97話─恐るべき魔神の力
「僕はここで死ねない。この大地を、大切な人たちを守るために!」
「ふーん、ウォーカーの一族風情がいっちょ前なこと言ってさ。どこまで本心だかね! それっ、斬雨の斧!」
そう宣言するフィルを一瞥した後、ルテリはトマホークを上空へブン投げる。最高高度へ達した瞬間、トマホークが分裂した。
数十個もの大分裂を果たし、文字通りの手斧の雨がフィル目掛けて降り注ぐ。同時に、ルテリ自身ももう一本の斧を手に走り出す。
「同時攻撃というわけですか。なら……デスペラード・ハウル、降ってくる斧は任せましたよ!」
「はいっす! そりゃっ、でたらめバースト!」
「あなたの相手は僕だ! 武装展開、漆黒の刃!」
斧の雨の迎撃に集中すれば、ルテリが懐に飛び込んでくる。かといって、彼女の対象に掛かりきりでは降り注ぐ斧に斬り刻まれてしまう。
だが、それは一人で戦っていたらの話。フィルの指示を受け、イレーナは腕を天に向ける。腕と一体化している銃身から、大量の弾丸をバラ撒いた。
斧の雨を相殺している間に、フィルも得物を呼び出し走り出す。大きく腕を振りかぶり、ルテリとつばぜり合いを演じる。
「ぐっ、なんてパワー……!」
「へー、ちびっこいクセに中々力あるじゃん。このスーツが筋力を強化してるのかな? お母さんに見せたら何か分かるかも」
「余裕ですね……懐ががら空きですよ! はあっ!」
凄まじい魔神の膂力を宿すルテリは、巨壁の如く揺らがない。余裕綽々な相手を前に、フィルは渾身の力を込めて押し返した。
そのまま剣を振るい、隙だらけなルテリの胸へと刃を突き刺す。寸分の狂いなく、心臓を貫いた。普通の相手なら、もう死んでいるだろう。だが……。
「いったー! でもざーんねん、私の心臓を貫いた程度で殺せると思ったー? オラッ!」
「あぐっ!」
「シショー! あいつ、一体何がどうなってるっすかぁ!?」
心臓を貫かれても、ルテリは平然としていた。鳥のソレと同じ形状をした足を使い、強烈な蹴りをフィルに叩き込んで吹き飛ばす。
慌ててイレーナがフィルの元に駆け寄って確保し、ブースターを吹かして一旦距離を取る。その間に、ルテリはゆっくりと剣を引き抜く。
「あれー? 知らないのかなー。私たちベルドールの魔神はね、限りなく不死に近い存在なんだよ。心臓を貫かれようが、頭が潰れようが……胴体が消し飛んだって死なないんだよぉ?」
「む、無茶苦茶っすよ……そんなの、生き物じゃないっす……」
刃に付着した己の血を舐め取りながら、ルテリは威圧的な笑みを浮かべる。その姿に圧倒され、イレーナは恐怖した。
これまで戦ってきたエージェントとは、明らかに格が違う。あまりにも違い過ぎたのだ。戦士としてではなく、生命体としての格が。
「失礼なこと言うね。神様だって生きてるんだよ、全くもう。まあ、ウォーカーの一族とかいうゴミクズは別だけど」
「う、ゲホ……好き放題罵ってくれますね。まあ、それだけのことをしたから文句は言えませんが……」
「へえ、怒らないの。めっずらしー。これまで会ったウォーカーの一族って、あの惨劇のこと蒸し返すとみーんな逆ギレしてくるのに。当事者じゃないとはいえ、変わってるねー」
そう言いながら、ルテリはゆっくりと歩き出す。絶対強者としての自信が、彼女の歩みを緩慢なものとしている。
急がなくても、敵は狩れる。何が起きようが、自分が負けることはない。慢心などではない、絶対的な力の差があるが故の余裕なのだ。
「く……調子に乗ってくれてますね。イレーナ、作戦を立てましょう。耳を寄せてください」
「は、はいっす!」
「いいですか? 僕があいつに突撃するので、イレーナは……」
翼が折れ、地に落ちてもがく鳥を狙う獣のように。ゆっくりと、確実に……ルテリはフィルたちの元へ歩み寄る。
最初は剣を刺されたところから血が流れていたが、すでに止まっている。身体の内も外も、すでに傷が完治しているのだ。
「……が、作戦です。では、行きますよ!」
「はい! ここまで来た以上は逃げないっす! 最後までお供しまっす!」
「では、作戦開始!」
ある程度ルテリが近付いてきたところで、作戦会議を終えたフィルたちが動き出す。フィルが再度走り出し、ルテリへ接近する。
今度は剣ではなく、マナリボルブを大量に放ち相手の視界を塞ぎつつ、途切れることなく魔力の弾丸を撃ち込み、猛攻を加える。
「ていやああああ!!」
「おーおー、ド派手にやってくれるじゃん? でもさー、これくらいなら……叩き落とすなんて余裕なんだよねぇ!」
もう一本トマホークを呼び出し、ルテリは凄まじい速度で魔力の弾丸を弾き落としていく。フィルも負けじと弾を放つも、まるで対抗出来ていない。
しかし、彼の心に焦りはない。何故なら、こうなることは最初から予想していたのだから。そして……これは本命の攻撃ではないのだ。
(いける! 相手は僕の攻撃の対象に集中している……今ならやれる! イレーナ、頼みましたよ!)
(シショーからの期待、必ず応えてみせるっすよ! 狙うなら……今だ!)
フィルが形成する弾幕の外側。ルテリの視界に入らないよう、大回りの軌道で計十二発の弾丸を撃つイレーナ。
自分が囮になり、本命であるイレーナの攻撃を相手の意識の外から叩き込む。これが、二人の立てた作戦だった。
これが決まれば、勝てる。そう思っていた二人だったが、彼らは甘く見過ぎていた。ベルドールの血を継ぐ、魔神の恐るべきスペックを。
「あのさー、作戦が幼稚過ぎない? これくらいの作戦、もう経験し過ぎて飽きてんだよね」
「!? 姿が、消え」
「ほい、まずは一人……ぶっ飛べ! ウィングスマッシュ!」
翼を広げ、ルテリは一気に加速する。再生力を頼みに弾幕の中を突っ切り、フィルに向かって翼を用いた裏拳をブチ込む。
フィルが吹き飛び、その数メートル後ろにいたイレーナの姿があらわになる。ルテリの次の狙いは……彼女だ。
「みぃ~つけたぁ~」
「ひいっ! く、来るな! 来るなっすぅぅぅぅ!!!」
「あっはっはっ! そんなでたらめに撃ったってねぇ、私には当たんないんだよ!」
残虐な光を宿した目で見つめられ、イレーナは恐慌状態に陥る。無茶苦茶に銃を乱射し、相手を遠ざけようとするが……まるで意味がない。
文字通り無軌道に飛んでくる弾丸の隙間を移動し、ルテリはイレーナの懐へ飛び込んだ。そして、トマホークで首を……。
「デスペラード・ハウル、カウンターを!」
「ハッ! そうっす、これでも食らえ! リアクティブ・パンツァー!」
「むおっ!? なんじゃこりゃあ!?」
……狩られようとしたその時、フィルが叫ぶ。その声で正気に戻ったイレーナは、間一髪で装甲爆破によるカウンターを発動した。
ルテリの手からトマホークが弾き飛ばされ、丸腰になる。この期を逃すまいと、イレーナは一気に反撃に出る。
「食らえっ! フルバレットパレード!」
「あひょぉぉぉぉぉ!!!」
「いいですよ、押してます! そのまま……う、ぐっ!」
ダイナモドライバーから魔力を供給し、ひたすら弾丸を撃つイレーナ。至近距離からの攻撃を食らい、全身に風穴が空くルテリ。
フィルも加勢しようとするが、思っていた以上にダメージが大きく立ち上がれない。あと一息、というところで……ルテリの再生速度が、ダメージを上回る。
「ったいな、調子に乗るんじゃないよこの雑魚が!」
「うぎっ! こ、この! 離せっす!」
「ははーん、これだね? 悪さをしてるのは。こんなもの、もぎ取ってやる! オラッ!」
ルテリは唯一リアクティブ・パンツァーを発動出来ないイレーナの頭部に頭突きを放つ。イレーナが怯んだ隙に銃身を掴み、怪力でもぎ取ってしまった。
「そ、そんな……」
「あーあ、全身血まみれだよ。ムカつく、お前も血まみれになれっ! 出でよ、乱れ血の斧!」
イレーナにしてやられたのが腹に据えかねたルテリは、己の血から斧を作り出す。そして、反撃のすべを失ったイレーナへ斬撃の嵐を見舞う。
機体の表面がヒビ割れ、機能が低下していく。カウンターしようにも、もうそれだけの余力が残っていなかった。
「あぐっ、う、ああっ!」
「ほーらほらほら、さっさとねんねしな! 安心しなよ、大人しく気絶してればあんたは殺さないどいてあげるから……さあっ!」
「いぎゃああっ!」
「イレーナ!」
ダイナモドライバーに向かって、ルテリは斧を叩き付けトドメの一撃を放つ。イレーナは悲鳴をあげながら吹き飛び、大木に叩き付けられた。
ドライバーに斧が食い込んだまま、彼女は崩れ落ち動かなくなる。ようやく動けるようになったフィルは、彼女の元に向かおうとするが……。
「どこ行くのさ? お前は逃がさないよ、ここで死ねやあっ!」
「ぐっ、そうはいかない……!」
ルテリに足止めされ、交戦を余儀なくされる。二人が戦いに夢中になっている間に、とある異変が起きようとしていたが……それに気付くことはなかった。