10話─戦乙女大暴れ!
「そりゃっ! うりゃっ! どんどん攻めていくわよー! でいりゃあー!」
「おお、凄い! キカイの獣相手に押しているぞ!」
「……というよりは、向こうが近付いてこない感じですね、隊長」
「まあ、だろうな。あれだけ無茶苦茶に振り回されてる槍をかわしきる自信は……俺にはない」
戦いが始まって、十分近くが経過した。アンネローゼとリバサの戦いは、端から見ると酷く珍妙なものであった。
武器を用いた戦闘の訓練をまだしていないアンネローゼの攻撃は、かなり滅茶苦茶だ。適当にぶん回し、突き、薙ぎ払う。
それだけなら、リバサが困ることはない。だが、槍が振るわれる度に凄まじい風圧が発生するのだ。そのせいで攻めあぐねているのである。
「チッ、厄介ナ風だ。アレされなケれば、あんなズブの素人なド……一噛みデ殺しテやるものヲ!」
「ほらほらほら、さっきまでの威勢の良さはどこに行ったのかしらー!」
訓練を積んだ騎士たちから見れば、お世辞にもアンネローゼの動きは褒められたものではない。あまりにも大雑把で、危なっかしいのだ。
風圧が無ければ、すでにリバサに食い殺されているだろう。だが、そうした欠点を補って余りある長所もまたあった。
アンネローゼの持つ、凄まじい剛力と異常なまでの持久力である。丸々十分槍を振るっているのに、汗一つかく様子が無い。
(コイツ、どれダけのスタミナを持っていルのだ? まずいぞ……騎士団どもガ優勢になりはじメている。援護砲撃は来そうニない……このマまでは孤立しかねんゾ)
リバサにとって、事態はさらに悪い方へ進む。援軍の到着で士気の上がったレヴィンたちが、闇の眷属たちへの攻勢を強めたのだ。
本陣からの援護を期待しようにも、現在シュヴァルカイザーが絶賛大暴れしている最中。とてもではないが、リバサのフォローなど不可能。
「仕方あるマい、被弾を覚悟デ食い殺してクれる!」
「お、やっと来たわね。さあ、どこからでもかかってきなさい!」
「調子ニ乗るなよ、小娘! 貴様など恐るるニ足らヌわ! メタルファング!」
脚を一本失ってなお、リバサは恐ろしいスピードでアンネローゼの元へ駆け寄る。そして、鋭い牙による噛み付き攻撃を放った。
「おっと、危ない危ない! そんなもの食らわないわよ! せいやっ!」
「ぐうっ! おのレ、小娘ノ分際で!」
「おっほっほっ! 私にはちゃんとホロウバルキリーって名前があるんだから、そっちで呼んでよね!」
サイドステップで攻撃をかわした後、アンネローゼは槍を突き出し反撃する。狙いがガバガバなせいでかすっただけで終わったが、ある程度はダメージを与えられたようだ。
脇腹を負傷しつつも、リバサは再度アンネローゼへ攻撃を繰り出す。一気に形勢逆転しなければ、自分がやられるとあって必死だ。
「死ね、小娘!」
「あっ、また小娘って言ったわね! もーあったまきた! あんたなんかバラバラにしてやるわ、ブレイドトルネード!」
「ぬオっ……!?」
なおも小娘呼ばわりされ、アンネローゼはキレた。上空に飛び上がり、槍をリバサへ向ける。すると、穂先から竜巻が放たれた。
竜巻はリバサを包み込み、真空の刃でボディを傷付けていく。逃げ出そうにも、風の勢いが強く内側に弾かれてしまう。
「グオアアッ!! おのレ……だが、この程度では死なぬゾ! それニ、貴様へ飛びかカる分には支障はナいからな! 死ね、メタルファング!」
「! バルキリー殿、危ない!」
が、出力が十分ではないからかリバサへ致命傷をあたえることが出来ていない。それだけでなく、竜巻の突破法まで看破されてしまう。
竜巻の中心は、風が吹いていない。その部分を通れば、発生源たるアンネローゼの元にたどり着けることに気付いたリバサは、大きく跳躍する。
竜巻の中心を通り、アンネローゼを食い殺さんと牙を剥き出しにする。それを見たアンネローゼは、ニッコリと笑った。
「さあ、死」
「食らいなさい! バルキリーパーンチ!」
「ゴバハァッ!?」
何と、アンネローゼは避けようとする素振りすら見せず、リバサの口内にパンチを叩き込んだ。牙をへし折られ、リバサは墜落する。
「グ、うぅ……抜かった……貴様、初めカらこれを狙ってイたな……」
「へ? 何のこと? あんたがこっちに飛んできたから、思いっきりぶん殴ってやっただけだけど」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
リバサも騎士たちも、てっきりアンネローゼが見事相手を策をハメたと思っていた。が、実際には何の策も無く、自分の方に来たから殴っただけだった。
あまりにも脳筋極まりない思考に、敵も味方も呆れかえってしまう。が、リバサにはそんな余裕はない。満身創痍な彼に、タイムリミットが来た。
「アン……こほん、ホロウバルキリー! お待たせしました、助けに来ましたよ!」
「シュヴァルカイザー、よく来てくれたわね! 見て見て、あいつ私があそこまで追い込んだのよ!」
「くっ、まズい……! 本陣が壊滅させられたか!」
闇の眷属たちの本隊を全滅させたシュヴァルカイザーことフィルが、アンネローゼの助太刀に来たのだ。そんな彼に、少女は得意気に語る。
「おお、初戦闘にしては上出来ですね! よく頑張りましたね、ホロウバルキリー」
「えっへへへへへへ、褒められちゃった!」
「シュヴァルカイザー殿が来てくださったぞ! これで勝利は我らのものだ! 総員、残る敵を殲滅するのだ!」
「おおーーー!!!」
フィルの到着で、ついに雌雄が決することとなった。生き残っていた闇の眷属兵たちは、二人のヒーローと騎士団によって倒されていく。
それを見たリバサは……。
「仕方あるまい……撤退だ! 小娘、この借りは必ズ返してヤる。覚えてイるがいい!」
「あ、逃げちゃう! そうはいかないわよ、バルキリーキーック!」
「!? は、はや……ガハッ!」
逆転は不可能と判断し、戦場からの逃走を試みる。が、それを見逃すアンネローゼではない。素早く降下し、跳び蹴りを叩き込む。
頑丈なスーツを纏っての蹴りは破壊力が凄まじく、あっさりとリバサの胴体を貫通してトドメを刺した。足がオイルまみれになり、アンネローゼは嫌そうな顔をする。
「うわ、サイアク……足がすっごいベトベトになった……後で洗わなきゃ」
「やりましたね、ホロウバルキリー。どうでしたか、初めての戦闘は?」
「とても楽しかったわ! 頭空っぽにして大暴れするのって、こんなハッスル出来るのね。私、知らなかったわ」
「怪我もなさそうですね。では、後のことは騎士団に任せて僕たちは」
「いや、待たれよお二人とも! 一つ、忠告せねばならぬことがあります!」
戦後処理を騎士たちに託し、帰ろうとするフィルたち。その時、戦いを終えたレヴィンが二人に声をかけた。
「? 何でしょうか、騎士さん」
「カストル王子が、王国全土にあなたの捕縛命令を出しています。我々はご恩があるので、捕らえるような真似はしませんが……他の騎士団は捕らえようとするでしょう。気を付けてください」
「分かりました、肝に銘じておきます。忠告、どうもありがとう」
「いえ、お役に立てたようで何よりです。此度の助太刀、感謝します! 全員、敬礼!」
「ハッ!」
レヴィンから忠告を受け、フィルは頷きお礼を言う。レヴィンたち騎士団も、リメラレイク防衛に協力してもらった礼を述べ敬礼する。
それを見届けた後、フィルとアンネローゼは空に舞い上がる。そのまま街の外へ飛んで行き、他愛もない話を行う。
「今日はアンネ様の初勝利のお祝いに、美味しいご飯を作りますね。何かリクエストはありますか?」
「んーとね、じゃあステーキが食べたい! 分厚いやつね!」
「ふふ、分かりました。腕によりをかけるので楽しみにしててくださいね」
「やったー! フィルくん大好きー!」
「ちょ、飛んでる時に抱き着かないでくださーい!」
和気あいあいとした雰囲気の中、二人は基地に戻る。アンネローゼの初陣は、上々の結果で幕を閉じたのだった。