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1.美少女とお隣さんの関係

初投稿なので至らぬ点もあると思いますが、楽しんでいただけたら幸いです。

「私ね、ずっとずっと待ってたんだよ…… 」

 家の前にいた少女の月明かりに照らされた笑顔は美しい。

 俺はただただ見惚れてしまい首を縦にふるばかりだ。

「お帰りなさい…… 」

 こちらの手を握り潤んだ瞳がこちらを捉え驚愕に見開かれる。

「あなた…… 誰?」


「んん……」

 けたたましく鳴るアラームに朝の余韻が打ち消される。

 時間は七時を過ぎた頃ベッドから窓を見上げると朝の穏やかな光が部屋に差し込んでいる。

 上半身を起こしながら寝起きでぼんやりとした思考に先程の夢が映し出される。

 あれは中学に入る直前の出来事だ。

 中学に上がる時うちの家族は父親の仕事の都合でここに引っ越してきた。

 引っ越した当日の夜、家の前でベランダを見上げている彼女を見つけて、不審に思って話しかけた時の記憶だ。

 今までの人生の中であんなに綺麗な女の子に出会った事はなかった。

 月の妖精と言われても信じられるくらいだ。

 あの時の微笑みが目に焼き付いて離れないのは、俗に言う一目惚れなのだろう。

 こちらとしては運命の出会いでも彼女が待っていたのは俺ではなかったようだが。

 実際誰を待っていたのか彼女が今まで話題に出すことはなかった。

 俺達の関係はお隣さん、ただの友人というところ。

 四年かかっても進展のあまりない現状にため息が零れる。

 悩んでいてもしょうがない、窓の向こうに見える屋敷を見つめながら、朝の支度を始める。

 俺、右下洋二の一日はこうして始まる。


 家を出てすぐに大きな屋敷の門がある。

 この場所に古くから建っている由緒ある屋敷らしくどんな金持ちが住んでいるのかと思っていたが、

うちの高校の理事の一人と聞いて妙に納得した覚えがある。

 今日は会えるだろうか、そんな事を考えながら幾分足の動きを遅くしていると通用口から一人の少女が出てくる。

 濡羽色の髪に切れ長の目と藍色の瞳。

 四年前よりも成長し均等の取れた容姿に整い過ぎたほど綺麗な顔立ち。

 物語から抜け出してきたような美少女がそこにいた。

 鵠沼アヤメ、彼女は見惚れている俺に気が付くと軽く会釈をする。

「おはよう、右下君。最近良く会うけど朝のリズムが同じなのかしら」

「おはよう、鵠沼。リズムっていうか家が隣なんだから、そりゃ出る時間も似るだろう」

「たしかに、それもそうね…… あぁ、一年の頃は」

「頃は?」

「朝弱くて出るのがもう少し遅かったから、顔を合わせることがなかったのでしょう」

 歩調を合わせ世間話をしながら学校へと向かう。

 引っ越してきて以来彼女とは中高と同じ学校だ。

 最初は素っ気なかった態度も、四年もすれば顔を合わせれば一緒に登校できるくらいにはなった。

 彼女は男子とは絡まないので他の奴らから羨ましがられることも多々ある。

 ちょっとした優越感はあるものの、向こうが俺の事をどう思っているかは正直なところ分からない。

「難しい顔して、何か考え事?」

「い、いや、何でもない」

 無防備な所に藍色の瞳が覗き込んでくる。

 最近ますます綺麗になった気がする。

 一年の時にはひっきりなしに告白されても、心を射止める奴は現れなかった。

 大きな屋敷住んでいる由緒あるお嬢様でクールで愛想を振りまかない性格から『絶対零嬢』と男子の間では呼ばれている。

 もっとも、女子に見せる表情はその限りではないのだが。

「五月も半ばだけど、もうクラスには馴染めたかしら?」

「まぁまぁだな。一年からのダチもいるからそれなりによろしくやってるよ。そっちは?」

「親友二人がいるから騒がしいくらいね。転校生の世話も任されているし毎日充実してる」

「ん、転校生なんて居たのか?」

「えぇ、うちのクラスに一人ね。 四月の半ば頃に転入してきたから知らない人も多いみたいね」

 とりとめもない話をしながら俺達は通学路を進んでいく。

 その間も彼女の口から出るのは転校生についてだった。

「色々と勝手が違うようで移動教室で迷子になったり、学食で迷子になったり。目を離すと迷子になってしまって連れ戻すのが大変ね。それで今でも色々と一緒に居ることが多いの」

 いかに大変な日常を過ごしているのか、満更でもない表情で話している。

 新しいクラスは彼女にとって居心地の良いところなのだろう。

「なるほど女子四人組か。それは騒がしそうだな」

「いえ、転校生は男の子だけど?」

「そ、そうなのか…… 男子と、話が合う、のか?」

「む、私だって男子と会話くらいは出来るわ。現にこうして右下君とも話しているでしょう」

 心外だとばかりに彼女は唇を尖らせる。

 軽い調子で話していたのでてっきり女子かと思っていたら違ったようだ。

 彼女がこんな風に男子の話をするのは初めてかもしれない。

「話といえば――」

 彼女の話に相槌を打ちながら進む。

 伏兵の登場に頭を悩ませる羽目になってしまった。


「ミギー、一大事だぜ!」

 席について暫くすると勢いよく教室のドアが開かれる。

 ミギーとは一年ときに付けられた俺のあだ名で今の所そう呼ぶやつはクラスには一人しか居ない、去年同じクラスだった友人だ。

「五組に転校生が来たのは知ってるか? 何でも『五行生』らしいがその転校生と『絶対令嬢』が急接近らしいぞ?」

「…… そうなのか」

「リアクションうっす!いやまぁ、ぶっちゃけると、学校に慣れるまで鵠沼が世話を頼まれたみたいでな。今は学校のあちこちで一緒にいる姿が発見されてるって話よ! なぁやばくね、『お隣さん』の立ち位置やばくね、これ?」

 今朝の話を盗み聞きしたんじゃないかと思うタイミングだ。

 『五行生』は後天的に髪や瞳の色が変化した人達の総称だったか。

 容姿が優れている人間が多いとか統計が出ていた気がするが、ご多聞に漏れず転校生も美形らしい。

 対するこちらは特徴が無いのが特徴の、中肉中背黒髪黒瞳の典型的日本男子だ。

 朝の彼女の表情を思い出し、ずきりと胸の奥が痛む。

「…… それは穏やかじゃないな」

「おう、魂が戻ってくるまで長かったな。そんなに心配ならよ、昼にでも見に行こうぜ。噂の転校生とやらを」


 昼休み、五組の前に差し掛かると教室の前に人だかりが出来ていた。

 女子が代わる代わる扉の向こうを交互に覗き込んでは、何やら話し込んでいる。

 転向してきたのは四月の半ばらしいが大型連休を挟んでいたので情報の広まりが遅かったのだろう。

 通路自体は狭くはないのだが暇人が多すぎて通行の妨げになっている。

 物見遊山で来た俺達が言える立場ではないがあれでは五組の人間も落ち着かないだろう。

「いや、人だかり出来てるんだが」

「転校生見に来たっぽいな。うちの学校暇な奴ら多すぎじゃん?」

 遠巻きに眺めていると五組のドアが開き一人の少年が出てくる。

 笑顔を浮かべているが、ハの字になった眉にこの状況に困惑している様子が伺える。

「あのー集まってるみなさん? もしかして僕に何か用かな」

 彼の声を聞きいよいよ周辺の女子たちは騒がしくなった。

 遠目からでも女子が騒いでいるのは否がおうにも理解できる。

 背丈は俺より低いが、アッシュグレイの髪に金色の瞳は同じ日本人とは思えない。

 加えて中性的で整った顔立ちが世の不公平さを感じさせる。

 少女と見紛うほどの美少年と周囲に居る批評家達は口を揃えている。

「先ほどから教室内を眺めているようですが、用があれば直接声をかけていただけると廊下も混雑しないかと」

 後から来た濡羽色の髪の少女は人だかりを一瞥すると呆れの滲んだ声で告げる。

 言葉遣いこそ丁寧だが彼女の視線は周囲の熱を奪っているのかと錯覚するほどに冷たい。

「え、いや、あの……」

「用件なら伺いましょう。あぁ、彼と話をしたいならお世話係の私を通して頂戴」

「え、あの…… な、何でもないですーっ!」

 廊下に居た女子達は、鵠沼の寒ささえ感じる圧に負けてそそくさとその場から立ち去って行った。

 蜘蛛の子を散らすとはまさにこのことだ。

 あっという間に女子は逃げ去り残っていた俺達だけが廊下に残される。

「全く良い迷惑ね…… って、あら右下君。うちのクラスに何か用でも?」

 先ほどに比べれば険の抜けた表情を浮かべる彼女。

 警戒を解いたのは俺が知り合いだからと言うのは欲目だろうか。

「転校生を見に来たんだ。うちのクラスでもちょっとした噂になっててな」

「初めまして、鵠沼さんのお友達かな? 僕は石上総司、よろしくね」

 人好きのする笑顔に促されるように俺達も自己紹介をする。

「…… 毎日こんな状態だと外に出るのも一苦労ね。これを機にやめてもらえると嬉しいのだけれど」

「あの圧迫面接なら次は人減ってるかも。顔ひきつってたよ彼女ら」

「それって褒められているかしら。最近とみに集まるようになっていたし自己責任でしょう」

 眉を顰める鵠沼に愛想笑いを浮かべる石上。

 話に聞いていたとおり随分と打ち解けているように見える。

 俺が彼女と話すようになるまで随分と時間がかかったものだが。

「……右下君? ぼーっとして、どうかしたの?」

「悪い、ちょっと考え事してた。挨拶もできたことだし俺達も戻るか」

「そだな、昼ももうすぐ終わっちまうしな。んじゃまぁ、これからもよろしくな石上」

「ふたりともこれからもよろしくね」

「そうね迷子になっていたら案内してあげて頂戴。私一人で校内全てはカバー出来ないから」

「迷子じゃないし、慣れてないだけだし!」

「ふふ、それなら今度一人で移動教室に行ってもらいましょうか」

 同じクラスであれば、俺もあの会話に参加していたのだろうか。

 じゃれ合うような会話に後ろ髪を引かれる思いがあるが、五組を後にした。


 放課後に練習の為道場へ向かうとそこには大勢の先客が居た。

 既視感を覚えるその様子は一年の頃によく行われていた恒例行事だろう。

 今度は一体誰が挑戦しようというのか、野次馬の間を縫うように進み道場の奥へと向かう。

 道場には道着に着替えた男子と制服のままの鵠沼が立っていた。

「ねぇ、貴方が勝ったら私と交際したい、で良いの?」

「あぁ、鵠沼さん俺が勝ったら付き合ってください!」

「…… 私のどのあたりがお気に召したのかしら?」

 熱烈な告白にも鵠沼の視線は冷ややかだった。

 相手に問いかけながら、慣れた手つきで刀袋の口を開けて鞘を取り出している。

 その様子は相手に関心を寄せてないようにみえる。

「通学路で君を見た時から一目惚れだった! 君が告白を嫌がっているのは分かっている、けど諦めきれなかった! 

今日の為に真剣導の練習も積んだ、君に勝つために!」

 告白した男子は手にした刀を両手で構える。

 それは柄までしかないそれは競技用の陰陽刀だった。

 彼が一際力を込めるとハバキの先に刃が形成される。

 不規則に揺らめく黒く分厚い刀身。

「立ち合う前に一つ聞いてもいいかしら?」

 公式戦でもないため、審判が二人の距離を決めるわけでもない。

 一足一刀の間合いより少し広いくらいだろうか、そのあたりに鵠沼は立っている。

 陰陽刀を軽く握ると黒く薄い刃が形成された。

 薄く研ぎ澄まされた鋭い刀身。

「あぁ、何でも聞いてくれ鵠沼さん」

「貴方の名前を教えて頂戴? 私、貴方が誰なのか知らないの。名無しさんじゃ断る時に困るでしょう?」

「ッ…… 田中だっ!」

 羞恥に顔を染めた男子が上段に構えて一歩踏み込む。

 鵠沼の切っ先が僅かに下に向いただろうか。

「ちょああああああっ!!」

 田中は構わずそのまま無遠慮に一足一刀の間合いを超えると、一気に刀を振り下ろす。

 練習したというのは嘘ではないのだろう、中々様になっている動きだ。

 けれどもその一刀は空を切る。既にそこには鵠沼の姿は無いからだ。

 田中がほうけた顔で振り向くと陰陽刀を鞘に納める鵠沼の姿が見える。

 それもそのはずで田中の胴着には一文字の跡が残っている。

 交差した一瞬で一太刀入れていたようだ。

「田中君でしたっけ、私に負けるような人と付き合う気はないの。ごめんなさい」

 一礼し、立ち会いは終わったと伝えたい事を一方的に告げた。

 出口に向かう鵠沼の威圧感に、野次馬が何を言うまでもなく道を開ける。

 そのまま彼女は振り返ることなく道場を後にした。

 「くっそおぉぉぉぉ!!」

 針の筵のような居心地だっただろう田中も脱兎のごとくこの場を立ち去る。

 一瞬の決着に周囲の野次馬も呆然としていたが、主賓が居なくなったことで三々五々と散っていく。

「うん、やっぱスカートで立ち回るものじゃないねぇ。振りぬく際に、太ももばっちり見えたよ」

 お開きムードで騒然とした中、隣に居た人物に声をかけられる。

 不意の出来事に顔を向けると、石上の姿がそこにあった。

「お前…… そんなところに注目していたのか」

「スカートが揺れるんだから仕方ないじゃないか。もはや視線誘導、立派な凶器だよ、うん」

 しきりにうなずきながら太ももの良さについて力説している。

 こいつはあの見た目でこんなキャラだったのか。

「男子相手なら、すごいアドバンテージだよね。あの立派な太もも。連戦連勝も行けるかも!?」

「はぁ…… 制服で試合やるわけ無いだろ。普段だったら鵠沼も道着着ているぞ、今回はたまたまだ」

「なんだぁ残念」

「…… それにな、そんなことせずともうちの学校の男子で鵠沼より強いやつはいない」

「へぇ、女子が強いとは聞いていたけど鵠沼さんも強いんだね」

「次期エースだぞ。太ももについて盛り上がってたら後輩や本人に気持ち悪がられるぞ」

「あ、今更だけどなんで告白するのに試合なのか知ってる? 普通に断れば良い気がするんだけど」

 本人達が居ないので今日の結果を堂々とこき下ろしている学生も少なくない。

「何か振られた人が見世物みたいで可哀想じゃない、これ」

 がっくりと項垂れていた田中を思い出すと、石上の意見も頷けるところがある。

「彼女なりの処世術ってやつだ。一年の頃は告白をひとりひとり断ってたからな。ただ数が多いわ、断られたのに逆ギレして暴言を吐くような奴も居てな」

 あいつを一人にしておかないなど、あの時は俺もそれとなくフォローは入れたつもりだ。

「んで、友人と相談して今の試合形式にしたらしい。力不足は告白する機会すら無い、潔く諦めろってな」

 学業優秀な者、運動が得意な者、見目の良い者、それなりの数の男子達が試合を申し込み誰一人勝つことは出来なかった。

 自分が知る限り特定の誰かを贔屓する様子もないので、純粋に実力だけをみているようだ。

「ありがとう、そんな理由があったんだね。んーでも、本当に真剣導が強い人が好きなのかな」

「それは分からないな。ただ断る理由には丁度良いってだけかもしれん」

「何だかんだ言われてるけど、人形でも彫像でもないから。一緒に居て話が合う人が好きなんじゃないかと、僕は思うわけですよ」

 石上は頭方つま先までを見て、こちらに笑顔を作る。

「顔は平均以上とか言い出しそうだけど、右下君なら合格点じゃないですかね」

「ぶっ!? …… お前見た目の割に俗っぽいのな」

「見た目の割にってのは余計じゃないかなー」

 勝手に採点された嫌味を気にした風もなく転校生は笑っている。

 こいつの言う通り、絶対令嬢だなんだと言われていても話しをする限りは普通の子だと思う。

 そこは同意見なのだが肯定するのがどうにも面白くなく、だんまりを決め込んでしまう。

「っと、人も居なくなったし練習の邪魔にならないうちに退散するよ。頑張ってね」

 そう言い残して石上は道場を後にした。

 肯定も否定も出来ないまま、気がつけば道場には俺一人が残されている。

「…… 練習するか」

 道着に着替えて気持ちを切り替える。

 告白のときよりもずいぶんと広くなった道場で陰陽刀を握り、先程の遣り取りを思い出す。

 鵠沼が踏み込みから振り抜くまでの動きは全然見えなかった。

 個人として練習は続けているものの、ここ最近で実力の差は顕著になってきている。

 なにか新しい練習方法でも見つけたのだろうか、彼女に聞いたら教えてくれるだろうか。

「いや…… 自分で強くならなきゃ意味がない」

 俺だってまだまだ強くなれる、自戒も込めて一人呟く。

 石上はああ言ったものの、彼女の隣に立つためにはまず強くなることだ。

 俺は道場で独り、邪念を払うように刀を振り続けた。

読んでいただきありがとうございます。

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