105話─うにょうにょとぬるぬるの進撃
二日後、フィルの傷が完治しスーツも修理が終わった。ベルドールの魔神とアルバラーズ家、そして自分たち。
三つ巴の戦いに発展することを承知で、フィルは仲間を連れ基地を経つ。目指すは、大陸南東部にある霧の迷宮だ。
「……というわけで、一族は里を幻惑の霧で覆い隠しているんです」
「なるほどねー、わざわざヘンピなところに引き籠もってるってわけね。そのまま何にもしないで大人しくしてるんだったら、まだ良かったんだけど」
フィルに先導され、短距離テレポートを繰り返しながら目的地へと向かう一行。ジャングルを抜け、草原を進み、街を越え……。
「今日はここまでですね。夜間の移動は危険ですし、ここで夜を明かしましょうか」
「はいっす! じゃー、アタイ焚き火の準備しまっす!」
霧の迷宮がある荒野まで、残り半分まで進んだところで夜が訪れた。ガティスのように、夜の闇に紛れての敵襲を警戒したフィルは一旦進むのを止めた。
人気のない森の側にある、大きな川が流れる平野で一夜を明かし、朝になってから改めて先へ進むことを決める。交代で見張りを行い、襲撃に備えたが……。
「……何も起きなかったわね。てっきり、見張りを交代する辺りのタイミングで襲ってくると思ってたのに」
「まあ、オボロを襲った敵と戦法が被りますからね。そう簡単には通用しないと、仕掛けるのをやめたのかもしれませんよ」
結局、夜が明けるまで平穏なままだった。警戒が肩透かしに終わり、アンネローゼはやれやれとかぶりを振る。
とはいえ、何事もなく一夜を過ごせたことには感謝していた。ギアーズの発明品、伸縮自在寝袋を片付け旅立とうとした……その時。
「それっ、今だー!」
「ゴブリン忍法、『イカタコフィッシング』の術!」
「へ? うわああっ!?」
後片付けを終え、川で手を洗おうとしていたフィルを異変が襲う。川の中からイカとタコの触手が二本ずつ伸び、フィルの四肢に巻き付く。
アンネローゼたちが驚いている間に、そのまま川の中にフィルを引きずり込もうとする。が、即座に動いたジェディンによって、間一髪阻止された。
「そうはさせん! 鎖よ、あの触手を切り裂け!」
「うわっと! ジェディンさん、助かりました!」
「礼は後だ、走れフィル! 川の中に敵がいるぞ、早く逃げるんだ!」
「やられた……こうやって油断してるところを狙うつもりだったのね! やってくれるじゃないの」
ジェディンの放った鎖によって触手が切断され、辛うじて川に引きずり込まれずに済んだフィル。急ぎ川から離れ、アンネローゼたちの元へ向かう。
「あーあ、失敗しちゃったねルルー」
「そうだね、リリー。あとちょっとだったのにねー」
「残念だねー」
「姿を見せろ、魔神の追っ手よ。いつまでも隠れているようなら、我が師エルダから授けられた雷の魔法を叩き込んでやるぞ!」
直後、川にポコポコと気泡が現れ、心底残念そうな少女たちの声が響く。四本の鎖を背中から伸ばし、ジェディンが叫ぶ。
「わわっ、ビリビリはいや~ん。よーし、行くよルルー!」
「うん! そーれっ!」
「みんな、来ます! 戦闘準備を!」
川の中に潜んでいた刺客たちは、水飛沫をあげて飛び出す。フィルたちは敵を迎撃せんと、ダイナモドライバーを起動しようとする……が。
「聞いて驚け、見てときめいて!」
「天がなびいて、地が媚を売る!」
「魔法くノ一、タコ☆ハポン!」
「同じく魔法くノ一、イカ☆ジュポン!」
「二人は海産物!」
川の中から現れたのは、ゴスロリ風のドレスに改造された忍び装束を身に付けた、二人の少女だった。片方は赤い装束を身に付け、頭にデフォルメされたタコの飾り付きのカチューシャを装備している。
もう片方は、白い装束を着てイカを模したデザインのミニシルクハットを身に付けている。ビシッと決めポーズを取り、二人はドヤ顔をしていた。
「え? あ……シショー、あいつら独自の世界観を持ってるっすよ!」
「そ、そうみたいですね……というか、魔法くノ一ってなんなんです?」
「私が知りたいわよ、そんなの……」
一方、フィルたちは明らかに異質なノリで名乗りを行う二人に困惑していた。微妙な空気が流れる中、刺客たちは顔を見合わせる。
「あれ? なんか微妙な反応だよ?」
「おっかしーなー、レケレスおばちゃんが『こうやって自己紹介すればみんなのアイドルになれるよ!』って教えてくれ」
「サンダラル・ストーム!」
「アバーッ!」
「おひょーっ!」
フィルたちそっちのけでヒソヒソ話をしているリリーとルルーに、ジェディンが容赦なく雷を落とす。周囲に美味しそうな海産物の匂いが漂う中、ジェディンはフィルに告げる。
「……先に行け、フィル。あの二人は俺が足止めしておく」
「大丈夫ですか? もう一人くらい残しても……」
「大丈夫だ。この先……お前の故郷には、恐らく連中の親たちが向かっているはずだ。一人でも戦力を充実させていないと、恐らく勝てない。だから行け。運命に打ち勝つために!」
のっけからおふざけ全開な相手とはいえ、腐ってもベルドールの魔神。その実力は、特務エージェントをも容易に上回る。
一人で戦うことを心配するフィルにそう告げ、ジェディンはダイナモドライバーを起動した。ジェディンの言葉に頷き、フィルはアンネローゼたちに目配せする。
「ダイナモドライバー、プットオン! クリムゾン・アベンジャー……オン・エア!」
「ジェディンさん、頼みましたよ! アンネ様、イレーナ、行きましょう!」
「ええ! ジェディン、大見得切ったんだから絶対勝ちなさいよ!」
「必ず追い付いてきてくださいね! アタイら待ってるっすよ!」
「ああ。待っていろ、必ず勝って追い付くさ」
リリーとルルーの相手を任せ、フィルたちは霧の迷宮へ向かう。一人残ったジェディンは、未だビリビリして動けない相手に追撃を放つ。
「悪いが、先手必勝で終わらせてもらう。チェーン・ドライバー!」
「あばばばば……もう、よくもビリビリさせてくれたなー! もう許さない!」
「行くよリリー、ゴブリン忍法『もくもく墨砲弾』の術!」
ようやく痺れから解放された二人は、口から真っ黒な玉を吐き出し投げ付ける。美しい投球フォームから放たれたソレは、鎖にぶつかり弾けた。
すると、液状になった墨が大きく広がりジェディンの視界を奪う。相手の気配が移動していることに気付き、即座に鎖を呼び戻す。
「挟み撃ちにするつもりか……なら! 返り討ちにするまでだ! チェーン・スピア!」
「ざーんねん、そっちは外れなのでした! ゴブリン忍法『変わり身』の術!」
「かーらーのー、ゴブリン忍法『イカタコ百叩き』の術!」
「なっ……くっ、まずい!」
気配を頼りに、カウンターを叩き込もうとするジェディン。だが、左右に移動してきていたのは触手で作られた偽物だった。
本物のリリーとルルーは遙か上空に飛び上がっており、ジェディン目掛けて落下してきている。スカートの中からぶっとい触手を二本伸ばし、攻撃を行う。
「悪い子にはお仕置きだよー!」
「びたーんしてズリズリっとすり潰しちゃう! 練り物になっちゃえー!」
今からでは、もう回避が間に合わない。そう判断したジェディンは鎖を回収し、ドーム状のバリアを形成した。
間一髪間に合ったところに、リリーとルルーが降ってくる。触手を用いたパワフルな叩き付け攻撃を見舞い、ジェディンをすり潰さんとする。
「そーれ、ずりずりずりずりー!」
「殻に籠もるなんて、ナマイキー! こんなドーム、叩き壊して」
「させん! サンダラル・バースト!」
「あひょーっ!」
「またビリビリー!」
鉄壁の守りを崩すべく、猛攻を加える二人。そんな相手に対し、ジェディンは電撃を放射してカウンターを行う。
またしてもこんがり焼けた海産物の美味しそうな匂いが漂う中、リリーたちは倒れ込む。が、一時的にダウンしただけなのはジェディンが一番理解している。
「この程度では致命傷にはならないか。まあいい、じっくりと戦えばいいさ。戦いが長引けば長引くほど、有利になるのは俺だからな」
鎖のドームを解きながら、そう呟くジェディン。彼の身体を守るアーマーは、ところどころが黒く染まっていた。
「さあ、立て。海産物ども。お前たちを刺身にしてやる」
「むおおおお、言ったなー! そのセリフ、そっくりそのままお返しだー!」
「イカとタコはお刺身にするより焼いた方が美味しいんだよ!」
「いや、そんなアドバイスは聞いてない!」
どこかズレた双子の敵と、ジェディンの戦いが始まった。




