魔法が使えない落ちこぼれ令嬢は、建国神話の神獣に救われる
この国には竜による建国伝説がある。
はじまりは、とある一人の男。男は強大な魔力を持ち、竜の加護を受けていた。竜の力を借りて強力な魔法を操り、大地を開き、人々が住める街を作り、都を開いた。竜の力に守られた都には人が集まり、やがて男は王と呼ばれるようになった。竜は王が命尽きるまで傍に寄り添い、王の死とともに姿を消したと言われている。
そんな嘘のような話を証明するかのように、この国では誰もが魔法が使えた。
手をかざせば、薪に火が付いて料理ができる。手を回せば風が吹いて水流が生まれ、洗濯さえも魔法のおかげ。風の魔法は掃除にも使えるし、誰でも使える初歩中の初歩の魔法だった。
そんな生活と魔法が直結している世界に、魔法のない科学の発達した日本という国での記憶を持って生まれた私、エレノア・バルテン。伯爵家の次女として生を受け、順風満帆な人生の出だし。魔法なんてない世界で生きていたから、赤子心にワクワクとしたのを今でも覚えている。
そう、ワクワクしていたのだ。自分が魔法が一切使えないとわかるまでは。
あれは5歳の頃。魔法の適性を計る最初の年齢。両親と一緒に教会に赴いた私は、
「残念ながら、お嬢様には魔法特性がありません」
と、死刑宣告にも似たことを告げられたのだ。
絶望して泣き叫ぶ私。必死に宥める母。神父様たちに詰め寄る父。いやぁ、今思い出しても地獄絵図。ごめんね、神父様。
泣く私を哀れに思ったのだろう。教会を変えて何度も魔法特性を調べてもらったけれど、何回やっても答えは同じ。
せっかく魔法のある世界に生まれたのに、私は魔力ゼロと判定されてしまったのだ。
それでも、両親からの愛は変わらなかった。お兄様もお姉様も、変わらず私を可愛がってくれた。魔法が使えなくても、私の人生は祝福に包まれてるはずだった。
――王太子殿下との婚約が決まるまでは。
「はー・・・」
当時の事を思い出して、思わずため息が零れた。ほんと、あれは人生で二度目の絶望だったわ。
「エレノア、何かあった?」
「いえ、何もありませんわ」
おっと、まずいまずい。リーンハルト殿下の前だった。すかさず表情を作って否定すれば、殿下は怪訝な顔をしながらも、それ以上追及してはこなかった。
あれから時間が流れ。私も今では十七歳。隣にいるリーンハルト殿下の婚約者に決まってから、十年の月日が流れていた。
今日は、月に何度か開催される王家主催のお茶会の日。王太子の婚約者という立場上、私はお客をもてなす側として参加している。
のだけれども。
「殿下、エレノア様はお疲れなのでは?」
「きっとそうですわ。魔法が使えないから、すべてご自分の力でやらないといけませんものね」
「回復魔法も効かないそうですよ。なんて御労しい」
おほほほほ、なんて笑いももう聞き慣れた。うんざりするなぁ。もてなされる側の貴族令嬢たちがこうなのだから、私のやる気なんて出るはずもないだろう。
魔法が使えない私は、魔法が当たり前のこの世界においては異端児だ。というか、爪弾き者だ。それなのに王太子の婚約者なんてポジションにいるんだから、同年代の令嬢からの風当りは冷たいったらない。いや、冷たいのは令嬢だけじゃないけど。
冷たいのは殿下も同じこと。国王陛下も、王城に勤める人たちも、誰も彼も私の味方なんて一人もいない。
王城にいるのは、私の敵だけだ。
「おや、エレノア様。どちらに?」
「他の方に挨拶してきます。どうぞ皆様はこのままで」
くすくすとした笑い声が聞こえる。私は社交界の爪弾き者。挨拶する相手もいないということを、誰もがわかっていて、笑っている。私という邪魔者を排除して殿下と話せるのだから、少しは感謝してもいいと思うんだけど。
椅子から立ち上がって、高位貴族たちの集まるテーブルから一目散に離れた。通り過ぎ様、侯爵家の令嬢が殿下にしなだれかかってるのが見えたけど、嫉妬心なんて起きるはずもない。
ああ・・・なんて息苦しい世界に生まれ変わってしまったのだろう。
しみじみとそう思う。前世の知識なんて塵ほどの役にも立たない。普通なら科学や数学を駆使して生活を便利にするのだろうけれど、ここでは全て魔法が解決してくれる。魔法が使えない私にできることなんて何もない。
どうせ生まれ変わるなら、もっとイージーモードにしてくれればいいのに。これではなんのための生まれ変わりなのかわからない。
気付かれないように、またため息を一つ。さて、この後もどうしよう、と考えて、控室に戻ることにした。
どうせ私がいてもいなくても、お茶会は滞りなく進む。一応参加はしたのだし、これ以上ここにいても邪魔にしかならないのだから。
殿下と婚約してから約十年。これが私にとっての日常だ。
我が伯爵家の屋敷にいる時だけ心が休まる。伯爵家から出たくない。けれど、殿下の婚約者という立場上、そんなことはできるはずもなかった。
貴族の子息・令嬢たちの私に対する態度は、もちろん両親も知っている。殿下からどんな扱いを受けているのかも。何度か王家に陳情を出したみたいだけど、なぜか私との婚約は解消されないまま、これだけ長い月日が経ってしまった。
ここまでくると、もう諦めの境地。どうせ結婚したところで仮面夫婦だ。殿下は何人もの側室を迎えて、その人たちだけを愛するだろう。私はただ、王城に引きこもるだけのお飾りになるのだろう。なんてつまらない人生だ。
この国では、十八歳で成人を迎える。私が成人すると同時に結婚する手筈になっているから、残された時間はあと一年もない。残された短い時間。せめてその時間だけでも好きに生きてやろうと思っていた。
そう思っていたのだ。殿下の十八歳の誕生日パーティーまでは。
招かれた王城でのパーティー。今年は成人のお祝いも兼ねているから、各国からの要人も招いているみたいだけど、私には関係がないことだ。
殿下がエスコートしてくれたのも、最初の一年だけ。これで婚約者だというのだから、もう笑うしかないだろう。
「殿下、お誕生日おめでとうございます」
「おめでとうございます」
「ああ、ありがとう」
にこにこと笑顔の殿下と、それに群がる貴族たち。一応婚約者という立場の私を置いて、殿下の隣にはいつぞやの侯爵令嬢がいる。腕を組んで、とても仲がよさそうだ。
・・・ほんと、私がここにいる意味ってなんだろう。こんな惨めな王太子の婚約者なんて、世界を探しても私しかいないのでは? 一応顔は出したし、もう帰ってもいいだろうか。
そう思った時だ。
「こんばんは」
「・・・こんばんは」
突然、見知らぬ男性に声をかけられた。反射的に挨拶を返したが、見覚えのない人だ。他国からの来賓だろうか。
だから私を知らないのだろうか。
「王太子殿下の婚約者が、こんな壁際で何を?」
「・・・・・・」
なんだ、知ってるのか。ただのからかいか。
期待はすぐに落胆に変わった。思わず言葉に詰まってしまったら、
「ああ、大変なご無礼を。気分を害したらすみません。もしお時間があるのなら、私とお話していただけないかと思って」
だなんて、大げさなほどに頭を下げられた後、穏やかな笑顔を向けられた。
ころころと変わる表情に、私は困惑を隠せない。どうしようと思っている間に、目の前の人はとんでもない爆弾を落としてくれた。
「実は、私も人間の魔法は使えないんです」
「・・・・・・」
・・・・・・なんだって? え、今、なんて言った?
男が言っている言葉の意味が分からない。たぶん、かなり間の抜けた顔を晒しているだろう。それでも彼は、笑顔を崩さず、
「人間の魔法は使えません。貴女と一緒です、エレノア」
不思議がる私に、男はもう一度同じ言葉を告げる。だけど、その言葉の意味を、私はまだ飲み込めない。
彼は魔法が使えないと言った。人間の魔法。わざわざ「人間の」と言った。私はそんな言葉は使わない。魔法は魔法。種類なんてない。そう思うのに。
「手を貸していただけませんか。貴女の魔法を御覧にいれます」
胡散臭い。詐欺師にしても、もうちょっとまともなことを言うだろう。あまりにも理解できなさ過ぎて、脳が思考を放棄している。
だから。だから、差し出された手を取ってしまったのは無意識のこと。条件反射みたいなものだった。
手が触れ合う。その瞬間、ぶわりと風が巻き起こった。同時に、脳裏に見たことのない景色が、走馬灯のように駆け抜けていく。
視界に広がるのは、見渡す限りの青。空はどこまでも高く、広く、見下ろせば果てのない草原が広がっている。体に吹き付ける風は心地よく、空を飛んでいるのだとすぐにわかった。けれど恐怖心は微塵もなく、むしろ、解放感だけが胸にある。
どこまでもいける。どこまでも飛べる。直感的に、そう思った。
が、その感覚は急に抜けた。唐突に体に重力が戻ってきて、がくりと膝をつきそうになってしまった。
「今のは・・・」
心臓がばくばくと脈打ってる。今のはいったい何だったのだろう。わからなくて顔を上げれば、男は変わらぬ笑顔でそこに立っていた。
その時だ。
「エレノア! 何をしている!!」
大声で呼ばれて、反射的に体が震えた。先ほどまでの解放感なんて、一瞬で砕け散ってしまった。
急に体中を鎖で縛りつけられたような感覚に、恐ろしくて涙がこぼれる。けれど、その涙を目の前の男は優しく拭ってくれた。
「大丈夫。ちゃんと守るよ」
ついでに笑顔でそんなことを言われては、違う意味で涙が溢れてしまう。
けれど荒い足音はもうすぐ傍まで近づいていて。私はぐいと涙を拭って、気持ちを切り替える。
「この男は誰だ」
「初めまして、殿下。ダーヴィッドと申します」
殿下の無作法な発言に、ダーヴィッドと名乗った彼は優雅に一礼した。
「聞いたことがない。どこの家の者だ」
「古き谷です」
「そんなことは聞いてない。家名を名乗れと言っている」
「おや、名乗ったつもりだったんだが・・・どうやら王家にはもう通じないんだね、残念」
「・・・古き谷?」
今、そう言ったか?
思わず同じ言葉を繰り返した私の声が聞こえたのだろう。彼は私を振り返ると、それはそれは嬉しそうに微笑んだ。
古き谷。それは子供に読み聞かせる絵本に出てくる地名だ。建国神話。この国の王が竜と出会ったという、始まりの場所。
つまり、竜の住む地だ。
「うん、やっぱり君は僕と行こう。ねぇ、君たちは彼女をいらないんだろう? だったら僕がもらっていいよね?」
驚く私の手を取って、ダーヴィッドはきらきらと目を輝かせている。だけど、私の頭は、まだまだ理解が追いついていない。
だって、竜は建国神話にのみ出てくる神獣だ。初代の国王が出会い、常に寄り添ったらしいが、それ以外に竜の存在を示す証拠はない。誰もが子供向けのおとぎ話だと、そう思っている。
そう思うのに。目の前の人は間違いなく竜だと、直感が告げている。そしてきっと私も・・・彼に近い存在だ。
思考が回る。結論なんて出ない、妄想に近いことばかりがぐるぐると。そんな私を置いて、二人の会話はまだ続いていた。
「何を馬鹿なことを。他人の婚約者に興味があると?」
「君は彼女を放っていたじゃないか。この子を愛しているわけじゃないんだろう?」
「当たり前だ。誰が魔力なしなど」
「・・・」
・・・嗚呼。言葉にされるとここまで辛いものなのか。わかっていた。わかっていたけど・・・それでも、微かな希望さえも叩き折られた気分だ。
また涙が零れそう。けど殿下の前で泣くのは嫌で、ぎゅっと唇をかみしめて耐えようとしたら。
頬に温かな感触。顔を上げればダーヴィッドが優しく微笑んでいて、あまりにも優しい笑顔に、泣くことさえも忘れて魅入ってしまう。
「ね。こんな人間は捨てて、僕と行こう? 君はもう、僕の事も気付いただろう?」
「・・・・・・うん」
数秒迷った末に頷けば、ダーヴィッドの笑顔はますます輝きを増していく。あまりにも眩しい笑顔に、思わず目を瞑ってしまった。
その一瞬で、ダーヴィッドの手が腰に回る。かと思えば、
「わ!?」
一瞬で抱き上げられて、彼の腕の中へ。急なことに思わず声を上げてしまったが、それ以上に大きな声がすぐに私の声をかき消した。
「エレノア!!」
こんな声、初めて聴く。怖くて、怖くて、もう殿下を見る勇気もない。
この人はなぜこんなに怒っているんだろう。私を嫌いなら手放してくれればいい。放っておいてくれればいい。それだけでいいのに。
どうして。
「君は特別だからね」
私が心の中でだけ紡いだ疑問に答えるように、ダーヴィッドが言葉を紡ぐ。殿下の声はもう聴きたくないけど、彼の声は静かに私の中に響いてきた。
「人の世界には、たまに僕たちと同じ魔力を持った子が生まれる。人よりもずっと強大な魔力だからね。人の魔法なんて跳ね返すし、人と同じ魔法なんて使えない。あれは効率が悪いから」
ダーヴィッドと同じ魔力。つまり、それは。
「願ってごらん。君はもう感覚を理解している。望む魔法が使えるはずだ」
ダーヴィッドの声は、魔法みたいだ。いや、彼自身が魔法なのかもしれない。今まで魔法を使おうと思ったことは何度もあるし、そのたびに失敗してきたというのに。
今なら使える、と。無条件に、そう信じられた。
目を閉じる。思い浮かべるのは、先ほど見た光景。広い空。青い空。
自由に飛ぶ自分。
「エレノア!?」
誰かが叫ぶ声が聞こえた。だけど、もう誰の声かまではわからない。
「うん、いい子。上手だね」
聞こえるのは、優しいダーヴィッドの声だけだ。
目を開けば、思っていたよりも近くに優しい笑顔があった。その背後には、今までは見あげていたはずのステンドグラスの窓があり、視線を降ろせば随分と下に人が群がっている。
望んだとおり、自分の力で浮いている。それが嬉しくて、私はくるりと宙を舞った。
「上手上手。ちゃんと飛べたね」
「うん!!」
まるで子供を褒めるような言い方だったけど、私にとっては嬉しい誉め言葉。初めて魔法が使えて嬉しい私は、ただそれだけのことが嬉しくて、くるくると空を回り続ける。ダーヴィッドはそんな私から離れず、もっと自由に飛び回りながら、ぱちぱちと拍手をくれた。なんだか前世で初めて自転車に乗れた時みたいだな、なんて呑気に思う。
この国では、魔法は誰でも使えるものだ。魔法とは、生活に根付いたもの。使えなければ不便だけど、かといって強力な魔法が使えるわけではない。埃を浮かせて掃除するくらいならまだしも、物を浮かせることさえも上位の魔法とされていた。
私は別に薪に火をつけたいわけでも、風で洗濯をしたいわけでもない。空を飛べるなら、こんな魔法が使えるなら。今まで魔法が使えなかったことなんて些細すぎる問題だとさえ思えた。
徐々に楽しくなってきた私の耳に、パーティー会場から怒鳴り声が聞こえてくる。その声に、一気に現実へと引き戻された。
「リーンハルト! 何をしている、エレノア嬢を止めろ!!」
「陛下、おさがりください!」
「殿下もどうかおさがりを!」
「エレノアを止めるのが先だ! 早くしろ!」
「しかし父上・・・」
ああ、うるさい。うるさいな。ごちゃごちゃ言われても、ずっと私を構わなかったのはあなたたちだ。今更止められるはずもないでしょう。
私はもう、自由なんだから。
「ふふ、そうだね、エレノア。自由になった君を、僕の里に招待しよう」
私の心を読んだように、否、実際に読んだのだろう。的確な返事を返すダーヴィッドを見ていたら、ぶわりとその姿が変わっていく。・・・ああ、やっぱり魔法で人に化けていたのね。
風が吹いて、人間はとっさのことに目を閉じる。こんな美しい魔法を見ないなんてもったいない。ずっと目を開けていた私は、人だったものが徐々に大きく姿を変えていくのを逃さず見ることができた。
私の目の前。今まで私の体を支えていた人は、赤く輝く竜へと姿を変えていた。
「・・・綺麗。ルビーみたい」
「ありがとう」
竜なのに、聞こえる声は人だった時と変わらない。不思議だなぁと思いながらも手を伸ばせば、すりと頬を寄せてくれた。
ごつごつとした硬い感触。だけど、私にはとても愛しいものに見えて、応えるように頬を合わせる。気持ちいいのかな。ぐるるとわずかに喉が鳴った。
地上では、人間たちがわーぎゃーと騒ぎながら逃げまどっている。そんな彼らを一瞥して、ダーヴィッドはばさりと翼をはばたかせた。
「じゃあ帰ろうか。君の本来あるべき場所へ」
もちろん、断る理由なんてない。迷うことなく、差し出された手の上に座った時だ。
「お、お待ちください! どうか私たちも一緒に!!」
地上から叫ばれたのは、あまりにも馴染みのある声。愛しい声に、私はダーヴィッドの手の上から身を乗り出していた。
「お父様!」
お父様だけじゃない。ダーヴィッドの足元には、お母様もお兄様もいた。他の人たちは一様に逃げまどっている中、大好きな家族だけがダーヴィッドの足元に集まっている。
ダーヴィッドと一緒には行きたいけれど、みんなと離れるのは寂しい。でも、決定権は私にはない。
お父様とダーヴィッド。二人を交互に見る私に、ダーヴィッドの声はやっぱり優しかった。
「君の家族か。いいよ、一緒にいこう。エレノアが寂しがるのは、僕も本意じゃないからね」
ダーヴィッドがそう告げれば、それだけでお父様たちの周りに風の結界ができて、宙に浮く。うわぁ、と感嘆の声を上げれば、
「君もすぐにできるようになる。他にも連れていきたい人がいれば、君が連れておいで」
「うん。ありがとう」
屋敷に残っている人たちも、ちゃんと迎えに行こう。それなら安心だ。
傍まで上がってきたお父様たちも、私と目が合って笑ってくれた。うん。大丈夫。怖いことなんて何もない。
「エレノア!!」
「・・・・・・」
数十分前まで婚約者だった人が、まだ私の名前を叫んでいる。だけど、もう体は竦まない。
「行こう、ダーヴィッド」
笑顔で告げれば、目の前の竜も笑ってくれた。そのまま翼を羽ばたかせ、城の窓を突き破って一気に外へと躍り出る。
頬に吹くのは、冷たい夜風。だけど、今の私には何よりも心地よい。
「これからは、どこにでもいけるのね」
しみじみ呟いた言葉は、どう聞こえたのだろう。同意するように高く響いたドラゴンの鳴き声を聞きながら、私はこれからの生活に胸を躍らせる。
ダーヴィッドの里というからには、きっと他の竜もいるのだろう。魔法と竜。前世のファンタジーゲームのようで、ワクワクするなというほうが無理がある。
「迎えに来てくれてありがとう」
自分を大事そうに抱える手に口付ければ、静かな星空に竜の嘶きが響き渡った。
後から聞いた話だが。
竜の加護を受けた我が祖国は、私のように人としてではなく、竜としての魔力を持って生まれる子供が時々いたらしい。だが、その子供は男女を問わず王家に保護され、大切に扱われて、幸せに一生を終えていた。それが初代の王と、竜たちとの約束だったのだとか。
しかし、王が何代、何十代と続き、数百年の時代が流れ。久しぶりに現れた私が竜の魔力持ちなのか、本当に魔力がないのか、誰も判断ができなくなった。とりあえず王子の婚約者にして見極めるか、というのが国王陛下の判断だったらしい。
・・・正直、いい迷惑だ。ダーヴィッドが迎えに来てくれて本当によかった。
私が国を出たことで、初代国王と竜の約束も反故にされた。あの国は徐々に竜の加護を失い、魔法はすたれていくだろう、とダーヴィッドは言っていたけど、もう私にはどうでもいいことだ。
「エレノア、今日はどこに行く?」
「滝!」
「了解」
ダーヴィッドは、あれからずっと私の傍にいてくれる。自由に飛び回る私を追いかけ、時には追い越しながら、二人で空を飛ぶのが今の私の楽しみだ。
「自由ってサイコーーー!!」
思わず叫んだ私に呼応するように、竜の姿のダーヴィッドが咆哮する。なんだかんだといろいろあったけれど・・・
魔法のある世界に生まれ変わってよかった、と。今は本当にそう思うのだ。