11話─ウォーカーの一族
リメラレイクの防衛に成功したフィルたち。そのまま真っ直ぐ帰還する……と思いきや、アンネローゼの要望で少し寄り道することになった。
スーツを脱いだ二人は、人目につかない場所に降り立ち話をしている。せっかくなので、少し買い物がしたいとアンネローゼが提案したのだ。
「ごめんね、フィルくん。わがまま聞いてもらっちゃって」
「問題ありませんよ。そろそろ食材を買わなきゃと思ってたので。では、街に入る前にこれを」
幸い、リメラレイクの商業エリアは戦火を免れ通常通り営業が行われていた。街の外にある林の中にて、フィルはあるものを懐から取り出す。
「それは……香水?」
「はい、認識阻害の魔法効果がある香水です。これを吹きかけると、正体がバレずに街の散策が出来るんですよ。アンネ様も指名手配されてるはずですから、正体を隠しておくべきかと」
「そうね、あのバカストルなら絶対そうするわ。私とお父様を血眼で探すと思う」
「ば、バカストルって……ぷふっ」
用心が肝心と、フィルは香水を自分とアンネローゼに吹きかける。これで、二人は堂々と街を歩けるようになった。
林を出た二人は観光客たちに紛れ、リメラレイクの商業エリアへと入る。そして、その矢先に見つけた。壁に貼られている、三枚の手配書を。
「あ、やっぱり。私とお父様の手配書が貼ってあるわね」
「シュヴァルカイザーのもですね。なになに、この罪人を捕らえた者には金貨十万枚を授ける……ですって」
「無理無理、そんじょそこらの一般人がフィルくんを捕まえるなんて不可能よ」
手配書に記された文を読み、アンネローゼは鼻で笑う。ついでに、これを書かせたであろうカストルに向かって心の中であっかんべーをする。
その後、二人はアンネローゼ主導で市場へ向かう。その途中、ふとフィルは気になったことを質問する。
「そういえば、アンネ様お金は持ってきてるんですか?」
「もちろん! 舞踏会で着てたドレスの裏に、へそくり入りの巾着袋を縫い付けてあるの。もしもの時のためにってね。……そういえば、フィルくんの方はお金どうしてるの?」
何かあった時にお金を使えるよう、アンネローゼは自身が所有しているドレスのお腹の部分の裏に巾着袋を縫い付けているのだ。
そのおかげで、無一文にならずに済んだのである。もっとも、金貨二、三枚程度しか入っていないが。質問に答えた後、今度はアンネローゼが問う。
「僕の場合は、並行世界でいろいろ取引をしてお金を稼いでます。ある世界ではありふれている物が、別の世界では希少で価値のあるものだったりするので。そういうものを売ってるんですよ」
「へー、本格的なのね。並行世界の話、何だか興味出てきたわ。もっといろいろ聞きたいわ」
「いいですよ。じゃあ、どこかでお茶でもしながら話しましょうか」
二人は目に付いたカフェに入り、テラス席に座る。アンネローゼはコーヒーとサンドイッチを、フィルはホットミルクを注文する。
注文の品が届いた後、バスケットに入ったサンドイッチを食べながらアンネローゼはフィルに質問を投げかける。
「ね、ね、その並行世界を移動する能力って、フィルくんの他にも使える人いるの?」
「ええ、いますよ。僕の生まれたアルバラーズ家……そして、『ウォーカーの一族』全員が」
「ウォーカーの一族?」
初めて聞いたワードに、アンネローゼは首を傾げる。ホットミルクを一口飲んだ後、フィルは話を続けた。
「ええ。平たく言えば、並行世界を渡るための門を作る力を持った者たちの総称ですね。二十四の氏族から構成されていて、アルバラーズ家もその一つに属してます」
「そうなんだ! じゃあ、フィルくんみたいな人たちがいっぱいいるんだ?」
「……いえ、今はもうほとんどいないんです。神々の手で、ほとんどの氏族が力を奪われたと昔、里の長老から聞きました」
「え、そうなの? どうして神様はそんなことを?」
どうやら、ウォーカーの一族に何かがあったらしい。とても便利そうな能力なのに、とアンネローゼは呟きを漏らす。
「……今から百年前、ウォーカーの一族に属する闇の眷属がいました。その眷属は、並行世界の門を開け……大いなる災いをこの世界に呼び込み、『フィニス戦役』という大戦争が起きたそうです」
「大いなる、災い……」
「はい。僕たちのいる、基底時間軸世界を守るために神、魔、人の三種族が手を取り合い、災いを退けて世界を守った……里にはそう伝わっています」
自分の想像より、遙かにスケールの大きい話にアンネローゼはぽかんとしてしまう。とりあえずサンドイッチを食べ、脳に栄養を補給する。
「だから、神様が動いたの?」
「それまで、ウォーカーの一族は神にも闇の眷属にも知られていませんでした。ですが、フィニス戦役を切っ掛けとして存在が知られ……同じ悲劇が繰り返されぬよう、神々は力を封じることにしたんです」
「そうなんだ……あれ? でも、それならフィルくんの一族も……」
「力を封じられるはずだったんですが、どうやら僕たちのご先祖様がとある闇の眷属の王と取引をしたらしくて。王の願いを叶える代わりに、安全な大地に逃がしてもらったのだとか」
幼い頃、まだ一族の仲間たちに迫害されるようになる前に長老から聞いた話を聞かせるフィル。熱心に話を聞きつつ、アンネローゼはサンドイッチを貪る。
「ふむふむ、なるほど……もぐもぐ。とんだとばっちりを受けたのね、ウォーカーの一族って」
「ホントですよ。フィニス戦役を引き起こした元凶が所属してた一族は、力を奪うのではなく皆殺しにされたそうで……可哀想に思った記憶があります」
「神様も、意外と乱暴なことするのね……」
話を聞き終え、アンネローゼは複雑な気分になってしまう。が、すぐに気持ちを切り替えコーヒーを飲み干す。
「でも、ラッキーだったね。フィルくんの一族は」
「そうですね、一族丸ごと逃がしてもらえたおかげですから。こうやってアンネ様と出会えたのは」
「ふふ、そうね。さ、そろそろお会計して買い物しましょ。デートよデート、目一杯楽しんでから帰ろ!」
「そうですね! では行きましょうか!」
フィルもホットミルクを飲み干し、二人仲良く席を立つ。生まれて初めてのデートに、アンネローゼもフィルもわくわくしていた。
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「し、失礼します。ロブロック不動産幹部一同、到着しました」
「……来たカ。何故ここニ呼ばレたのかは分かってイるだろう? 入りタまえ。全員な」
アンネローゼたちが街に繰り出している頃。闇の眷属たちが住まう世界……『暗黒領域』のとある場所にある巨大オフィスに、八人ほどの男女が集まっていた。
暗黒領域で最大の規模を誇る巨大企業、ヴァルツァイト・テック・カンパニー。その子会社の一つにして、フィルたちが暮らす大地の侵攻を行っている会社の幹部たちが召集されたのだ。
カンパニーを統べる存在にして、闇の眷属たちを束ねる『魔戒王』……ヴァルツァイト・ボーグによって。
「以前、諸君ラには告げたハずだ。次の作戦ガ失敗した場合、プロジェクトを降りてモらうと」
「も、申し訳ありません! お願いします、もう一度チャンスを! 今度の作戦は、必ず成功させ」
「ビダリス。我が社ノ理念がどのヨうなものでアるか……忘れテはおるまイ。我らノ目的は……」
「か、カンパニーの繁栄です……」
黒いスーツを身に付け、七三分けにした髪型のカツラを被ったアンドロイド……ヴァルツァイト・ボーグは淡々と話す。
顔の中央にある、大きなモノアイを収縮させながら相手を見つめる。それだけで、相対している子会社の幹部たちは顔を青くしてしまう。
「そうダ。だが、君たちノていたらくハ何ダ? たった一人ノ敵すら倒せズ、人材ト資源をムダにシてばかりいル。故ニ、諸君ラに任せルのは非合理的ダと判断した」
「で、では私たちは……」
「クビだ。一ヶ月後ニ、引責辞任のテイで全員退職シてもらウ。その後、ロブロック不動産ハ本社直営トし……プロジェクトは本社ノ特殊営業部ガ引き継ぐ」
ヴァルツァイトの宣告に、幹部たちは絶句する。特殊営業部……本社において最強の実力を持つ魔の貴族たちが所属する、荒事を得意とする実戦部隊だ。
「今ノうちに荷物ヲ纏め、次の就職先デも探すノだな。もっとも、貴族でスらない諸君ラを迎え入れル奇特な魔戒王ガいればの話ダが。話は終わりダ、全員下がレ」
「し、失礼……しました……」
幹部たちは意気消沈し、社長室を去って行く。それを見届けた後、ヴァルツァイトは机の上に置いてある連絡用の魔法石を手に取る。
「私ダ。特殊営業部から『キックホッパー』と『ブレイズソウル』を呼ベ。早急にナ」
アンネローゼやフィルの知らないところで、不穏な動きが始まっていた。