98話─今、決意を力に!
倒れ伏したイレーナを守るべく、フィルはただ一人奮闘する。だが、生物としての格が誓うルテリの前には虚しい抵抗に過ぎない。
凄まじい膂力に翻弄されながらも、一歩も退かずに立ち向かうフィル。そんな彼を、薄れゆく意識の中イレーナは見つめていた。
(シショーが……戦ってる。アタイも、立たないと……戦わないと。なのに……力が、入んないや……)
ルテリに斬り刻まれ、重傷を負ったイレーナはその場から動けない。ゆっくりと、少しずつ。命の灯火が消えていくのを、彼女は感じていた。
「ぐ、がはっ!」
「あっはっはっ、モロに入ったねぇパンチが。どう? 痛いっしょ。でもねぇ、お前のお仲間の起こした惨劇で死んでった子たちの方が、もっと痛くて苦しんだんだよ!」
スーツの装甲を砕かれ、みぞおちに拳を叩き込まれ苦しむフィル。そんな彼に、ルテリは叫ぶ。痛みを知れ、と。
一族の過ちが招いた惨劇によって、罪無き者たちが味わった苦しみを、今度はお前が受ける番なのだと。
(好き勝手、言うな……シショーだって、苦しんでたんだ。たくさんの悲しみを、背負わされたんだ! それを、一方的に……何も知らないくせに!)
その光景を見て、イレーナは憤慨する。あの惨劇に、フィルは一切関わっていない。それどころか、当時は生まれてさえいなかった。
なのに、何故ウォーカーの一族として生まれたというだけで責められねばならないのか。敬愛する師も、苦しんできたというのに。
そうして心に湧き上がる怒りが、イレーナに生きる力を……強さへの渇望を与える。悔しい、勝ちたい、大切な師を守りたい。そんな想いが、ふつふつと湧き上がる。
(アタイが、もっと強ければ……どんな理不尽からも、シショーや姐御たちを守れる力があれば。大切な人たちをみんな、守れるのに!)
両親を早くに亡くし、一人で生きてきたイレーナ。街の人たちは優しくしてくれたが、それでも肉親を失った痛みは消えなかった。
そんな彼女は、出会うことが出来た。フィルやアンネローゼ、ギアーズ。オボロにジェディン……血が繋がっていなくとも、強い絆で結ばれた仲間が。
「勝手ばかり、言わないでください……! 僕は、まだここで死ねないんだ!」
「いだだだだ!! このっ、目潰しなんて随分やってくれるじゃないの! 離れなさいっての、このっこのっ!」
イレーナを守るため、フィルはダーティーファイトも辞さずルテリに組み付く。大切な仲間を守りたい。その想いは、二人とも強く持っていた。
「う、まずい、力が抜けて……」
「チャーンス! そらっ、地面にキスしろっ! シャトルフープストーム!」
「あぐっ!」
だが、抵抗も長くな続かなかった。体力を消耗したフィルを担ぎ上げ、ルテリは天高く飛翔する。勢いを付け、頭からフィルを地面に叩き付けた。
その凄まじい衝撃でフェイスシールドが壊れ、素顔があらわになる。頭から流れる血が、破壊力の大きさを物語っていた。
「はあ、はあ……」
「生きてるんだ、タフだねー。まあ、もういいんじゃない? よく抵抗したよ、ウォーカーの一族の分際でさ。最長記録だよ、君。誇りながら死ねるね」
「まだ、まだです。僕は……戦わなくちゃいけないんだ。カンパニーと……アルバラーズ家と。そして、あなたたち魔神と!」
刀折れ、矢尽きて……もう、フィルに残された手は何もない。それでも、彼は立ち上がる。その後ろ姿を見て、イレーナも全身に力を込める。
(シショーだって、あんなにボロボロなのに……まだ諦めてない。なのに、アタイが諦めてどうすんだ! まだ、まだやれる。アタイだって、シショーを守りたい。こんなところで……)
「倒れてるわけには……いかないんだぁぁぁぁぁ!!」
腹の底から声を絞り出し、イレーナは立ち上がる。その時……彼女が装着していたダイナモドライバーに、異変が起きた。
バックルに突き刺さっている斧と共鳴するかのように、緑色の光が放たれ明滅し始めたのだ。その異変に気付き、ルテリもフィルも動揺する。
「イレー、ナ……? なにが、起きて……」
「な、なに? 何が起きてんの? あ! そっか、あの斧は私の血で作ったやつだから……まさかあいつ、魔神の力を!?」
魔神の血。それは、この世でもっとも高い価値を持つ宝の一つだ。適合出来た者に、比類なき力を与えることが出来る。
取り込む者が望み、適合することさえ出来れば……神を殺すことも可能な、絶大なる力をもたらすのだ。そんな血で出来た斧が、ゆっくりとバックルに吸い込まれていく。
「アタイは、シショーを守るんだ。ヒーローに憧れたアタイに、新しい居場所をくれた大切な人たちを。お前なんかに殺させはしない!」
「イレーナ……」
「チッ、なら……お前が適合しきる前に、二人纏めて殺すだけだ! 残雨の斧、ディストーションパレード!」
斧の中に眠る、魔神の魂が溶け込んでくるのを感じながら、イレーナは叫ぶ。ガスマスクを剥ぎ取り、真っ直ぐにルテリを睨みながら。
対するルテリは、適合が完了する前にフィル共々イレーナを仕留めようと動く。だが……もう、遅かった。
「アタイは負けない。エージェントにも、シショーの家族にも。お前たち魔神にだって、絶対に! デュアルアニマ……オーバークロス!」
「うわあっ!?」
「! す、凄まじい力が溢れて……一体、イレーナに何が!?」
ダイナモドライバーと斧が完全に融合し、イレーナは得た。強き意思に呼応し、己のものとなった魔神の力を。
彼女の纏うインフィニティ・マキーナが、新たな力に相応しい姿へと進化していく。もぎ取られた銃身がよみがえり、先端に鋭い剣を備えた銃剣へ変わる。
溢れ出る力の奔流に押し飛ばされたルテリは、地面を転がりながらも見ることとなった。新たなる力によって、復活したイレーナの姿を。
「進化完了! デスペラード・ハウル改め……今からアタイは! アンチェイン・ボルレアスと名乗らせてもらうっす!」
魔神の力を取り込んだことで、デスペラード・ハウルは進化を遂げた。両足は猛禽類のソレのような、鋭い爪を備えたものに変わり。
頭部には、鷹の頭を模した兜が被さっている。古き神話に語られる、北風の神の名をいただき、イレーナは生まれ変わった。
何者にも縛られず、愛する者を守るためだけに天を駈る風へと。ならず者の雄叫びは今……神をも墜とす嵐と化したのだ。
「イレーナ……その姿は……」
「シショー、アタイのために戦ってくれてありがとうっす。こんなにボロボロになって……。でも、もう安心っすよ。今度は、アタイがシショーを守るから」
「イレー、ナ……ふふ、なんだか……とても、頼もしくなりましたね」
フィルの元に歩み寄り、イレーナは師を抱き締める。次は、自分が戦うと。フィルが自分を守ってくれたように、今度は自分が守るのだと。
強い決意が込められた言葉に、フィルは頷く。大きく破損したシュヴァルカイザースーツでは、ルテリには勝てない。
新たな希望に、戦いの行方を委ねることを決めたのだ。もちろん、だからと言って戦いを放棄しることはしない。戦うのだ、弟子と共に。
「あーあー、予想外の事態になっちゃったなー。こんなのがバレたら、お母さんに怒られちゃうよ」
「へへっ、そんな心配らいらねーっす。何故なら! お前はここで死ぬんすからね!」
「ふんだ、人の血をパクったくらいで調子に乗んないでよね! どんな姿になったところで、私には勝てないってことを徹底的に教えてやるから!」
新世代斧の魔神、ルテリと覚醒を果たしたイレーナことアンチェイン・ボルレアス。二人の死闘が、幕を開ける。