104話─告げられたコトバ
朝日が昇り、獣の時間が終わり人の時間が訪れた。ようやく基地に帰り着いたオボロは、これまでの一部始終をフィルたちに報告する。
「そうですか、そんなことが……。とにかく、無事に帰って来てくれて安心しましたよ」
「問題はない、リミッターを解除した影響で多少気怠いが……まあ、数日もすれば完全に治る」
「それにしても、油断ならない奴らね。たまたまオボロが相手してくれたから助かったけど、そうじゃなかったら……」
談話室に集まり、オボロの話を聞いていたフィルたち。話が終わった後、アンネローゼがそんなことをポツリと呟いた。
フィルは怪我が癒えておらず、スーツも修理している途中。イレーナはダイナモドライバーを解析に回しており、これまた戦えない。
もしガティスがオボロを見つけることなく基地を襲ってきていたら、アンネローゼとジェディンしか応戦出来る者がいない状態だったのだ。
「おお……そう考えると、だいぶ運が良かったんすね今回は」
「そうなりますね。僕も早く傷を治して、戦線に復帰出来るようにしないと」
「そうじゃな、もうすぐスーツの修理も終わる。そうしたら、リハビリを……む? どうした、つよいこころ七号」
フィルたちが話をしていると、談話室につよいこころ七号が入ってきた。だが、何か様子がおかしい。ヨロヨロと力無く、ギアーズの元にやって来る。
「ギ……ギギ……」
「ねぇ、大丈夫なのこれ? 何だか……いつもと様子が違うわよ」
「……みな、構えよ。万が一のことがあるやもしれんからな」
不穏な気配を感じ取り、アンネローゼたちは身構える。直後、つよいこころ七号の目が青く染まった。そして、謎の声が響く。
『あー、あー。ふむ、音声システムのハッキングは問題ないようですね』
「貴様……何者じゃ? つよいこころ軍団には強力なブロックシステムを搭載してある……それをハック出来るとは、相当なやり手と見える」
『ええ、では名乗らせていただきましょう。わたくしの名はファティマ。ベルドールの魔神を束ねる皇帝、リオ様にお仕えするメイドでございます』
つよいこころ七号を乗っ取った相手の正体を知り、フィルたちは息を呑む。よもや、こうした形で魔の手を伸ばしてくるとは思っていなかったのだ。
「なるほど、今度はそうやってフィルくんを殺しに来たってわけね。いいわ、なら返り討ちに」
『お待ちくださいませ。わたくしは戦いに来たわけではございません。我が君からの伝言をお伝えするべく、馳せ参じたのでごさいます』
「伝言、ですか……?」
早速戦意を燃やすアンネローゼだが、ファティマは戦いのために来たのではないと否定する。訝しむフィルに対し、ファティマは告げた。
『貴方様の一族は、根こそぎ滅ぼす。貴方様の父母も、きょうだいも。大人は一人の例外も無く滅し、子どもはウォーカーの力を奪う。阻止したければ、かつての故郷へ戻れ。我が君はそうおっしゃっておりました』
「! ……いや、そうですよね。彼らの目的を考えれば、もう里を攻撃し始めていてもおかしくない……」
ファティマから伝えられた言葉に、フィルは驚いた後すぐ冷静さを取り戻す。魔神たちの目的は、ウォーカーの一族を構成する氏族全ての根絶。
ならば、フィルだけでなくその生家の一族……アルバラーズ家の潜む里へ、すでに襲撃を行っていても不思議はない……むしろ、そうでなくてはおかしいのだ。
『はっきり言いましょう。我々は貴方様がシュヴァルカイザーになる前の経歴は知りませんし、興味もありません。ですから、肉親たちをどう思っているかは知りませんが……』
「知りませんが?」
『もし貴方が真に英雄たる存在であるならば、わたくしの話を聞いてなお静観を決め込むことはない……そう思っております。ふふふ』
つよいこころ七号を介して、ファティマは不敵な笑い声を漏らす。実際のところ、フィル自身は一族が滅びることに関して何の感情も抱いていない。
だが、里にはカルゥ=オルセナ各地から攫われてきた奴隷たちがいる。放置していれば、彼らにまで禍が及ぶだろうことは容易に想像出来た。
(……父さんや母さん、長たちが死ぬことは別にどうだっていい。でも、あの里には……罪の無い奴隷たちがいる。魔神たちが、もし彼らまで殺すようなことになれば……)
並行世界へと旅立っていったエアリアに顔向け出来ない。フィルはそう考えた。元々、アルバラーズ家とは決着を着けるつもりでいた。
今ここで動き、奴隷たちを戦禍から守らねばならない。そうしなければ、かつて自分に優しくしてくれて彼らへの恩を仇で返すことになる。
「……ええ、行きますとも。正直、一族のみんなはどう始末してもらっても構いません。でも、あそこには僕を支えてくれた人たちがいる。彼らだけは絶対に傷付けさせない!」
『ふふ、いい啖呵を切りましたね。ですが、すでに我が君たち親世代はカルゥ=オルセナに向けて旅立ちました。急がねば……間に合い、ませ……』
「……? 全機能、オールクリア。活動ヲ再開シマス」
「コントロール権を手放したようじゃな。全く、いきなりやって来ていきなり帰るとは。勝手なものじゃのう」
伝言は全部伝えたとばかりに、ファティマはハックを終えつよいこころ七号を解放する。ギアーズが文句を言った後、フィルは立ち上がる。
「……みんな、聞いてください。怪我が癒え次第、僕は里に戻ります。あそこには、迫害されていた僕を励ましてくれた奴隷たちがいます。彼らを、救いたいんです」
「だったら、私も行かないとね。姉貴はブン殴ってやったけど、フィルくんの両親や他の一族連中にも一発かましてやんないといけないから」
「そうっすよ! アタイも同行するっす、シショー! エアリアさんみたいに、みんなを辛い生活から解放してあげないといけませんもんね!」
フィルの言葉に、アンネローゼとイレーナが即座に同意する。決して、一人では死地に向かわせない。そんな強い決意を抱いて。
「当然、俺も同行する。個人的な信条に基づく理由ではあるが、な。……どんな理由があろうと、家族を迫害する者たちは許せん。天誅を下してやる」
少し遅れて、ジェディンがそう口にする。理不尽に家族を奪われた彼にとって、家族を蔑ろにする者はみな等しく裁きの対象なのだ。
「であれば、それがしも……と言いたいところだが、久方ぶりのリミッター解除……。いつ戦線に復帰出来るか分からぬ。済まぬが、それがしは同行出来そうにない」
「大丈夫ですよ、その気持ちだけで十分です。どの道、基地の防衛のために誰かに残ってもらう必要がありますし……留守番を頼みますよ、オボロ」
「かたじけない。では、それがしはここに残ろう。フィル殿……必ず、生きて帰ってきてくだされ。それがしは、貴殿に相談したいことがあるのだ」
「相談ですか? ふふ、珍しいですね。オボロが相談をされる側じゃなく、する側になるなんて」
「……ああ、そうだな」
決意を新たにし、フィルは一刻も早く傷を完治出来るように療養に専念する。決戦の時が、刻一刻と近付いてきていた。
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「……さて、これでよしと。ご子息様たちがすっかり我が君からの指令を忘れているようですから、フォローに入りましたが……」
その頃、グランゼレイド城の地下にある大きな部屋にファティマがいた。ルテリもガティスも、フィルを里に戻るよう誘導せよという命令をこなせていない。
そのことを気にしたファティマは、こっそりサポートに回っていたのだ。ハッキング用のマシンに接続していた指を引き抜き、ふと呟く。
「……ああは言ったものの、シュヴァルカイザーはどのような半生を送ってきたのか……。やはり、少しだけ気になりますね。独自に調べておきましょうか」
お前の過去なぞ興味ないとバッサリ切り捨てたものの、そう言ったら言ったで逆にフィルの過去が気になり始めたようだ。
主の助けになるやもしれない、と考えたファティマは、独自に調査を行うことを決める。勿論、そのことはリオにも伝える予定だ。
「我が君もご子息様たちも頑張っておりますし……わたくしも、第一の従者として務めを果たさなければ。我が君のお役に立てれば、その分さらに寵愛を……うふふふふ」
頬を朱に染め、ファティマは地下室を去る。フィルの凄惨な過去を知り、高揚していた気分が一気に落ち込むことになるとも知らずに。




