108話─カウントダウンが終わる時
ジェディンがイカタココンビと戦っていた頃。アルバラーズ家の里では、おぞましい行為が繰り返し行われていた。
アルギドゥスとイーリンの生命反応が消失したのを受け、里の上層部は二人がフィルに返り討ちにされたと判断した。
……だけならよかったのだが、彼らはその事実を許せなかった。以前とは別の個体であるフィルやエアリアの運命変異体を無理矢理召喚し、虐殺し始めたのだ。
「はあ、はあ……! あのゴミどもめ、どこまで我らをコケにすれば気が済むのだ……! 本当に腹立たしい、出来損ないの分際で!」
「オリジナルと引き合わせねば、対消滅は引き起こせませんからな、長。全く、厄介な掟ですなぁ」
里の地下にある、巨大な訓練場。そこでは日夜、里の未来を担う若者たちが鍛錬を行っている。もっとも、今行われているのは鍛錬という名の虐殺だが。
「やめて、来ないで……あぐあっ!」
「死ね、このクズめが! 生まれてきたことを悔いながらくたばりやがれ!」
「お願い、殺さないで! おうちに帰し……きゃあっ!」
「うるさい小娘ね、お前のオリジナルに散々迷惑かけられたのよ? 帰すわけないじゃない」
様々な並行世界から拉致されてきたフィルやエアリアの運命変異体たちは、泣きながら訓練場を逃げ回る。だが、すぐに捕まり殺されてしまう。
アンネローゼたちがもしこの光景を見たら、烈火の如く怒り狂うだろう。だが、そうはならない。何故ならば……。
「長、里長! 大変です、里を守る結界に、何者かが攻撃を加えてきています!」
「なに? ……そうか、とうとう来おったな。例の魔神どもが。総員、訓練やめ! 敵襲じゃ、迎撃せよ!」
「ハッ!」
運命変異体が全滅するのと同時に、長から号令がかかる。若者たちは宿敵を返り討ちにせんと、勇み足で地上へと戻っていく。
一方、里の上空にはアイージャを除くリオたちベルドールの七魔神がいた。遙か眼下にあるドーム状の結界を見下ろし、話し合っている。
「中々頑丈そうな結界だね。ぶっ壊しチャレンジ、誰からやる?」
「なら、一番手はアタイだな。見てろよリオ、一発でぶっ壊してやるぜ」
「頑張って、カレンお姉ちゃん! もし一発で壊せたらご褒美あげちゃうよ!」
「なにっ!? へへ、俄然やる気が出てきたぜ! ダンスレイル、手を離してくれ。ご褒美はアタイのもんだぁぁぁぁ!!」
「はいはい、それじゃ……いってらっしゃーい!」
リオに焚き付けられたカレンは、結界目掛けて落下していく。とどろく雷を宿した金棒を呼び出し、全力を込めて振り下ろす。
「いっくぜぇぇぇぇ!! インパクトシャッター!」
「おお、すんごい威力! リオくん、ホントに一撃で壊しちゃったよ!」
「わー、ホントだ。やっぱり、腕力はカレンお姉ちゃんが一番凄いや! ……っと、楽しんでる場合じゃないや。みんな、行くよ。アルバラーズ家を……絶やす!」
「おおーーーー!!」
宣言通り、一撃で結界を決壊させたカレン。彼女を追い、残る六人も里へ向かって急降下する。非道な悪事を重ねた者たちへの、審判が今──下る。
◇─────────────────────◇
「ジェディンさん、大丈夫でしょうか……。あの二人、かなりの手練れだと見受けましたが」
「大丈夫よ、あんな頭悪そうな連中に遅れを取るわけないって。ところで、里はまだなのフィルくん」
「あとちょっとです、この荒野の果てに霧の迷宮があります!」
一方、フィルたちはついにアルバラーズ家の隠れ里に通じる霧の迷宮にたどり着こうとしていた。荒野の果て、霧の迷宮の入り口に……二人の男がいた。
それを見たフィルは、即座に相手の正体を見破る。そう、フィルたちを阻むように立ちはだかっている彼らこそ……。
「お、来ましたで兄はん。リリーとルルーは足止めに失敗したみたいやな」
「いえ、そうとも限りませんよアルガ。シュヴァルカイザーの仲間は複数います。そのうちの何人かを引き留めているのでしょう」
「! シショー、姐御! また新しい敵がいるっす!」
「やはり待ち伏せしていましたか。これくらいなら、こちらの想定内ですね」
待ち受けていたのは、最後の刺客。アルガとソロンの二人だった。彼らの前に降り立ち、フィルら一行は宿敵と対峙する。
「来ましたね、シュヴァルカイザー。まずは自己紹介しておきましょうか。私の名はソロン。偉大なる魔神、リオとアイージャの子です」
「ワイはアルガや。よろしゅうな!」
「……何だか、やけにフレンドリーですね。一応、敵同士ですよね僕たちは」
「ええ、そうですとも。ですが、勘違いはしないでいだきたい。我々とて、問答無用で貴方を抹殺したいというわけではないのですよ」
穏やかな雰囲気の中に殺気を隠しつつも、アルガとソロンは親しげに自己紹介をする。そんな彼らにフィルが問うと、答えが返ってきた。
「父上は望んでいます。貴方というイレギュラーな存在が、善なのか悪なのか……どちら側に与する者か確かめたいと」
「そのためにワイらが派遣されてきたんや。パッパの命令でな」
「なるほどね。でも、最初に襲ってきたルテリってのはそんな感じじゃなかったみたいだけど?」
「当然、我々にも自分の主義主張があります。ルテリのように、ウォーカーの一族を許さない……と考える者も一定数いるのですよ」
アンネローゼに反論されると、ソロンがそう答弁する。子世代は、リオの操り人形ではない。彼らにも自身の信じる正義があるのだ。
当然、リオはそれを否定しない。思想は十人十色だと、互いの主張をぶつけ合い相互理解することを常々子どもたちに教えてきた。
「ガティスからの報告は受けています。シュヴァルカイザー……いや、フィル。貴方は我々が思うような悪人ではないのだろうと、私は考えています」
「そっすか? じゃー、そこ通してほしいっす」
「それは無理やで、じょーちゃん。ワイらも自分自身の目で見極めたいんや。誰からの伝聞じゃなくてな」
「アルガの言う通り。父上は常に言っていました。自ら見て、聞いて、感じたことを信じろと。己の意思で確かめることなく、他者の言葉だけを信じてはならないと」
「……なるほど。なら──戦うというのですね。僕たちと、ここで」
すでにダイナモドライバーを起動させ、戦闘準備を終えているフィルたちは身構える。相手は本気だと、本能で察した。
「ええ。そのためにここにいるのですから。……言っておきますが、私は最初に生まれた魔神の子。全ての子世代を束ねる長兄……簡単に勝てるとは思わないことですね」
「ワイだって負けとらへんで! さあ、三対二の大乱闘といこうや。楽しませてくれへんと、マッマ譲りの猛毒で溶かしてまうで!」
「やれやれ、目的地はもう目の前だというのに。仕方ありません……いきますよ二人とも!」
「ええ、やってやるわ! たぶん、あいつらが最後の刺客だと思う。ここが踏ん張りどころよ、頑張れ私!」
「よっし、アタイだってやってやるっすよ! デュアルアニマ・オーバークロス! アンチェイン・ボルレアス……オン・エア!」
フィルの言葉を受け、イレーナはルテリとの戦いで得た新たな力を発言させる。荒ぶる北風の化身となった彼女を見て、ソロンは目を細める。
「ほう、それが……イレギュラーによって生まれた力ですか。ふむ、非常に興味深い。これは楽しめそうですね、ふふふ。……出でよ、飛刃の盾!」
「たぁーっぷり楽しもうや! この戦いを! 顕現、波状腕の鎧!」
ソロンとアルガは楽しそうに笑いながら、それぞれの武装を呼び出す。アルバラーズ家の里を前に、刺客たちとの最後の戦いが始まった。




