、直後アンネローゼの様子が急変する。思いっきり振り回されて、無事で済むわけがなかったのだ。
「てめぇ、よくもやりやが」
「うぷ……おえぇぇぇ!!」
「ぎゃぁぁぁぁ!! やめろバカ、人に向かって吐いてんじゃねえ! こんなサプライズは嬉しくねえぞコラァァァ!!」
ぐるぐる振り回されてからの急制動に、アンネローゼの脳と胃は耐えられなかった。傷を再生させつつ、反撃しようとするダンテの顔面に……。
アンネローゼは思いっきりリバースした。ある意味で、一番キツイ攻撃と言えるだろう。ダンテは転げ回り、絶叫する。
「はあ、はあ……。あー、スッキリした。人前で吐くなんて、ブレイズソウルに返り討ちにされた時以来ね」
「んの野郎……流石のオレもぶちキレるぞ、この仕打ちは。人をゲロまみれにしやがって……もう許さねえ、ブチのめしてやる!」
吐くものを吐いてスッキリしたアンネローゼだったが、ダンテの怒りの炎に油を注いでしまった。ダンテはリオから預かっていた、『あるもの』を取り出す。
「何よ、その宝石は」
「これか? こいつはアブソリュート・ジェム……世界が生まれる時に発生した、七つの特異点が結晶となって生まれたシロモノさ」
「アブソリュート・ジェム……!? それって、フィルくんが言ってた」
「万が一の時のために、オレたちは一つずつリオからジェムを借りてんだよ。オレが貸してもらってるのは、時を操る『時間のルビー』だ。こいつを使えば!」
そう言うと、ダンテは首から下げているネックレスに取り付けられた装飾部分に『時間のルビー』をはめ込む。
そして、時を少しだけ巻き戻し……吐しゃ物まみれになる前の状態になった。汚れが消えてスッキリしたようで、ダンテは機嫌が良くなる。
「ウソ、一瞬で綺麗になった……」
「ジェムを使うのは、ウォーカーの一族との戦いだけ……創世六神にそう誓約することで、オレたちはこの力を使えるんだ。お前はウォーカーの一族じゃないがよ、与してる存在だからセーフって判定になるわけだ!」
「!? えっ、姿が見えな」
「食らえ! アクセルマシンガンジャブ!」
ダンテは右手を握り、『時間のルビー』の力を発動させる。時を加速させ、文字通り神速の打撃を叩き込んでいく。
一秒に千発を超える拳の嵐が、アンネローゼに襲い掛かる。いくらインフィニティ・マキーナが強力なバトルスーツといえど、時の加速には対応出来ない。
「きゃあああ! う、ぐっ……」
「へっ、これでゲロ吐かれた分のお返しはしてやったぜ。……にしても、随分頑丈なアーマーだな、それ。オレ自身への負荷もデカいから、多少手ぇ抜いたとはいえ……あのパンチの嵐を耐えきったんだからよ」
「なんなのよ、その宝石……そんなの使われたら、勝てるわけないじゃない……!」
殴打の嵐がやみ、解放されたアンネローゼはその場に崩れ落ちる。幸い、スーツが物理的に破損することはなかったが……ダメージは大きい。
何とか起き上がりつつ、アンネローゼはダンテに抗議をする。が、そんな彼女を魔神は鼻で笑う。
「ハッ、そもそも勝たせるつもりなんて微塵もないんだぜ? ウォーカーの一族に肩入れするってのは、神々に反逆するのとイコールなんだ。反逆者を生かしてやるお人好しがどこにいるよ?」
「好き勝手言ってくれるわね。フィルくんだって、好きでアルバラーズ家の一員として生まれてきたわけじゃないのよ!」
「ああ、知ってるよ。里に到着する直前に、ファティマから連絡が入ってな。フィルの過去は全部聞いたよ……だが、それでも同情はしねぇ」
アンネローゼへの試練を与えるために、ダンテはあえて厳しい言い方をした。ダンテ自身、フィルの半生に思うところがないわけではない。
だが、そこで同情して手を抜くことは出来ないし、許されないのだ。フィルが善か、悪か……それが明らかになるまでは。
「アンタ……!」
「立て、アンネローゼ。立たねえんなら、このまま殺しちまうぜ? それでいいってんならよ、別に構わねえが」
「さっきから言いたい放題言ってくれるわね……そんなに、私を怒らせたいの?」
「ああ、怒ってもらいたいね。正直、今のお前にゃガッカリしてるよ。あれから多少は強くなったかと期待してたが……期待外れだなあこれは。ジェムを使う価値もねぇ」
呆れたように言い放つと、ダンテはネックレスにはめ込んでいた『時間のルビー』を取り外し、空高く放り投げる。
すると、宝石がひとりでに飛んでいく。本来の主である、リオの元へと。
「もっと怒れ、自分を解放しろ! 出し惜しみして勝てるなんて慢心は捨てやがれ、アンネローゼ! じゃなきゃあ、お前の恋人に……てめぇの生首をプレゼントすることになるぜ?」
「……上等よ。やれるもんならやってみなさいよ、クソオオカミ。いいわ、もうブチギレてあげる。……後悔したって、もう遅いから!」
怒りのままに叫んだアンネローゼは、手を伸ばして槍を呼び戻す。ダンテも槍を手元に引き寄せ、挑発的な笑みを浮かべる。
「来いよ、アンネローゼ。オレを倒して殻を破るんだろ? なら、そいつを実行してみせな。オレ如きを倒せないようじゃあ、他の魔神に勝とうなんて夢のまた夢だぜ!」
「やってやるわ……あのルテリとかいう魔神を見た時以来ね、こんなにも──どす黒い怒りが湧き上がってきてるのは!」
翼を広げ、アンネローゼは叫ぶ。心の中からふつふつと湧き上がる怒りが、憎しみが……負の感情が彼女を支配していく。
それと同時に、頭の中に声がこだまする。頑張れ、私たちはずっと見守っていると。
「……イレーナは強くなった。見違えるほど、ずっと。次は私の番……心に溢れる闇を我が物にしてみせる。アンタとの戦いで必ず!」
バルキリースーツの翼、その根元が少しずつ黒く染まりはじめていたことを……アンネローゼは、まだ気が付いていない。




