第12話「学校祭」7
「——そう言えば、前沢のやつは?」
「あれ、さっき西島さんに連れてかれたなかったっけ?」
「え、まじ?」
「ま、まあ……どうせ前沢君のことだし、失礼なことでも言ったんじゃないの?」
「そうか……」
それ言頷く僕もどうかと思うが、とりあえずそれは置いておくとして——。
僕は執事用のタキシードのネクタイを作っていた。
意外にも、ぼろい学校にしては学校祭に使われる金額はすさまじく、一クラス20万円は普及されている。何かバックに投資家でもいるのではないかと思ってしまうくらいだ。
しかし、そのお金をもっといい所に使ってほしいという気持ちもあるが学校祭が良くなるという点ではなかなか手放せないのも事実。トイレが臭い以外は特に不便でもないため、あまり悪く言うのも良くないだろう。
「あら、どうしたのよ?」
「……? いや、なんでも……」
そして、僕の前の席。
つまり前沢の席に座って手伝っているのは文化委員の光野美咲。
その苗字通りに明るい純白の雪の様な髪の毛を肩辺りまで垂らし、その碧眼で手元のネクタイを眺めていた。美しい顔立ちに周りの男子たちを魅了する彼女なのだが、少々不思議ちゃんなためにあまり狙われないらしい。
それに文化委員の彼女は学校祭実行委員と言う仕事もあるのだが、どうやら一年生にほとんどすべてを託すのがこの学校の特徴らしく、手が空いているために僕の作業を手伝ってくれているらしい。
まあ、嬉しいのだが……一年生を手伝ってやれよと思ってしまう僕は普通なのだろうか? そんな当たり前のことでさえ疑ってしまいそうになるほど彼女は謎の雰囲気で包まれている。
「まあ僕のことはどうでもいいけどさ、光野さんこそ大丈夫なの?」
「なに、私の事?」
「ああ」
「そんなに心配なのね、私のことが……照れちゃうわぁ」
なぜか頬を赤くする光野。
どうやら彼女は虚言を吐いている。
「戯言を」
「何がよ、恋する乙女の感情を侮辱するのは紳士としてよくないことじゃない?」
「僕は紳士じゃないよ……」
事実、僕は俯いた。
「あら、なら仕方ないわね」
そんな姿を見ていったのか、物分かりがいい。しかし、こうも認められると気分が悪いな。
「んで、光野さんは僕のことが好きなの?」
「——何ばかなこと言ってるの、そんなわけないじゃない」
どうやら、本当に虚言だったようだ。安堵のため息が漏れるのと同時に多少の羞恥が僕の前に現れた。
「だよね、知ってた」
「なら言わないでよ、誤解を生むわ」
「光野さんがそれ言うの?」
「……そうだったわね、虚言を言ったのは私だったわね、てへぺろっ」
黒い布を切りながら、そして真顔で放たれたテヘペロ以上に可愛くないものはないだろうと言えるくらいには怖さが二割ほど含まれている。
このクラスでは周知の事実だが彼女は不思議ちゃんだし、考えていることは僕に分かったものではない。
「あ、そう言えば四葉ちゃんがなんか面白いことを聞いてきたのよね~~」
「え、そうなのか?」
「ええ、なんかね。最近仲直りしたからお返しがしたいって言ってたわね」
すこしだけ驚いて僕は口をポカンと開ける。
「ん、どうかしたの?」
「い、いやなんでも」
「それにしてもどうして私に……あ、でも私以外にも言ってたわね」
「そうなのか?」
「そうね、西島さんとか前沢君にも言ってたわね」
「そうか……にしても仲直り……ねぇ」
ネクタイを作り上げて机に置き、僕は溜息をついた。
「それで——なんか喧嘩でもしたの?」
「ま、まあな……こっちの事情だよ」
「あら、そう」
不思議ちゃんの割には、そのあとに何かを聞き出そうとはしなかった。意外にも空気は読めるらしい。それはそれでありがたいが、せっかくきれいなのだからいつも平然と過ごしていればモテるだろうに——なんて失礼なことを考えてしまう。
「なんかすごく焦ってたみたいだったわね……たしか——あなたをおとs——」
しかし、その続きから聞くことはできなかった。
『あの、文化委員の光野さんっ!!」
前のドアが開いて、後輩の文化委員らしき女子生徒が大きな声を響かせた。それを見るなりパチパチと目を見開く光野美咲、そして彼女を見つけたのかこちらを見つめて手をこまねく後輩文化委員は口パクでこう言った。
(こっちにきてください!)
ため口で容赦ないなと思ったがどうやら、そうでもなかったらしい。
「あら、バレちゃったわね」
「——って、光野さん……」
「まあまあ、また今度~~」
呑気に後輩の方へスキップで近づいていったが次の瞬間、首根っこを掴まれた彼女を最後に——ドアは閉められてしまった。さすが、光野美咲。
すべてが————虚言だったらしい。